2話 シャディアン北関東支部
津峪屋有栖はとある任務に派遣されていた。
『〇・五の覚醒者が本格的にお目覚めしたみたいだから、お迎えよろしくね~』
という緊張感皆無の伝達にため息をつきながら、有栖は今朝から関東北部にある斐知町、その住宅街を歩き回っている。
「何もねぇ町だな」
黒色のスキニージーンズに同色のロングTシャツというシンプルな格好ながらも、有栖を見たものは「ひぃ」と怯えたように声を上げる。男の中でも高身長な一八七センチという体格もさることながら、身体の至る所に掘られた回路状の入れ墨や、苛烈な目つき、明らかに不機嫌な表情が街行く人を怯えさせていた。
なぜ彼が不機嫌なのかというと、
「ぜっぜん見つからねぇ!」
覚醒者の捜索がひどく難航していたからだ。
「ちっ、ほんとに目覚めてんのか? 二度寝の怠慢やろうだろ〇・五って。一瞬起きてまたすぐ三度寝してんじゃないだろうな」
その舌打ちだけで有栖の前を歩いていた通行人が道をあける。
時刻は既に午後五時を回ったところ。朝から斐知町をぐるぐると歩き回っている有栖はいよいよ我慢の限界だった。乱暴にポケットから携帯通信端末を取り出すと、上司であり師匠でもある不破真に電話をかける。
『あ、有栖ちゃん? どしたのー?』
不破の放った「有栖ちゃん」という言葉で、有栖は一瞬力の制御を失った。それに伴い地面にクレーターができる。近隣の人々はそれを見て、彼を〝不良〟から〝怪物〟に名義変更していた。
『あ~いま力使ったでしょ。非戦闘時の能力使用はご法度。こりゃ上の連中が黙っちゃいないなぁ~』
『あ・な・た・のせいっすからね⁉ 二度と俺をちゃん付けで呼ばないでください‼』
『え~、気に入ってるんだけどなぁ有栖ちゃん。井部ちんにもそう呼ぶように言ってあるから、もう手遅れかもねっ☆』
(この人ぜってー殺す!)
みしみしと端末を強く握りながら、有栖は心に固く誓う。
『それで? 〇・五号くんは見つかった?』
不破の言葉で初手から向こうのペースに流されていたことに気付き、やや自分を不甲斐なく思うも有栖はもとの用件を口にした。
『それっす、そいつほんとに起きたんすか? ぜっぜん見つからないんですけど』
『えー?』
電話の向こうでわざとらしいとぼけ顔を見せる不破の顔が想像できる。勝手に想像して勝手にムカつく有栖。
『俺の探知にも引っかからないし、検知器の故障なんじゃないすか?』
『いやいや、あんなオンボロ機械なんか当てにしてないよ。有栖ちゃん、人差し指立てて』
二度も腹を立てるほど子供ではないが、その表情は明らかに嫌悪に満ちていた。
渋い顔をしながら有栖は言われた通り右手の人差し指を立てる。
風向きを探るようなこの行為は、半径数十キロの負力を探知する〝負力を見る目〟の精度を上げるための必要動作である。
『じゃあ僕が有栖ちゃん経由でその周辺を探知するね』
そう言うや枯れ葉が一枚有栖の人差し指に止まった。
一瞬にして有栖の探知精度が格段に跳ね上がる。
おぼろげに見えていた地形の輪郭や魂の影まではっきりと見えるようになった。
(これが不破真の探知……)
自分とは別次元の探知能力を見せつけられ、つくづく師との差を感じる有栖。
『ほらいるじゃ~ん。いつまでたっても探知は下手だね、有栖ちゃん』
『どこですか、俺まだ捕捉できてないんですけど』
ここまで煽られては有栖も苛立ちをあえて声に乗せた。が、そんなことで不破が動じないことも分かっている。
『こっちだよ、ついておいで』
子どもをなだめるような声とともに、〝負力を見る目〟の中に白い帯が現れた。それはまるで妖怪の一反木綿みたいなウネウネした動きで有栖の視線を引率していく。
『この住宅街の角にある……ここ。いま玄関を開けて――』
不破の言葉よりも早く、有栖の視界でスモッグのような紫煙が家の境界線を越えた瞬間、凄まじい大爆発を見せた。
「まじかよ、いきなり暴走かよっ‼」
有栖は端末をポケットに投げ入れ、すぐさま地面を蹴って空高く跳んだ。
立ち並ぶ家の屋根を中継しながら最短距離で捕捉した覚醒者のもとへと急行する。
有栖のいた位置から捕捉地点は三キロほど離れていたが、五秒足らずで現地に到達。
間髪入れずに仮面を装着。右手に顕れた刀剣――〈鬼丸〉を覚醒者の首に突き付けた。
「やめとけ。お前が殺せば俺が殺す」
有栖は覚醒者〈呼称:立花明久〉と丸一日かけてようやく接触を果たしたのだった。
***
首に当てられた刃を、明久は虫でも払うかのように軽々と薙ぎ払った。
残った右手はいまだ良悟の息を止めている。
「右腕が惜しかったら、その手を放せ」
後方に飛び退いた有栖が〈鬼丸〉の切っ先を向けてそう告げた。
「貴様ハ何者ダ」
明久の自我は負力に飲み込まれ、声もその容姿もおぞましい悪魔を思わせる。膨張した筋肉、鋭い歯牙が生えそろう白色の仮面、入り乱れた感情を表す紋様、血のように紅い瞳。
(こりゃもう手遅れかもな)
有栖に与えられた任務は覚醒者の捕縛だ。しかし完全な暴走状態に陥っていた場合は、そこらの悪魔と変わらない駆除対象になる。
「無視カ。嗚呼ミンナ俺ヲ無視スル。コンナニモ醜イ顔ダカラッ‼」
良悟を捨てるように放り投げ、瞬息で有栖との距離をつめる明久。
「そりゃお互い様ってことだ!」
叫びながら有栖は額に指を二本当て、そのままあごまで一気に下ろす。
彼の顔には、鋭い角が二本生え、仰々しい目つきと強靭な牙を持った鬼面が現れた。
「ッ⁉」
明久の動きが一瞬緩んだ。その隙を逃さまいと有栖は刀を担ぐように構え、
「――〈錆落〉」
地面を蹴ると同時に刀を振り下ろす。
反射的に飛び退いた明久の眼前を、刀の剣尖が縦に切り裂いた。
「しっ!」
外したと認識した直後から有栖は次の動作に移っていた。
振り下ろしたタイミングで手首を右にひねり、前傾姿勢をとって重心を前にかたむける。
息を吐き無理やり呼吸を合わせて追い打ちをかけた。
「――〈刈鬼〉」
横薙ぎが明久の腹を切り裂こうとしたその寸前、
「ちょっとだけ眠ってよ」
ズドォォォォォォン‼
頭上から聞こえた師の声と同時に、明久の首に裏拳がめり込んだ。
不破が放った一撃は落下のエネルギーと空中でのひねり戻しで威力が倍増。明久を地面にめり込ませ深さ三メートルほどのクレーターを作り上げた。
瓦礫をパラパラと被り呆然と立ち尽くす有栖の横で、不破真が慰めるように肩を叩く。
「僕に横取りされて悔しい?」
「いえ全く?」
「強がっちゃってまあ」
不破に冷やかされようと、有栖は土煙の中を一心に見つめ表情を崩さない。
「反撃に備える姿勢は感心するけど、ちゃんときめたから大丈夫だよ」
「いや……」
呆れ顔半分で有栖は隣の師に向き直る。
「生け捕りって話でしたよね、一応」
「あちゃ」
忘れていたと言わんばかりに不破はその整った顔立ちをくしゃっと崩した。
「有栖ちゃんが手こずってたから助けてあげようと思って」
「別に手こずってませんよ。……俺は本部の人に謝りませんからね。これは不破さんの責任なんで」
「え~、そこは連帯責任で――ってまぁ、死んでたら生き返らせれば済む話だけどね」
思わずため息をこぼす有栖。師匠としての実力は自分の身に余るほどだが、楽観的というか無責任というか、そいういう人間性の部分でやや欠陥があるよなぁ、という気持ちがそのため息には込められていた。
土煙が晴れ、明久の姿が少しずつ視認できるようになる。
「できれば死んでてほしくないけど、蘇生術はさすがの僕でも疲れるし」
「俺見てきます」
率先して有栖が見に行ったのは舎弟の精神か。クレーターを滑りながら中心で横たわる明久の身体に接近する。
明久の肉体は平常時に戻り、仮面にはひびが入っていた。瞳に光はなく気絶しているか、死んでいるかだ。有栖は脈の有無を調べるのではなく、〝負力を見る目〟で生死や各部臓器の損傷具合を確認する。
「骨はバキバキだし中はぐちゃぐちゃですけど、こいつ生きてますよ。良かったですね」
後を追うように不破も明久の身体に〝目〟を向けた。
「ああ、ほんとだ。骨は僕のせいだけど、中は暴走の代償だろうね。じきに治るよ」
暴走の代償という言葉を有栖は初めて聞いたが、そもそも暴走状態の人間を見るのも初めてだった。自分の場合は覚醒のタイミングで本部の人間に拾われたから、負力の扱い方もすぐに教えてもらえたが、力を持て余すとこうなるのだと有栖は自身の目と肌でそれを学んでいた。
「それじゃあ有栖ちゃん、その子を支部まで運んどいてね。僕はちょっと、散歩してくる」
「了解です。お気をつけて」
「そんなこと言ってくれるのは有栖ちゃんぐらいだよ」
嬉しそうに笑ってから不破はその場を後にした。
「さて――」
師匠を見送ってから、有栖は視線を足下の少年に向けた。
「運ぶって、どう運ぶんだ?」
数秒うなりながら頭を巡らせるも自分に思案は向いてないと思い直し、有栖はひょいと明久の身体を担ぎ上げた。
「軽いなコイツ」
ぐったりと力が入ってない人間は重いと聞いたが、明久の身体は日課のバーベルよりも軽かった。有栖は少年を肩に乗せて歩き始める。
向かう先は有栖や不破が所属する〈シャディアン北関東支部〉だ。