18.繊細な音楽
「早速レッスンを始めようか」
「はい!」
「まず、アイラの現状について整理しよう」
セリナ先生は私の後ろに立つ。
「とりあえず、何曲か演奏をしてくれ」
指示通りに演奏続けると、三曲目の途中で止められる。
「アイラの演奏は迫力があって陽気な曲が多いが、繊細さに欠ける」
「繊細さですか?」
「ああ。細く透き通るような音を出してみて欲しい」
そう言われて、私は指に込める力を弱めて鍵盤を押す。
ただ、それで出る音は不安定で全然響かない。
今度こそともう少し力を強めるが、逆に音が綺麗ではなくなってしまう。
「難しいだろ?」
「はい……」
「そう簡単には出来るようにならないよ」
セリナ先生はそう言って私の手をゆっくりと握る。
ふと、小さい頃にお母さんに同じことをされた様子を思い出す。
「私が手を貸すから、一回感覚を覚えてみようか」
私はセリナ先生に手を握られながら、優しくピアノの鍵盤を撫でる。
すると、ガラスのように繊細な音が響く。
「なんとなく掴めたか?」
「はい!」
私はゆっくりと息を吐いて、ピアノに優しく触れるような手付きでピアノに触れる。
「こんな感じですかね?」
「すごいじゃないか! すぐにコツを掴むなんて天才だ!」
興奮気味にセリナ先生は私の手を握ると、勢いよく上下に振った。
「何か意識したことはあるかい?」
「えっと、セリナ先生はすごく優しくピアノに触れていたので、それを真似しました……」
私の言葉にセリナ先生は顎に手を当てて考え込む。
「そうか……」
「どうかなさいました?」
「君は特別な天才だよ」
そう言って、セリナさんは目をギラギラと輝かせる。
太陽のように鋭い目線を私に向けると、さっきとは違った笑みを浮かべていた。
「こんな天才を教えられるなんて……ああ、ワクワクする」
「えっと……セリナ先生?」
「中途半端な内容を教えるのはダメだな。今から王都でも最高峰の技を教える」
セリナ先生はさっきとは別人と思える雰囲気をしている。
飄々としていて穏やかな人だと思っていたら、とても獰猛な目でピアノを見つめていた。
「すごい……」
王都でも最高峰と自称するほどの演奏は私の呟きをかき消してしまうほど、ホールをセリナ先生の音楽で染める。
繊細な音が踊るように飛び跳ねるメロディーは私の耳にスンと入ってきた。
「どうだ? すごいだろう?」
「はい!」
「ただ、アイラならすぐに弾けてしまうだろう」
セリナ先生は寂しそうに呟く。
「アイラが同じ演奏をする未来が頭の中で描かれているだろ?」
確かにセリナ先生の演奏の影響で未だに興奮は冷めない。
頭の中でずっとセリナ先生の演奏していたメロディーが流れている。
そして、あの演奏をどうやって弾くのか必死に想像をしていた。
「この曲を弾けるかどうかを卒業試験にする」
セリナ先生は私の瞳の奥まで見つめるような眼差しを向ける。
「絶対に弾けるようにするから、付いてきて欲しい」
「はい!」
「良い返事だ」
そのままピアノに触り始めると、知らないことができることに変わっていく。
そんな感覚が楽しくて仕方がなかった。
「アイラ様。もうすぐ日が暮れる時間でございます」
ナターシャさんの咳払いがホールに響くと、我に返る。
時間を忘れて弾いていたから、窓の外で空が赤く染まっていた。
「今日はありがとうございました!」
「ああ。こちらこそ有意義な時間を過ごせたよ」
私はセリナ先生に手を振ると、お互いに満足げな表情で笑う。
「ふわぁ」
ずっと興奮してピアノを弾いていたから、いつの間にか疲れがドッと溜まっていた。
「今日はいつもに増して楽しそうですね」
「はい! セリナ先生にいっぱい教えてもらいました!」
「そうですか」




