21.演奏の約束
目が覚めると、脳内はとてもスッキリとしている。
両手を広げて体をほぐすと、血が全身を駆け巡っていく。
「あっ……」
ふと、部屋の隅に置いてあるアロマが目に入る。
それがきっかけで昨日のベン様に対する態度を思い出すと、一気に顔が紅潮してしまう。
「甘えすぎちゃった……」
当時は幸せな気分だったが、今になって恥ずかしさで胸の中がいっぱいになった。
ベン様の手を握った感触を思い出して頬を緩める。
幸せな気分に浸っていたが、ふと時計を見ると朝食の時間が近づいていた。
慌てて立ち上がると、鏡の前で深呼吸をする。
「これで大丈夫」
だらしないと思われないように唇をぎゅっと噛む。
「おはよう」
凛々しい顔で優しく微笑まれると、つい照れてしまう。
「どうかしたか?」
「い、いえ、なんでもないです!」
「そうか」
裏で手をつねって、私は乱れた心を落ち着かせる。
「昨日は休めたか?」
「はい! 今はとても元気です!」
「それは良かった」
ベン様はまたアロマのお礼を伝えねばなと呟くと、律儀で誠実な人だと感じた。
そんないい人と結婚できて良かったと心の底から思う。
「ところで、ピアノの調子はどうだ?」
「とても順調です!」
「そうか」
ベン様は満足そうに頷く。
「そろそろ卒業試験だとセリナが呟いていたよ」
「はい。教えてもらっている曲は弾くのがとても難しいです」
「卒業試験の曲を演奏する時、俺も聞いてもいいか?」
ふと、ベン様はそんな提案をする。
「はい! 是非聞いてほしいです!」
「ああ。卒業試験を終えたらアイラを音楽団に入団を推薦しようと思っている」
「そうなんですか!?」
今まで何度か公爵邸に演奏が聞こえてくることがあった。
耳にする度に沢山の楽器で奏でる合奏に目を輝かせていたことを思い出す。
そんな憧れの人達と一緒に演奏している様子を想像して、ワクワクとしてきた。
「セリナから聞いていなかったか」
「初めて聞きました」
「そうなのか」
ベン様は咳払いして、卒業試験を楽しみにしていると締めくくる。
そんな会話をしている内にお皿の上に何もなくなっていた。
私は鼻歌混じりで食堂を出ると、すぐに公爵邸の離れへ向かう。
「今日も頑張ろう」
ピアノに向かって意気込むと、指を鍵盤の上で走らせる。
セリナ先生に教えてもらった成果か実家にいた頃よりも表現の幅が格段に広がっていた。
「うん! いい感じ!」
ガラスのように透き通った音が軽快にホールに響く。
音が踊っているような感覚に浸っていると、足音が近づいてくる。
「おお、やっているじゃないか」
「はい! 今日もお願いします!」
セリナ先生がやってくると、指導が始まった。
いつか音楽団で合奏することを夢見て、今日もピアノを弾き続ける。
何時間も熱中してピアノを弾いていると、あっという間に時間が過ぎていく。
「そろそろ日が暮れるから、私はお暇するよ」
「そう……ですか」
「寂しそうな表情をするなって。また明日も一緒に練習しよう」
「はい!」
セリナ先生は荷物をまとめているが、まだまだ私のピアノを弾きたい欲求は止まらない。
「あの、私はもう少し弾いてから戻ります」
「そうか。あまり根を詰め過ぎないようにな」
「はい!」
私はセリナ先生に手を振って見送ると、再びピアノに向き合う。
ピアノはまだまだいけると言っているかのように強く音を響かせている。
「そろそろ帰ろうかな」
私は指が疲れて上手く力が入らなくなってくると、撤収の用意を始めた。
手に息を吹きかけて、蝋燭を片手に廊下を歩く。
「あっ……」
外に出ると外は雨が振っていた。
雨風に揺られて蝋燭は消えると、暗闇に包まれてしまう。
「どうしよう……」
一旦屋内に避難をして、私は小さく呟く。
何も周りが見えない中で、私は不安な気持ちに飲み込まれていった。




