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「公爵令嬢を前に膝もつかないとは無礼極まりない。身分のある方に仕えていらっしゃる方の立ち振る舞いではございません。この者はきっと嘘をついているのです。大方、誘拐目的の下賤の者に違いないでしょう。まともに相手をする必要はございません。参りましょう、イジー様」

 トリスは口を開かないほうがいいだろうと思い、イズはあくまでもイジーの護衛かのように進言する。公爵令嬢としての言葉遣いに慣れていない彼が対応すれば、すぐにボロが出るだろう。

 それに、エリオットと名乗る男が本当に殿下とやらから命を受けたのであれば、このような路地裏で交渉するのではなく、正式に書状を出すべきだ。それに関してもイズは不信感を抱いていた。なにより、こういった雑な扱いをされることにも業腹だった。

 殿下という曖昧な言い方も気に入らない。恐らくは第一王位継承者であるマルクスか、それより下位の王位継承権を持つ内の誰かなのだろうが、仮にも公爵令嬢である自分を軽んじることは王家に連なる人間であっても許されない。ヴォルフハート家は臣下として最も王家に尽くしてきた家門だ。

 トリスは黙ったまま頷き、イズに目配せをする。

 エリオットがそれでも食い下がろうと一歩前に出たので一瞥で制した。

「これ以上、主人の足を止めるというのであれば、この件は旦那様に報告させていただきます。それでもよろしいならば、その口を開きなさい」

「………」

 ふん、と鼻を鳴らすイズは、何やら肩を震わせるトリスと共に踵を返す。振り返ると深く頭を下げたまま動かずにいるエリオットが見えたが、それくらいで許すはずがないわとますます腹が立ってくる。

 怖い思いをした反動もあるのだろう。ぷんぷんと怒りながら遠くまで歩いてきたところで、我慢できなくなったのか遂にトリスが吹き出す。突然腹を抱えて笑い出した友人に少し驚いていると、安心したせいか涙がぽろぽろと零れ落ちて止まらなくなるので混乱する。

「おい、こら。泣くな」

「だっ……だって、怖かったんだもの……」

 泣くなと言われても涙を止める方法など分からない。慌てたような表情のトリスに袖で優しく涙を拭われ、幼子にするようにぎゅっと抱きしめられた。

 背中を数回軽く叩かれて解放されたが、密着したことで安心感を得たのか瞬く間に涙は止まった。

「何だったの? 誰だったのよ、あの人。あのエリオットって人、あなたは誰なのか知っているんでしょう? 背も高いし威圧感もあるし、怖いし、私それでも頑張って返事をしたのにトリスが笑うんだもの。ひどいわ」

「あの人は騎士になるにあたって昔俺に稽古をつけた騎士だ。ゆくゆくは王国騎士団長にもなる、すごい人なんだぞ」

「知らないわよ、そんなこと。そんなことより、笑ってごめんって言って。もっと労ってよ」

 投げやりになりながら答えると「全くおまえは仕方ないな」と呆れたように言うので思わず下唇を出してむっとした表情になってしまう。

「わかったよ。笑って悪かった。別にイズを笑ったわけじゃない。こんな子どもの言うことにぐうの音も出なかったエリオットがおかしくて笑ったんだ。俺が受け答えすれば良かったな。イズはよく頑張った。えらかった。ありがとう」

「ううん。トリスの令嬢の真似はヘタクソだから、ああいうときは返事しなくていい」

「はぁ? そんなことないだろ。ああ、もう。ほんっとにムカつくな、おまえってヤツは」

 そんなことを言うので、じっと見つめていると降参のポーズをするので今回は許してあげましょうと応える。私を怒らせると怖いのよ。謝ってもらえるまで、ずっと拗ねてるんだから。

「それで、どうするんだ?」

「えっ? 何が?」

「俺の話をちゃんと聞いてたか? 俺に護衛騎士になるための指導をしたってことは、エリオットは今マルクス付きの騎士だ。散々しごかれて血反吐を吐かされた俺が言うんだ、偽者なんかじゃない。つまりマルクスがおまえ、というか今は俺だけど、イジーに会うために自分の護衛騎士を派遣してきたことの意味を分かってるのかって聞いてるんだ」

「分からないわ」

「いやそこは分かっとけよ」

 そもそもマルクスの護衛騎士だったことすら今トリスに教えてもらったのに、それ以上はまだ混乱していて頭が働かないというのが正直なところだった。

「男がわざわざ女に人目を忍んで会いにくる理由なんて一つだ。逢引きの誘いに決まってるだろ」

「決まってないわよ。それは偏見で早計よ。それに時期がおかしいわ。マルクスが私と初めて会ったのは今より数年先なんだから」

「だから、未来が変わったんだろ。おまえがあのミンネとかいうメイドを追い出したから、マルクスがおまえに興味を持つ時期が早まったんだ」

「意味が分からないわ。何の関係があるのよ」

「風が吹けば桶屋が儲かるってことだよ。一見何も関係がないことでも繋がっていて結果が大きく異なるってこと。ババアを追い出すために手紙を仕込んだ日にナーバルが魔法を使っただろう? あれ結構珍しくて高度な魔法だから、きっとそれが国の魔力探知か何かに引っかかって公爵家の魔力を持つ人間の中で唯一登録がなくて、魔法を使えないとされてるおまえが魔法を使った可能性が高いってことで調査でも入ったんじゃないか? 魔法が使えるのであれば未来の皇太子妃候補として加えようって動きが出るのもおかしくはない。だからそれを聞きつけたマルクスが事の真偽を確かめるために内密に接触を図ってきたっていうのが俺の予想」

「ということは結局ナーバルが悪いってこと?」

「そうだな。一発アイツを殴ろう」

「そうしましょう」

 話がまとまったところで「なんでだよ」というツッコミが背後からかけられる。

 大きな紙袋を抱えて戻ってきたナーバルが、トリスの脛を強く蹴り飛ばした。

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