17.講師
今日も朝は気分良く起きることができた。
目がパッと覚めてすぐに身支度を整えると、食堂に行く。
「今日もピアノを弾くのか?」
「はい!」
気分はソワソワとしていて、落ち着かないでいる。
早くピアノを弾きたいと頭の中で何度も叫ぶ。
「とても楽しそうで何よりだ」
ベン様の微笑んでいる様子を横目にしながら食べていると、すぐに料理はお皿の上から消えていた。
「ご馳走様でした!」
「ああ、行ってらっしゃい」
私は今にも飛び跳ねる勢いで離れまで向かう。
あれから毎日公爵邸の離れでピアノを弾いていた。
音の響くホールで演奏するのは何度弾いても飽きることはない魅力がある。
「今日は何を弾こうかな」
曲のメロディーを頭の中に思い浮かべながら、ピアノの蓋を開く。
相変わらずしっかりと手入れがされていて、鍵盤は指が吸い込まれるような軽さをしている。
「今日もよろしくね」
実家にいた頃の癖でピアノに挨拶をすると、自然と指は鍵盤の上を駆けていた。
ピアノの音色は綺麗に力強く旋律を奏でていく。
「これがベンの言っていた演奏か」
一曲弾き終えたタイミングで拍手と共に声がホールに響いた。
「えっと、どちら様ですか?」
公爵家では見たことのない女の人に戸惑いを覚える。
「私はセルナ。ファルト音楽団でピアノを担当している」
「ピアニストですか!?」
「ああ。君と同じピアノ弾きだ」
セルナさんはそう言ってピアノを優しく撫でた。
「ベンが大興奮で君の演奏の事を伝えるから、興味を持って聴きに来たんだ」
「そう……なんですか?」
「ああ。ちょっとピアノを貸してもらって良いかい?」
私は立ち上がると、セルナさんはピアノの前で手を合わせる。
セルナさんはフッと息を一気に吐いて、流れるような動きでピアノに指を置く。
「王都でも随一のピアニストの演奏を聴いてみたいか?」
「良いのですか?」
「ああ。期待してくれて構わない」
自信に満ち溢れた表情でセルナさんはピアノの演奏を始める。
セルナさんの演奏は繊細で、少しの衝撃で崩れてしまいそうな程小さな音だった。
それでも、ピアノは綺麗な音色をホールに響かせている。
「どうだい? 私の演奏は」
「すごいです! 小さい音なのにすごい綺麗に響いています!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
セルナさんは笑顔を浮かべて、照れ臭そうに頭を掻いていた。
「ところで提案だ」
「提案……ですか?」
真剣な表情で見つめてくるセルナさんに私の背筋はピンと張る。
「もし良ければ、私に君のピアノの講師をさせて欲しい」
セリナさんの言葉が何度も私の中で反響した。
「君の才能を私に磨かせてくれ」
セリナさんのどこまでも遠くを見つめる瞳が私の視線を吸い込む。
あの目線の先に何があるのか見てみたいと強く私の興味を惹く。
「良いのですか?」
「ああ。私からやりたいと頼んでいる」
「よろしくお願いします!」
満足そうな表情でセリナさんは手を差し出す。
「じゃあ、これからは先生と呼んでくれ」
「セリナ先生!」
「君のことはどうやって呼べば良い?」
「アイラって呼んでください!」
私は手をギュッと強く握ると、さらに強い力で握り返された。
「よろしく頼むよ。アイラ」
「はい!」




