表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/25

番外1

※注意※

12、3歳くらいのときにイズとトリスがわちゃわちゃお話ししてたら可愛いだろうなぁと思って書きました。

イズがマルクスと既に婚約した後の1回目の人生です。

本編ストーリーとは全く関係ありません。短いお話です。


---


 ある晴れた日のこと。イジーは婚約者のマルクスに連れられて、とある伯爵家の茶会へと訪れていた。

 イジー・ヴォルフハート公爵令嬢といえば、最近話題の人物として注目を集めていた。突然、何の前振りもなくこの国の王子と婚約した令嬢は一体どこの誰なのかと貴族たちは興味津々だった。イジーはデビュタントもまだだったので、噂や憶測が飛び交っていた。婚約前はほとんど外に出たことがなく、彼女の両親も特別娘のことを外では話題に上げることがなかったため、誰も彼女の正体を知らなかったのだ。

 興味本位半分、値踏み半分のお誘いは引きも切らず、婚約者と共に社交の場に連れ出されるのは今回が初めてではなかった。

 連日挨拶回りに連れ回される日々に、精神的な疲労が溜まっていたのだろう。

 お手洗いに抜けた際に魔が差した。

 ふと来た道を逸れて、気の向くままに歩いていく。はじめは恐る恐る、段々と早足で人の話し声がする方向から遠ざかった。次第に早くなっていく足を止めるものはない。

 いつの間にか通路から中庭を駆け足で抜けて、石畳の階段をスキップでもするように上がっていった。軟弱な体は息を切らしていて心臓もドキドキと早鐘を打っていたけれど、イジーは解放感で叫び出してしまいそうなほど嬉しかった。顔が綻ぶのが自分でもよく分かる。

 階段を上がりきると、広がっていたのは庭園だった。見事な薔薇が、色とりどりに咲き乱れている。そういえば今回招待してくださった伯爵の奥方は薔薇が好きだった。奥方のためにある庭園なのだろうか。であれば、屋敷の主の許可も得ずに足を踏み入れるのは、些か淑女のマナーからは外れていると言わざるを得ないだろう。

 戻ろうかどうしようかと少しばかり冷静になりかけている頭で考えるが、目の前の見事な庭園を前に好奇心の方が勝ってしまった。

 それに帰り道も分からないし……と誰に言うでもない弁解を思いながら、薔薇のアーチをくぐる。かぐわしい薔薇の香りが鼻腔を突く。ここでお茶会をしたら、さぞや盛り上がることだろうと思いながら進んでいくと、お誂え向きの東屋らしきものが見えてきた。伯爵家の人間が友人たちとのんびりと時間を過ごすには最適の場所だろう。そこに人影があるのを認めて、イジーは咄嗟に身を隠した。見つかったら勝手に庭園に入ったことを叱られるかもしれないと思ったのだ。

 しかし、何だか様子がおかしいことにしばらく経ってから気が付く。

 人影は二つだったので、当然二人の人間がいることは予想していた。しかしよく目を凝らしてみると人影の正体は庭師や使用人のそれに見えた。何かがおかしいと気付いたのは、東屋で話し込んでいるらしい二人のうちの一人が突然声を荒げたからだった。口論というよりは片方が一方的に喚き散らしているようだ。もう一人は微動だにしない。遠くからでは二人が何を話しているのかが聞き取れないので、少し迷ったけれど薔薇の垣根をすり抜けて近付いていく。

「……どうして駄目なの!?」

「いや、だから」

「わたしのこと好きじゃないの!? こんなに好きだって言ってるのに」

「何回も言ってるけど、好きとか嫌いとかの問題じゃないんだよ」

「ひどいわ! もういい!」

 ビターンという破裂するような音に思わず身を竦める。大きな声を出していた方が相手を平手打ちした音だった。なんだ、ただの痴話喧嘩か。嫌なところに出くわしたなぁと思っているうちに、女の方が泣きながら走り去っていく。イジーの隠れていたすぐ側を走っていったので去り際によく見れば同じくらいの年頃の女の子のようだった。恐らくこの屋敷のメイドだろう。

 最近の同年代はすごいわねと他人事のように思いながら、視線をつい今しがた振られた(らしい)男の子のほうに戻した。相当痛かったのか、叩かれた頬を何度か擦っている。

 さすがに可哀想になってハンカチを取り出すと、近くに置かれていた散水用の桶の水に浸して濡らした。

「あの、使いますか?」

「うわっ、おまえ誰?」

 気配を殺して背後から声をかけたのがまずかったのか、その男の子は飛び上がるようにしてハンカチを差し出した格好のイジーから距離を取った。

「これハンカチ……頬を冷やすのに必要かしらと思って……」

「ああ、どうも」

 だいぶ警戒はされているようだったが、一応ハンカチは受け取られた。これ以上関わらないほうがいいのかしらとイジーも距離を取る。東屋の端と端で妙な雰囲気で見つめ合うことになってしまった。

 少年は綺麗なブロンドの髪をしていた。見つめる目は猫のようで、こちらの一挙手一投足を見逃さないようにしている。長袖のシャツの袖が泥のようなもので汚れている。庭師見習いだろうか。立ち振る舞いはどうにもそうとは思えないけれど、服装は庭師のものに見えた。

「イジー・ヴォルフハートと申します」

 礼儀として名乗り、ドレスの裾をつまんで挨拶をする。少年はどうやら使用人のようだが、ここで下手な態度を取って勝手に庭園に入り込んだことを家主に密告されては堪ったものじゃない。ただでさえ最近話題の令嬢という自覚はあるので、マルクスの婚約者としては出来る限り悪評は避けたい。

「トリスだ。おまえここの家のガキ?」

「いいえ。私は客よ。この家の主人に今日の茶会に招待していただいたの」

 イジーが答えると、「そうだよな、ここの主はヴォルフハートではなかったはず」とブツブツと呟いている。口の利き方がなってない。今日招待してくれた伯爵家では碌に使用人の教育もできないのだろうか。主の客である自分にこのような不遜な態度を取る使用人には出会ったことがないので思わずポカンとしてしまう。

 当たってほしくない予想なのだが、もしかして彼はここの使用人ではないのだろうか。

 もしそうなら面倒くさそうな雰囲気がプンプンするので早く立ち去ったほうが賢いだろう。

「どうして彼女は泣いてたの?」

 早くこの場を去ったほうがいいと分かっているのに、またもや好奇心が勝ってしまった。

 トリスは馬鹿にしたように片頬で笑う。

「知らねーよ。一目惚れしたとかで、いきなり迫ってきたんだ。こっちはそれどころじゃないってのに」

 てっきり恋人同士だと思っていたが、まさかの初対面だったと言う。うんざりしたように髪をかき上げる姿は不思議と目を引き付けられる。こういう人のことを何というのだったかと記憶を手繰り寄せながらイジーは首を傾げた。

「いくら相手が一目惚れだったからって、あんな対応ってないと思うわ。もっと紳士らしく、淑女には優しく接するものよ」

「はぁ? おまえが俺に紳士とは何たるかを説こうってのか?」

「だってあんまりだったんだもの。勇気を振り絞って告白した彼女が可哀想よ。それに、一目惚れから始まる恋もあったって良いと思う」

 最近読んだ大衆向けの恋愛小説を思い出しながら、異性と曲がり角でぶつかって恋に落ちる話を滔々と話して聞かせる。イジーにはもう婚約者がいるから、新しい恋なんて考えられないけれど、人並みには物語の中で語られるような運命の出会いというものに憧れる。頬を上気させて、いかに恋愛が素晴らしいかについてまで言及していると終始相手はドン引きするような表情をしていたけれど、イジーは構わず続けた。ようやく話し終わる頃にはトリスは手近な薔薇をぼんやりと眺めていて、こちらの話など一切無視していた。それでも話し終わるまで待ってくれるのだから、あんな冷たい態度を取っていた彼にも一応人の心というやつはあったらしい。

「あ。終わった?」

「ええ。誰かさんが相槌を打つことも遮ることもしなかったから、話したいことを存分に話せたわ」

「そりゃ良かった」

「ちょっと。あなた今皮肉を言われてるのよ」

「それはお生憎様。鈍くて酷くて紳士とは何たるかも恋愛も何も知らない男なもので気付きませんでした」

 むむむとイジーは唸る。どうしてそんな嫌な言い方をするのかしら。

 全く納得がいっていないイジーに「はぁ……」と大きな溜息をついて、トリスはのっそりと近付き、おもむろに目の前で膝をついた。まるで物語に出てきた求婚する男性のような体勢で恭しく右手を取られる。

「それでは、お姫様。それはそれはたくさんの恋愛小説を読んでらっしゃるようなので正しい紳士の在り方をご教示いただけますか? ほら、このように指輪でも嵌めてあなたからの愛を乞えばご満足いただけますでしょうか」

 そう言うと、トリスはさっとイジーの右手の薬指に指輪を通す。大きなルビーのついたそれにイジーは卒倒しそうになった。どう見ても本物の宝石がついた指輪だ。驚き過ぎて声にならない。

 トリスは先程の皮肉たっぷりの笑顔とは打って変わって、爽やかな好青年のような綺麗な笑顔で「受け入れてくださいますね?」と言う。

 イジーが恥ずかしいやら驚いたやらで何も言えないでいるうちに、彼はハッとまた馬鹿にするように鼻で笑って素早く立ち去ってしまった。

 手元に残ったのは今までに見たことがないくらいの輝きを放つルビーの指輪。左手ではなく右手にしたのは嫁入り前の令嬢に対する彼なりの気遣いだったのか、単に面倒くさがって雑に済まそうとしたのか。

 彼が何者だったのか結局不明のままだったので問い質すことはできなかったが、一つ言えることはイジーはああいったテンプレじみた愛の告白に非常に弱いということだった。

 それから、その日お茶会が開かれた伯爵家には泥棒が入ったとのことでお開きになり、盗まれたものの一つである家宝のルビーの指輪をイジーが持っていたことであらぬ疑いをかけられ果ては投獄されることになるわけだが、これはまた別の話である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ