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遅かったじゃないと声をかけると、じろりと睨みつけられる。
「オレがいない間に、今度はどんな厄介事を起こしてきたんだ?」
厄介事と言うほどでもないわよと返事をしようとしたけれど、何やら剣呑な雰囲気をナーバルから感じたので口を閉じた。こういうときこそ付き合いの長いトリスに取り持ってもらうのが最適解だ。
他人事のように視線を外していたトリスを膝で小突いて促すと渋々といった様子で先程の出来事をかいつまんで説明する。話を追うごとにナーバルの眉間の皺がどんどん深くなっていくのを見て、どうやっても言い逃れできないことを早々に察した。
「強引に逃げてきちゃったけど私たち不敬罪で捕まっちゃうかしら」
「でも先に失礼したのは向こうだぜ?」
「相手は王族よ。どんな言いがかりでも彼らの発する言葉は全て勅命であり法になるのよ」
ウゲェという反応をするトリスを冷ややかに見やって、ナーバルは「それで?」と言う。
せめてもの足掻きで話を逸らしたつもりだったが、この程度では誤魔化されてはくれないようだった。
「向こうが正式に書状を出して会いにきたらどうするんだ。コイツじゃあ確実にボロが出るぞ」
「そうなのよね。どうしようかしら。王族からの誘いを理由もなく断ることなんてできないし困ったわ。トリス、あなた一人で何とかできそう?」
「無理だ。テーブルマナーなら教養として知ってるが、話し方も立ち振る舞いも出来る気がしない」
「歩き方からして淑女のそれとは全く違うものね……」
前々から思っていたが、騎士だった頃の癖なのかトリスが大股で肩で風を切って歩くのには側から見るとすごく違和感がある。
「ナーバル、魔法でどうにかならないの?」
困ったときのナーバル頼みだ。
「どうにかって、どうにもならないだろ。それこそ中身を入れ替えないと染みついた癖や習慣は矯正しようがない」
「終わったわね」
「詰んだな」
三者三様に落胆を示す。
ともあれ、想像であれこれ言っていても仕方がないという結論をナーバルが下し、先程トリスの足を蹴って気が済んだのか、それ以上に怒られることはなかった。
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正雪祭から2日後。遂に恐れていた事態になったとトリスから連絡を受け、現実逃避のため天を仰ぎたい気持ちでいっぱいのイズをナーバルが強引に引きずって二人は再びヴォルフハート家に忍び込んだ。
ちなみにトリスとの連絡手段には、何やら魔法で作ったという鏡を通して会話することができるようになっている。もちろんナーバルの発明品だ。類似品が市場に出回っていないのでナーバルは間違いなく自分で一から作り上げているのだろうが、想像していたよりもずっと彼は天才なのかもしれない。
少なくとも強盗や子守りよりよっぽどこの魔法具を売りに出したほうが稼げそうなものだが、魔法関連には詳しく触れてほしくないようなので聞くに聞けない現状がもどかしい。
トリスなら聞けば何でも答えてくれそうだが、本人が言いたくないことを他人から聞き出すのには抵抗があった。