8話
朝、何気なくテレビをつけると、殺人事件のニュースが流れていた。字幕とテロップが被る。コンクリート塀に頭部を打ちつけられた女子高生。昨夜、アオイが手にかけたものだ。
映し出される現場の様子は昨夜そのままという訳ではなく、既に遺体が片付けられている。ただ、塀にこびりついた赤黒い痕もそのままで、私がアオイの共犯者でなければ心を痛めていたかもしれなかった。
「……あれ、今」
自分の思考に悪寒が走った。
アオイとの交流で忘れていた自分のおぞましさを数日ぶりに味わったようだった。
他者の死。とりわけ自分とは何の接点もない誰かの死に一々傷心するほどの高尚な人間であれば、アオイの存在を許容できないだろう。
私は元々他者の死に何も思わない、ありふれた普通の悪人である。アオイと出会う前から、そうだったはずである。
しかし先程、私は一体何を考えた?
『アオイの共犯者でなければ』?
私は自分の性根を、アオイとの関係を当て馬にして正当化しようとしたのではないか?
「……朝から、最悪な気分だ」
物事の原因を他者に押しつけることは、かねてからの悪癖の一つだった。
そしてその悪癖を自覚して自分に対して嫌悪感を抱くことも私の悪癖だ。
こめかみから眉間にかけて、じんとした違和感が走る。自分を嫌う際には体調も崩すことがほとんどだ。病は気からという言葉を私が信じている理由である。
錠剤を二つ飲んだ。気休めにすらならない。
普段なら気にしないような水道水の妙な苦さが癪に障る。苛つきを収めようとして、また苛つく。
負の循環が起こることは容易に想像できた。
「ハルさん、大丈夫?」
ふっ、と意識が引き戻される。頬に冷たく、しっとりとした感触があった。いつの間にか蹲っていたようで、私は顔を上げた。
まるでいつかの再演のようだった。
「気分、悪くなったの?」
アオイは心配そうに私を覗く。その蒼い瞳を見ているだけで気分が落ち着いてくるような気がした。
「……落ち着いて、来ました」
「良かった」
そう言うと彼女はふわりと微笑んだ。それにつられて、私も少し笑った。
昨晩、彼女は当然のように私に着いてきて、当然のように私の家に泊まった。流石に同衾することは憚られたので、私は床に布団を敷いて眠り、彼女にベッドを譲った。朝目を覚ました時には彼女はまだ寝ていたし、起こさないようにテレビも無音でつけたはずだ。
もしかして、私が自己嫌悪に走っている間に目を覚ましたのだろうか。
手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。というか、引っ張り上げられる。やはり彼女は見た目よりもかなり膂力があるのだろう。でなければ人を塀に叩きつけることはできないだろう。
――今考えることではない。思考が余計な方へ行かないように私はかぶりを振った。
「朝ごはん、食べますか?」
「……作ってくれるの?」
「簡単なものなら」
「じゃあ、お願いしようかな」
そう言うと彼女はリビングの椅子に腰かけて、頬杖をついた。実際の年齢は知らないが見た目通りの少女なのだとしたら、年相応だと感じさせるような仕草だった。
私はぎこちなく、普段あまり使わないオーブントースターに食パンを乗せた。
「パン焼いてどうするの?」
「バターを塗って砂糖をかけるんです」
「……それだけ?」
「はい」
「“簡単なもの”すぎじゃない?」
「一人暮らしがみんな料理できるとは思わない方がいいですよ」
「ちょっとショックだなぁ」
そんなことを言いつつも、その声音で不満の色を表すことを彼女はしなかった。
絶妙な色の焦げ目がついているのを見ると、多少の達成感が込み上げてくる。焼き立てでまだ熱くいトーストを素早く皿に乗せ、その表面にバターを薄く塗り広げる。
溶けたバターが室内の照明を反射しててらてらと光り、薄茶色の焦げ目が金色に見えるようになる。その上から微かに砂糖を振りかけると、昔からよく食べていた砂糖パンの出来上がりだった。
アオイの目の前にその皿を置くと、彼女は目を輝かせた。
「食べていい?」
「もちろん。飲み物はどうします?」
「コーヒーとかあるの?」
「インスタントですが」
「じゃあそれで」
お湯を沸かし、インスタントの粉末をマグカップに開け、溶かす。
コーヒーをテーブルに持っていく頃には、彼女は既に砂糖パンを半分ほどまで食べ進めていた。
「意外と美味しいね、これ」
「砂糖、多すぎませんでしたか?」
「むしろ丁度いいくらい。あっ、コーヒーありがとう」
「どういたしまして」
朝食をとるその姿はやはり少女のようで、とても殺人鬼には見えない。
私も自分の分のパンを焼き、齧る。本来はバターの塩味と砂糖の甘味が程よく混ざって美味しくなるはずなのだが、私が作るものはバターや砂糖のむらができてしまって、手放しで褒められるものではなかった。
気を遣われたのかもしれない、と思って改めてアオイを見ると、彼女は既に砂糖パンを平らげており、コーヒーを静かに飲んでいた。
「どうしたの?」
「何でもありませんよ」
彼女がお世辞を言うとは思えない。きっと、彼女の分だけバターも砂糖も良い具合にできたのだろう。
そこで思考を切り上げ、私は彼女の対面に座ってコーヒーを啜る。安物のインスタントは美味しくはないが不味くもない。
無音のニュース番組は既に別の事件を報じており、私とアオイはしばらくそれを眺めながらコーヒーを飲んでいた。
難産でした。
間延びしそうだったけれど、二人の日常のようなものを書きたかったので。
次回からまたちょっと話を動かします。




