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19.天才(ベン視点)

 日が昇ると同時に目を覚ます。

 公爵になってから習慣化させて、今では自然と体が起きるようになっている。

 大きく深呼吸をし肺の中身を入れ替えると、身体中に酸素が行き渡って脳が冴えていく。


「ふぅ」


 身支度を整えて目覚めのホットコーヒーが体に染みる。

 気づいたら椅子に座っていて、書類作業を進めていた。


「セリナ様がいらっしゃいました」

「分かった。来賓室に案内しろ」


 鏡の前に立って身だしなみを再度確認すると、セリナの元へ向かう。

 

「すまないね。いきなり押しかけて」

「別に構わない」

「私らの間に余計な御宅はいらないな。早速本題に入ろう」


 用意された紅茶に口をつけるセリナは相変わらず飄々としている。

 セリナとは公爵に就任する前からの付き合いからか、余計な気遣いが無くて済む相手だった。


「昨日アイラと会った」

「珍しいな。お前が他人に興味を示すなんて」

「まあ、あのベンが絶賛するほどの才能を見てみたいと思っただけさ」


 そう言ってセリナは長く息を吐く。


「本物だったよ。彼女の才能は」

「俺が嘘を言う気質に見えるか?」

「見えないが、君が他人を手放しに誉める気質にも見えないね」


 それが仮に自分の身内でもねとセリナは付け加えた。

 

「それはさておき。事後承諾で申し訳ないけど、彼女の教師をすることになった」

「っ⁉︎」

 

 セリナは呼ばれたパーティーを興味ないと一蹴するような人物だと見ている。

 そんなセリナが自分に時間を使うことよりも、他人に時間を使うことに価値があると感じる程にアイラ嬢の才能は凄まじいものだと実感した。


「多分アイラが私を超えるまで、一年も要らないと思う」


 セリナの目は遠くを見つめているようだ。

 その様子から飄々とした雰囲気はなく、ただただ真剣なピアニストとしての表情をしていた。

 

「アイラが私を超えた時は彼女を音楽団に入団させたい」

「お前がそれを選んだ上でアイラが了承するなら俺は何も言えない」

「ありがとう」


 セリナは大きく安堵したようで疲れを表に出す。

 王都一の音楽団でピアニストをしている意地はそう簡単には捨てることはできないだろう。


「本当にその決断でいいのか?」

「ええ。アイラの成長を見届ける方が私の活躍よりも価値があると思っているわ」

「そうか……」


 あのピアニストとしての自信に満ち溢れるセリナを変える程にアイラ嬢の才能は凄まじいものだった。

 声には出さないが、セリナの決断がいい方向に転がることを願う。

 

「とんでもない天才と結婚したものだな」


 自然と口からそんな呟きが溢れる。

 セリナの教えでアイラ嬢がどのような演奏をするのか興味が湧いてきた。


「また、アイラの演奏を聴いてみたいな」

「ええ。驚くほどに最高の演奏を聞かせてあげるわ」


 屈託のない笑顔で告げるセリナを見て、どこか安心感を覚える。

 きっと良い教師と教え子になるだろう。

 そんな未来が見えて、笑みを浮かべている自分がいた。

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