高等部進級
来ていただいてありがとうございます!
「リファーナ様すごいわ!学年トップで高等部進級なんて!」
「ありがとう、ロッティー様。でも試験でトップを取れたのは最後の一回だけだったわ。まぐれだと思うの」
「そんなことないわ!ずっとグラソン様のご指導を受けてらしたもの。当然の結果だわ!」
「ロッティー様だって、三年間ずっと選抜チームのソロを担当されてて、もう聖地の音楽隊からお声がかかってるのでしょう?」
「ええ、まあ、そうなのですけど……。リファーナ様も三年生の時はソロに選ばれたでしょう?それに私は卒業したらケント様と結婚するから、あまり意味が無いの」
頬を赤らめて嬉しそうに話すロッティー様はとてもかわいらしい。
私達はこの春スモールウッド学園の高等部に進級を果たした。
高等部には他の地域や聖地を国内に持たない外国からの留学生もいるから、今日は進級式兼入学式だ。私は代表挨拶をしなくちゃならなくて、ちょっと憂鬱な気持ち。中等部の学年トップ十位は入れ替わりが激しくて、私もやっと最後の一回で一位を取ることができたんだけど、こんなことなら一位じゃなくても良かったわ。昨日原稿は書いて来たし、もう仕方ないから諦めて頑張る。
スモールウッド学園の高等部の敷地は初等部や中等部の校舎がある場所よりも花の聖地に近いの。ラーシュ様は現在二年生、アグネータお姉様と婚約者のクレソニア様は三年生。
前と同じなら、アグネータお姉様とクレソニア様の破局は来年の冬。卒業を祝うダンスパーティーの日。
そして間を置かずに私は婚約解消になって、ラーシュ様とお姉様の婚約が発表になるはず。
胸がズキンと痛んだ。
あれからアグネータお姉様とクレソニア様の関係に変化はないと思う。相変わらずいつも一緒で仲良し。アグネータお姉様とラーシュ様の接点も選抜チームの活動以外では無いと思う。断言できるわけじゃないけど、私とラーシュ様はほとんど毎日一緒だったから、たぶん間違いないと思うの。ラーシュ様は高等部に進級してもずっと私の歌の練習や勉強につきあってくれてるから。
私が中等部三年生に、ラーシュ様が高等部に進級する時に一度断ったことがあるの。
「ラーシュ様のお時間をこれ以上いただくわけにはいきません。もう私は大丈夫です」
ってね。でもそうしたら、
「僕がいると邪魔なのかな?誰か他の奴と一緒に練習するとか?」
ってとても不機嫌になってしまった。指導者失格って言ったみたいに取られたのかしら。まずいわ。今すぐに婚約を解消って言われてしまうと困る。
「いえ、ご指導いただきたいんですけれど、高等部と中等部は距離もありますし」
「高等部は単位制だし、いくらでも時間の自由はきくから大丈夫だよ。リファーナを一人にしておくと色々と危ないからね」
ラーシュ様は私の髪に手を触れ、一房すくい上げた。ああ、一人にするとサボるってことね。それは確かにそうかも。
私にも危機感があったから、必死で歌の練習も勉強もしてたのよ?それでも一人きりだったら、選抜チームのソロに選ばれたり、学年トップの成績を修めることはできなかったかもしれない……。やっぱり、ラーシュ様のおかげなんだわ。ほぼ毎日歌の練習や勉強の日々で、ラーシュ様は相変わらず厳しくて、すっごく大変だった。……ラーシュ様から離れても大丈夫なようにラーシュ様に助けてもらうってなんだかとても変ね。
聖地の音楽隊に入るには、歌の技術だけじゃなくて、学業の成績や人となりとかも重要視されるから、成績向上は必須だったんだけど、それにしてもきつかったわ。大体数学や物理なんて歌に関係無いのにね。
良い成績で高等部の先生から推薦状をもらって、冬にある入隊試験で合格すれば卒業後に入隊が許される。私は今年度の試験を目指すわ。そうじゃないと、婚約解消の後すぐに縁談が持ち込まれてしまうから。入隊試験を受けるチャンスは三回あるけど、実質今回が最後ってことよね。しっかり頑張るつもり。そのために今までずっと頑張って来たんだもの!
本当にラーシュ様には感謝してもしたりないくらいなの。ラーシュ様がいなかったらこんなに成績が上がることも無かっただろうし、歌の技術の上げ方なんてわからなかった。実は私にも聖地の音楽隊から一度練習を見学に来ませんかってお誘いのお手紙を頂けた。ラーシュ様のおかげで光が見えてきた。だからラーシュ様がお姉様を選んでも、今度は心から笑って祝福できる、と思う。
私の胸はまたズキリと痛んだ。
「代表挨拶、よくできてたね」
「ラーシュ様、ありがとうございます」
進級・入学式の後、クラスのホームルームが終わって外に出たら、門の所でラーシュ様が待っててくれた。こういうの婚約者っぽいな。ちょっと嬉しい。
「寮まで一緒に帰ろう」
「ラーシュ様まで寮に入らなくても良かったのでは?」
高等部の校舎は中等部や初等部の校舎より花の聖地に近いの。グラソン侯爵家の別邸があるからそこから通うこともできるのに、ラーシュ様は今年から寮生活になった。私は元々家から出るつもりでいたから予定通り寮生活。
「寮の方が近いから、時間の短縮になる」
ちなみにアグネータお姉様は狭い別邸は嫌だと言って自宅から通ってる。
高等部は単位制。基本の勉強以外は自分で授業を選んで必要な単位数を三年間で取得していく。だから授業を上手く組み合わせれば昼近くから登校ってことも可能なの。
「リファーナの所へも勧誘の書状、届いたでしょう?」
「はい」
「昨年の精霊祭でのソロがかなり評価されたみたいだよ。リファーナは人と合わせるのも上手だけど独唱も素晴らしいって音楽隊の人達が褒めてた」
ラーシュ様は昨年からもう聖地の音楽隊の練習に時々参加してる。ラーシュ様のクラヴィーアはとても評価が高いの。
「嬉しいです」
「うん。良かったね、リファーナ」
ラーシュ様が微笑むと周りの女子生徒達から歓声が上がった。
「なに?なんだか騒がしいね」
「ラーシュ様が笑ったから」
「僕が笑ったくらいで何だって言うの?」
「ラーシュ様はかっこいいですけど、笑うともっと素敵になります。女の子達からもよく話しかけられてるでしょう?」
ラーシュ様は自分がモテてる自覚が無いみたい。初等部の頃から綺麗な男の子だったけど、今はずっと背が伸びて物凄くカッコよくなってる。一緒に歩いていると他の女の子達の視線が痛い。
「…………リファーナはそういう事、平気な顔で言うよね……」
「え?」
隣を歩くラーシュ様を見上げると、少し頬が赤くなってる。顔は不機嫌になってしまっているけれど。
「とにかく、僕らは成績上位をキープして選抜チームに入り、聖地の音楽隊の練習にも参加して、と時間が無い」
そう、特に私はそうなの!
「はい。聖地の音楽隊への入隊を推薦してもらえるように頑張ります!」
ラーシュ様はともかく、私は気を抜くと特に勉強の方が脱落しちゃうかもしれないしね。
「また音楽室を借りてあるから、あとで一緒に練習しよう」
「はい。ありがとうございます。ラーシュ様」
寮の前でラーシュ様と別れて女子寮の自分の部屋に入った。
「今日から三年間、よろしくね!」
スティーリアの屋敷の自室と比べると小さいけれど、居心地のいいお部屋。
「これでサーラがいてくれたら完璧なんだけどなぁ」
なんて甘えたことを思いながら窓を開けて景色を眺めた。聖地が近いせいか精霊様がけっこうたくさんふわふわ飛んでいて遠くにはあの湖が見える。あの場所へ行くんだ。
「よし!」
気合を入れて荷解き開始!大体のものは前日に運び込まれていたし、とりあえず必要なものは鞄の中。下着やブラシ、筆記具なんかを取り出してクローゼットや机にしまい込んだ。
そういえば高等部の寮に入る為に荷物を整理していたら、珍しくお母様が部屋へ入っていらしたっけ。
「リファーナ、どうしても寮に入るの?」
「はい。登下校の時間が惜しいので」
どうしたのかしら。前はこんな事言われなかったのに。
「あの、あのね。この前のお茶会でとても褒められたのよ?その、貴女の事」
「お茶会でですか?」
正直、荷物の整理をしたいから早くお話を終わらせて欲しいのにな。私はそんなことを思いながらお母様に向き直った。
「ええ。特にグラソン侯爵夫人がね、それにクレソニア公爵夫人にもとても褒めていただいたの。貴女の事。姉妹揃って優秀ですねって」
ラーシュ様のお母様とお姉様の婚約者様のお母様が?グラソン侯爵家には何度もお邪魔したことがある。主に歌の練習と勉強の為だったけれど、その時にお茶を御馳走になってお話をさせていただいた。とても優しくて朗らかでこんなお母様だったら、って思っちゃうほど素敵な方だった。ごくたまにだけど、私の歌を聞いていただいたこともあるの。その時もとても褒めてもらえたし少し指導もしていただけたの!
「それでね、お母様達は少し放任主義だったかしら、って思って、よければリファーナもお茶会に……」
「お気になさらないで、お母様。お父様もお母様もお忙しいでしょうし、私の事はこれまで通りで大丈夫ですわ」
お母様の言葉を遮って私は荷物の整理に戻った。
「勉強も歌の練習ももっと頑張らないといけないので、時間が惜しいのです。申し訳ございません」
「……そう、そうよね」
お母様は他にも何か言いたげだったけど、そのまま部屋を出て行った。
「ちょっと冷たい言い方だった?でもお母様にお茶会に誘われるだなんていつ以来かしら?」
どんな話をすればいいかわからなくて困りそう。行くことは無いから大丈夫だけど。
「さあ、さっさと片付けて、練習に行かなくちゃ!!」
ラーシュ様が待ってるから。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
※参考までに
寮から校舎まで徒歩5分 聖地から校舎 馬車で30分 聖地の街から校舎まで馬車で20分 屋敷から校舎まで馬車で45分