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「何かよく分からないけど、おまえ大丈夫か?」

 何度目かになる質問は明らかに頭の異常を疑われていた。

「大丈夫じゃない……。何で私、彼になってるの……?」

 頭を抱える。ナーバルと話が噛み合わないはずだ。これまでのやり取りを思い返して恥ずかしくなる。察しが悪過ぎる。事態は最悪だ。

 どっちだ? どっちの可能性のほうが高いだろうかと真剣に考えた。記憶障害か、魔法のせいか。しかし答えが出るはずもなかった。判断材料が少な過ぎる。

「私、公爵令嬢なの」

「いや平民だよ、おまえは。生まれながらのド平民」

 即刻否定されてしまった。

 どうしよう。このままでは記憶障害の線が濃厚になってしまう。

 縋るように親友の顔を見上げる。トリスタンの親友だと言う彼は戸惑った表情をしていた。3つめの可能性として、今まさに夢の中にいることも考えたけれど、それはすぐに否定した。これが夢の中であるはずがない。五感全てが現実であると伝えていた。

 隣にしゃがみ込み、ナーバルは目線を合わせる。まるで小さな子に話しかけるような体勢だった。

「ずっと、自分のことを公爵令嬢だと思ってたわけ?」

「うん。大怪我をしてからだから、1週間くらいずっと。それ以前のトリスタンとしての記憶もない。だからナーバルのこと変なこと言う子だなって思ってた」

「それはこっちのセリフだ。あー……逆に公爵令嬢としての記憶はある?」

「ええ。16歳までの記憶があるわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。起きたときには、この状況になってた」

「もしかして剣の扱い方も体術も忘れてる?」

「争い事は苦手ね」

「マジかよ。そっちのほうがショックだ」

 トリスタンに教え込んだという剣術についての記憶がないことは余程ナーバルにはダメージを与えることだったらしい。あんなに手間暇かけてようやくモノになってきたのにとぼやいている。

「私の話、信じてくれるの?」

「いや? 半信半疑っていうのが正直なところだが、嘘をついている様子でもないし、どうしたもんかと思ってる。おまえはどうしたい? もう体は動かせるだろう。働いてくれてもいいが、今の状態のおまえを仕事に復帰させるには不安がある」

「あなたたちの仕事って何なの? 強盗が本業だなんて言わないわよね。犯罪よ」

 警ら隊に引き渡すわよと言えば、また馬鹿にしたような顔をされた。

「やってみろよ。おまえまで捕まるぞ」

「どうして私まで?」

「同罪だからだよ。オレたちは今までずっと2人で組んでやってきた。捕まるときは2人一緒だ」

「ひどい。私何も悪いことしてないのに」

「その言い分をまともに聞いてくれるやつが裁判官側にもいたらいいな」

 トリスタン本人に苦情を申し入れたいと本気で思った。王位継承者の友人にしては他と毛色が違うとは思っていたが、ここまで荒んだ幼少期を過ごしていたなんて。

 どんな魔法を使って学園に入学したのかと文句のひとつも言いたい。

 そんなイジーの様子を見ていたナーバルはハァと深い溜息をつく。

「ひとまず、おまえに今までの記憶がないことは分かった。そうなった原因は分からないが、誰かに魔法をかけられた可能性もなくはない。オレのほうでも調べてやるから、そんな迷子みたいな情けない顔するな」

 仕方なさそうに降参のポーズをしてみせる。

「オレがおまえを置いていって大怪我したから何かの意趣返しとか嫌がらせかと思ってたんだよ。まさか本当に記憶がないなんて思ってもなかった」

 いや、中身だけ別人に入れ替わっているって言い方が正しいか、と呟きながら何やら思案している。もしかして何か心当たりがあるのだろうか。

「……私、これからどうしたらいいの? ずっとトリスタンのままなんて嫌。もし本当に入れ替わってしまったのなら、元の体に戻りたい」

「オレだって親友を失ったままは嫌だ」

 参ったなぁと言いながらナーバルは仰向けに寝転がってしまう。何となく真似して、その場に寝転がってみる。こんなお行儀の悪いことは初めてだ。もしかして天井のシミは雨漏りの跡だろうか。このカビ臭さはそのせいかと合点がいく。こんなところでしばらく生活をしなければいけないだなんて。勘弁してほしい。

「中身のほうの本当の名前は何ていうんだ?」

「イジー」

「そりゃ縁起が良いな。ここを統治する公爵家の令嬢と同じ名前だ。もしかして本人か?」

「………」

「えっ、マジで?」

 ナーバルは驚いているがイジーはもっと驚いている。

 ここはメディテだったのか。メディテとはイジーの父親が今の国王から賜った領地だ。潮の香りがしないということはオルフィルスに近いのだろうか。東西に細長い領地でほとんどが海と接しているから場所は限られるはずだ。

 何という偶然なのだろう。トリスタンが同郷だったとは知らなかった。

「領主様の娘が剣なんか握れないよなぁ。おまえ何ができるんだ? 頼むからダンスの才能ならあるわなんて寝惚けたこと言うなよ」

 危なかった。ちょうどそう言おうとしたところだった。

 私は何ができるのだろう。未来の皇妃となるべく勉強はしてきた。そればかりに注力してきた。それ以外のことが何も分からない。

「魔法は使えるか?」

「使えない、と思う」

 イジーだった時は魔力をひとかけらも持っていなかった。だからそれを補うために勉学にのめり込んだ。魔法が使えない貴族がいないこともないが、イジーの家系から魔力を持たない者が生まれたのは初めてだった。

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