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シャディアン 悪魔の仮面  作者: 蒼木あお
5/5

5話 ようこそシャディアンへ

「あの人、私に嫌がらせをしてきましたね」


 息を切らしながら、井部いべは剥がれかけた仮面を付け直す。

 時刻はもうすぐ日付をまたごうといった頃だ。


 目の前には先ほどよりも凶暴化した明久らしき姿。仮面の左半分が黒く焦げ、手足には皮膚の境目から火種が萌芽ほうがし、赤い斑点模様を見せている。漏れ出る吐息は蒸気のように熱を帯び、両目に宿る光は時を追うごとに闇へと沈んでいく。


 一時間ほど前に明久の容貌に変化が見られて以降、打撃の威力や移動速度の上昇が倍加的になっている。それに合わせて井部もギアを上げていくが、明久の最大出力が未知数なだけに、精神的疲弊も普段の戦闘に比べて数倍増しだった。

 一度明久と距離を取った井部は、目下次なる手を探っている。


「精神世界では時の進み方が異なり、およそ現実の五分の一で時間が進みます。明久君の姿に変化が現れたのはおよそ一時間前。ということは、精神世界ではまだ一〇分と経っていない。これが会敵したから起きた変化であれば嬉しいのですが、直感的にあの人の仕業な気がしてならないのは、私が彼を良く思っていないからでしょうか」


 明久に変化の兆候が見られた瞬間、どこからか押しつけがましい期待を感じた井部は反射的に舌を鳴らしていた。仮面の影響で情緒がやや過敏になってはいるが、確証のない確信が井部の中にあるのは間違いない。ただその証を、彼が苦手だからという理由だけで済ませて良いものかと決めあぐねているのだった。


「ガエゼ……ガゾクヴォ……ガエゼッ‼」


 赤い斑点がまばゆく光り、身体中から火を噴かせる。次いで地面をえぐり蹴り井部との距離を一気につめた。


「まだ結論が出ていません。少し静かにしてください」


 井部は虫でも払うかのように空を切る。ささやかなその微風は突如爆風となって、迫りくる仮面の少年を軽々と吹き飛ばした。


「やはり不可思議な現象に私情をはさむのは筋が良くない。ですので彼の凶暴化は中の二人がシャドウと会敵したから、としておきましょう」


 仮面の奥で納得顔を見せる井部。そういえばと吹き飛ばした明久の方向を見やる。少年の身体は壁にめり込みピクリとも動かなくなっていた。


「少々やりすぎてしまいましたかね……」


 自責の念を感じ始めたその時、明久の身体がドクンッと脈打つ。


「ギ……ギギギギッ……ギガガガガガギャギャァァァァッ‼」


 絶叫が修練場に響き渡る。刹那、明久は井部の眼前で大きく右腕を振りかぶる。


「チッ!」


 ズドォォォォォォォン‼

 井部の舌打ちと壮大な爆裂音が鳴ったのはほぼ同時。

 土煙が晴れていく中、身構えたまま立ち尽くす井部は大きく目を見開いた。


「有栖さん、何しにきたんですか」


 そこには鬼の仮面を被り、愛刀〈鬼丸〉を明久に切りつけている不破の姿があった。


「休んでたらアホみたいな音で叩き起こされたんすよ。探知したらコイツの負力が一気にハネ上がったんで、全速力ですっ飛んできました」


 口調はやたら乱暴なのに、その動機には誠実性が垣間見えて井部は思わず笑いをこぼす。


「危うく死にかけるところでした。殺さない程度に手伝っていただけますか、有栖さん」

 有栖は短く「押忍っ!」と吼えた。



***



「あぁ? 誰だお前」


 シャドウは明久の横に降り立った不破を怪訝そうに見下ろしている。

 不敵な笑みを浮かべ、烏羽色の男が顔を上げた。


「僕は不破真。シャディアン北関東支部局長だ」

(局長⁉)


 叫びたくなる衝動をどうにか堪える明久。唐突に声を上げたらシャドウに刺し殺されかねない、そんな空気がただよっている。


「シャディアン……聞いたことねぇな」

「だろうね。明久と出会ったのもついさっきのことだし」


 どこか含みのある眼差しにシャドウは強い嫌悪感を示していた。

 一歩前に出た不破は、朗らかな表情を添えて口を開く。


「〈少年の王〉よ。彼に少しばかり力を貸してやってはくれないか」


 その言葉でシャドウの嫌悪に拍車がかかる。


「はぁ? 何だって俺がこんな愚図に力を貸してやんなきゃなんねぇんだ!」

「王の望みを叶えるためさ」

「俺の望みだぁ?」


 掴みどころのない不破の態度に眉をひそめる。シャドウはその目を不破の負力に向けた。


「そうか、俺をこんな表層にまで引っ張りやがったのはお前の仕業か」


 不破の笑みは崩れない。


「人の心に土足で踏み込んでくるやつの話なんざ、聞く気にもならねぇ。とっとと失せろ」

「君が明久の力になると言うなら、すぐに出ていくよ」

「はっ、お前自分の立場が分かってねぇようだなぁ‼」


 グゴォアッ!


 虎のような咆哮と共に、巨大な炎のあぎとが不破の身体に喰らいつく。


「〈(よん)ノ面――(きょ)(へき)〉」


 横に青緑色の四本線が刻まれた仮面を被る不破。だが、

 バキンッ!


「っ⁉」


 仮面はその効果を発揮する直前、粉々に砕け散った。


「ここの主はこの俺だ。他人の負力だろうが俺の世界じゃ俺のもんなんだよぉ!」


 不破の身体は為すすべなく、灼熱のあぎとに飲み込まれた。


「そんな……っ!」


 再び恐怖の底に陥れられた明久は、ずるずると後退していく。その最中、不破の叫び声が彼の足を止めた。


「明久! 君は君の過去と、目を背けていた真の己と向き合え! ここにあるものは全て君自身のものだ!」


 あぎとは爆炎と化し、壮大な炎の柱が天地を貫いた。

 同時にガクンと地面が揺れ、ドームの空間ごとさらに下降へ落ちていく。


「邪魔者は消え去った! 明久ぁ、負の底で俺に呑まれろぉ!」


 シャドウのけたたましい笑声が反響しながら、明久の精神領域は深層へと戻っていった。



 そこは深い、深い闇の世界。燃え盛る炎だけが辺りを照らしている。


「熱くない……何も感じない……」


 ほとんどが無に近く、あるのは赤く広がる憎悪の海。その中に浮かぶ孤島の真ん中で、岩山に腰かけたシャドウが地に着く明久に問う。


「てめぇは何しにここへやってきた」


 威圧的な物言いが明久の喉を詰まらせる。


「用もねぇのにここにきたのか? おいおいとんだ阿呆だな!」


 ケタケタと笑うシャドウ。その素性が分かっているからこそ、明久は何も言い返せない。


「周りに流されて生きてきたのが俺たちだもんなぁ! 親戚に拾われ、素顔を隠し、周りにバレないよう波風立てずに生きてきた。俺はそんなお前の生き方に嫌気がさしてんだ!」


 怒声が耳をつんざく。シャドウの顔に朱色の紋様が浮かび上がった。


「だがてめぇは頑なに俺を拒み続けた。あの火事の日に誓った復讐を、殺意を、憎しみをお前は拒絶した。なぜだ……なぜ三年もの間てめぇは俺を拒絶した!」


 おずおずと明久は口を開く。


「……間違って、いるから。憎しみは憎しみしか、生まないから。俺はそれに気づいた」


「てめぇも自分の立場ってのが分かってねぇようだな。ここじゃ噓も誤魔化しも全部つつぬけなんだよ。死にてぇのか?」

「ちがっ……」

「じゃあさっさと答えろ。俺を拒み続けた理由はなんだ」


 数秒の沈黙。少年の思考はその真意に焦点を合わせようとしない。それはまさしく己の首を絞める行為に似た自傷行為。見てはいけない、認めてはいけないと良心が訴える。


『目を背けていた真の己と向き合え! ここにあるものは全て君自身のものだ!』


「――っ!」


 不破の残した言葉が、明久の本心にリンクする。


(全てが俺自身のもの……)


 顔を上げ、シャドウと目を合わせる。


(こいつの言葉も、存在も、この世界も全て、俺なんだ)


 意を決した明久はシャドウの両目を見据えたまま、拒絶した真意を静かに答えた。



「――とても、汚かったから」



 パキッ。猛虎の仮面にひびが入る。


「ああそうだ! てめぇはてめぇの心を汚いと否定した! 噓偽りで塗り固められた良心ってのでお前は自分自身の心を、感情を殺したんだっ‼」


 狂気に染まったシャドウの姿を、彼の目はしっかりと捕えて離さない。


「だから、お前は俺を殺しにきた」

「殺られた者には復讐する権利がある。俺は、三年間ずっとこの日を待ち望んでいた‼」


 パキンッ。ひび割れた仮面の一部が破片となって頬から剥がれ落ちた。

 シャドウは腰かけていた岩から立ち上がり、ひどく冷酷な顔で言葉を吐く。


「構えろ。一発で終わらせてやる」


 言うや否や岩山の頂上から飛び降り、豪傑な槍のごとく身体を細め速度を上げる。

 明久はそれを正面に構え、ただ静かにシャドウの顔を見つめていた。


「これでお前は、俺のもんだぁぁぁぁぁっ‼」


 シャドウが右腕を引き絞る。手先は鋭利な刃となり明久の右胸に差し迫った。


「お前は、俺だ――」


 バギィィンッ!


 仮面が崩壊し、素顔が露わになる。

 右胸には深々とシャドウの腕が突き刺さっていた。


「なんで、避けねぇ」

「これが俺の、責任だからだ」


 血を吐きながら優しくシャドウを抱き寄せる。刺さった右腕が背中の肉まで貫いた。


「俺は三年間、お前を殺し続けた。一回ぐらいはお前に殺されてやらないと不公平だ」


 シャドウの朱き紋様が明久の身体に転写されていく。


「もう二度と、俺はお前を殺さない。一緒に生きよう。生きて、いつか必ず」


 明久の身体にシャドウの身体が溶け込んでいった。



「――二人でアイツを殺すんだ」



***



 時刻はもうすぐ午前五時。

 修練場の壁は崩れかけ、床には無数のクレーターができている。


「キィァァァァァァアアアアアッ‼」


 鼓膜を打ち破る甲高い咆哮が、周囲の空間ごと壊していく。


「井部さん! こいつはもう!」


 苦痛に顔を歪めながら有栖が叫ぶ。


「これ以上は、我々の身がもちませんね」


 井部の思考に信じて待つ、という選択肢はなかった。大きく息を吸い声高に宣言する。


「現時刻をもってシャドウの制御を失敗と見なし、立花明久を悪魔として処理します‼」

「了解!」


 井部と有栖が同時に駆ける。その刹那。


「ギガァッ‼」


 不破が明久の身体から勢いよく吐き出された。二人は攻撃を中断し、即座に不破の背面へ移動。衝撃を分散させながら何とか不破を受け止める。


「不破さん!」

「やはり失敗ですか」


 二人に支えられるようにして立った不破は、誇らしげな笑みを浮かべていた。


「いや、勝ったよ」


 不破の言葉に目を見張る二人。眼前には追撃を仕掛ける明久の姿がある。

 拳が不破の顔面に当たる直前――明久の動きはピタリと止まった。拳圧で不破の髪がはためく。嬉しそうに不破は口を開いた。


「気分はどうだい、明久」

「悪くないです」

 言葉と共に仮面が崩れ、歯を食いしばって笑う少年の素顔が露わになった。



「――ようこそ、シャディアンへ」

前五話読んでいただきありがとうございました!

お楽しみいただけましたでしょうか。

これから明久はシャディアンとして世界の悪魔を討伐し、そしていつの日か放火犯への復讐を遂げるのですが。

それはまたどこかの機会にお届け出来たらと思います。

まずは一区切り!


改めて、ここまで読んでいただきありがとうございました!

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