名も無き悪夢
「の……あ……」
黄金の髪の女性はノエルに攻撃した後、確かにそう言っていた
”のあ”と
ちなみにノエルは自力で回避した
狙いがややそれていたことが不幸中の幸いだ
「ノエル!逃げろ!あの女性、どこかおかしい!」
「うん!」
ノエルを逃がして戦闘に集中する
格好つけてみたが、戦闘経験はないような気がする。でも、体を動かすことはそれなりに好きだし、動体視力も自信があるから何とかなってほしい
「逃が……さないで!」
女性が今度は俺を狙って切りかかる。思っていたより動きが緩慢だったため、余裕を持って回避できた
うん。思ったより戦えそうだぞ。俺
「どうして……」
「はぁ?」
「どうして。魔力を持つのに……、自分で封じてるの?」
魔力?何言っているのだろうか
いや、違う
「壊れちゃえばいい……。全部……。主様の好きな世界……、もうないから」
この女性、焦点が合ってないし、だいぶ壊れている
けど、俺もおかしい……よな
魔力の存在は知っている
「楽園の……トキ
どうして……私の味方でしょ」
一方的な鎌による攻撃を避けながら、少しずつ思い出す
食事も、文化も知らないはずだ
だって俺は……
王国民ではないどころか、俺は異世界から来たんだ
『よく思い出せましたー。ぱちぱちぱちーだよ、トキくん
だから、ご褒美です。思う存分戦って』
ノエルとも、目の前の女性とも違う少女の声が、俺は異世界から来たと気づいた瞬間に頭の中に響いて、意識を現実へと戻すと俺の手には一振りの剣が存在していた
少女の正体はわからないが、これは感謝
これで、逃げるだけでなく戦える
大振りの横への一太刀で女性を薙ぎ払う
「俺はあんたの味方じゃねーよ」
ノエルを攻撃した罪は重い
とはいえ、一撃で倒せるような相手ではないか
無傷……とか、ずるい
「そう……。私、強いよ」
「だろうなっ!」
横薙ぎからの正面に剣を振り下ろす
避けてないのに無傷だ
理不尽じゃないか?
*****
理不尽な強さの女性と戦い始めて、どのくらい経っただろう
撥ね上げ、振り下ろし、薙ぎ、叩き込み、袈娑切り、ありとありゆる攻撃方法を試してみた
だが、相手はいくら攻撃しても無傷だし、疲労すら見せない
対して俺は、やや息が切れ始めていた
「魔法……黒の人形。彼の……少年を潰して壊せ」
何もなかった地面から黒い人型の何かが生み出される
そして、すべての人型が俺に巻き付いた
「うっ……、ぐ……」
苦しい
息ができない
意識が遠のきそうだ……
『大丈夫
トキくんなら負けない
思い出して、君は魔力を理解している
――君は"魔法を知っている"』
そうだ
俺は魔法を知っている
遠のきそうだった意識を取り戻す
冷静に対処したら問題ない
聖属性付与浄化魔法
それだけで俺を苦しめていた黒き人形は、あっけなく消えていった
「魔法、案外便利だなっ!」
そして体全体に薄い魔力の膜を絡みつけるようにして、身体能力を向上させ、流れるように全身を叩き落とすようにして剣を振り下ろす
魔力を使うか否かでは、同じ攻撃でも雲泥の差だった
あれほど傷ひとつつかないと嘆いていたのに、今は女性の身体には一太刀の跡が残っている
勝機は見えた
もう、理不尽じゃない
鎌による攻撃を避けて、さっきよりもさらに剣に魔力を込める
「これで……終わりだっ!」
美人だけど魔法を知らなければ恐ろしいほど強かった名前も知らない女性
あえて名付けるなら、名前のない悪夢
名前のない悪夢は復活などせず消え去っていった
俺の名前を知っていたのもだけど、”のあ”だったり、”主様”とか言っていたのは何だったのか。謎の多い女性だった
「ノエル―!もう大丈夫だぞー!」
ただ、なぜ俺はこの時気づかなかったのだろう
人影が戻っていなかったことに
昼間だというのに空が薄っすら暗かったことに
後悔しても遅い
ノエル、呼んでも来ないなーとか思っていたその瞬間だった
紅色の雷が落ち、空がひび割れ始めた