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シャディアン 悪魔の仮面  作者: 蒼木あお
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1話 闇の仮面

ジャンプ小説新人賞2021に応募していた作品です!

ジャンプマンガ好きの方ご賞味あれ!

 立花明久たちばなあきひさはすっかり暗くなった夜道を一人歩いていた。


「門限を超えてもう二時間。また母さんに怒られる……」


 鬼の形相とかす母親の顔が目に浮かび、明久の足は鉛のように重くなる。

 突き当りの壁を左に曲がればもうすぐ我が家、といったところで黒い影がヒュイっとT字路を曲がり、明久の正面に現れた。

 全身黒ずくめの人間が明久目掛けて走り出す。フードを目深に被っており顔は見えず、ダボっとした服のせいで体格もわかりづらく男女の判別すら難しい。

 街灯の光に照らされた瞬間だけ、そのシルエットを見て取れるが、影に入れば闇に同化してしまう。まるで瞬間移動しているかのように動く謎の人影は、あっという間に明久との距離を詰めた。


「くそっ!」


 その見てくれから不審者であると判断するのに、そう時間はかからなかった。だが認知してから行動に移すまでの時間が長かった。鬼気迫る勢いで走り寄られているのにもかかわらず、あいつは何をしているんだ、という疑念を思考の隙間に挟み込んでしまった。

 明久は右手に下げていた学生鞄を正面に抱きかかえ、ギュッと目をつむる。


 グニャ――


 左肩に何かが触れた。

 足音が後ろに遠のいていく。


「え?」


 恐る恐る目を開き左肩に手を当てるも、ナイフで切れ裂かれた、とかいう外傷は一つもない。あの感触は人影がすれ違いざまにぶつかっただけだけ、か。でもあの感触は一体……と思案しつつ目線を下げていくと、そこには薄汚れた鞄を大事そうに抱える両腕。


「恥っず」


 誰に見られたわけでもないだろうが、走りくる人影にビビって縮こまっていたその姿は年頃の明久にとって、とてもダサかった。

 鞄を持ち直し、何事もなかったかのように自宅へと向かう。

 突き当りを曲がると見慣れた我が家が視界に映った。



 明久の家は燃えていた。



 窓から火を噴き、屋根から黒煙を空高く昇らせている。


「……は?」


 理解できない光景に、明久は一歩二歩と歩み寄る。

 近づけば近づくほど、炎の熱さが肌で感じられ、それが現実のものだと知らされる。


「うそ……だろ、母さん、父さん、あおい‼」


 鞄を捨て地面を蹴った。

 転びそうになりながら全力で駆け、玄関のドアノブを握る。

 握った右手が一瞬にして焦げ付いたが気にせずドアをあけ放つ。

 せき止められていた熱波が濁流のよう溢れ出し明久の身体をあぶった。

 息を吸い込むだけで喉が焼ける。

 それでも明久は煉獄と化した家に押し入り、家族の名を懸命に呼んだ。


「母さん! 父さん! あおい! どこだ⁉ どこにいる⁉」


 声を上げるほど煙を吸い上げ、黒煙が少年の身体をむしばんでいく。

 次第に意識が朦朧とし、明久は床に倒れ込んでしまった。

 火の手が目の前に迫るも顔を動かす気力すら出ない。

 じりじりと左頬から燃えていく。


 こぼれ出る涙とともに、明久の頭は今朝の記憶を呼び起こしていた。

 パンを片手に眺めていたテレビのニュース。見出しには〈連続放火犯七件目〉とある。


『先日未明、埼玉県斐()(しり)町にて七件目の放火がありました。埼玉県警はこれまでの六件と関係性があると見て捜査を進めています。近隣住民から火災前に全身黒ずくめの不審者を見たとの目撃情報もあり、警察は本日から夜間の警備を強化する方針で……』


 先ほどの人影が脳裏によぎる。明久の目は涙と憎悪ににじんでいた。


「――っ‼ あいつが、俺の家を、燃やしたっ‼」


 憎しみが、怒りが明久の心を喰らい尽くす。


「殺す、絶対に殺してやるっ‼」


 そう叫んだ時、少年の顔を何かがおおった。


「っぐ⁉」


 途端息ができなくなり、視界も狭くなる。


(くるしい……っ!)


 明久の顔は白色の仮面におおわれていた。白い絵の具をべた塗りしたその面は、顔の皮膚にぺったり付いて離れない。


(くそっ! くそっ!)


 息を吸うことができず、彼の意識は次第に遠のいていく。

 明久の顔をおおう白い面には、ニヤリと微笑が浮かんでいた。



***


 ピピピ、ピピピ。


 ベッド脇に置かれたスマホのアラームで明久は目を覚ました。


「またあの日の夢。もう三年も前なのに、まだこんなにもリアルな……」


 悪夢のせいか倦怠感を覚える明久は、それでも無理やり身体を動かしベッドから出る。

 寝巻を脱いで、着なれない高校の制服に袖を通す。親も妹もいなくなった世界で明久は高校一年生になっていた。

 部屋を出て一階の洗面所に向かい顔を洗う。鏡に映る自分の顔を見て彼は眉をひそめた。

 火災前の中学時代は、友人たちから特徴のない顔だと言われていた。目の大きさも鼻の高さも一般的。可もなく不可もなく平均点の顔だと。しかし今は左半分に痛々しい火傷の跡が付き、見る者すべてが忘れられない顔になっている。


「こんな顔になったから、俺は……」


 続きを口にせず明久は蛇口をひねった。冷水をすくって顔を洗い、寝ぼけた頭を目覚めさせる。

 リビングに入ると食卓には既に朝食が並べられていた。丁寧にラップで包まれており、そのの上には『レンジで温めてから食べてください。 紀子』というメモが置かれている。

 伝言通りレンジで温め直し、誰もいないリビングで明久は手を合わせた。


「いただきます」


 明久がこの家に来て早三年。静かな朝食はとうに慣れている。

 この家の住人は二人。明久とメモを残した尾関紀子おぜきのりこだ。

 紀子は明久の叔母にあたりこの家の家主でもある。三年前の火災で寄る辺のなくなった明久を引き取ってくれた恩人で、大手の広告代理店に勤める。仕事の虫でもある紀子は、ほとんどの生活を家の外で過ごし、まとまった荷物や大きな連休がある時以外は、深夜に帰り明朝に出ていく。


 あの日から明久はいつも独りだった。


「ごちそうさまでした」


 一〇分ほどで朝食を済ませた明久は食器を洗い、身支度を整えるため再び洗面所へ。

 鏡を見ながら顔の左半分に素肌と同じ色合いのファンデーションを丁寧に塗っていく。

 ファンデーションの塗り方は紀子から教わった。


『ファンデするだけで幾分かマシになるわ。外出る時は必ず塗っていきなさい』


 この家に移り住んで、初めて言われたのがこの言葉だ。


「今日はやけに昔のことを思い出す」


 呟きながら顔を上下左右に動かし最終チェックを済ませると、化粧道具の蓋を閉じた。

 明久は静かに家を出て学校へと向かう。

 彼の通う滝沢第一高校は全日制の普通科で、偏差値は県内で中の上といったところだ。家から歩いて二〇分とほどよい距離にあり、自転車通学も認められているが明久の性分は自転車よりも徒歩を好んだ。

 正門側の通学路、残り二〇〇メートルのところで信号に引っ掛かる。


 ポンと肩を叩かれ振り返ると、無骨な指が明久の右頬にめり込んだ。


「やーい引っかかってやがんのー!」

「良悟てめぇ」


 男子生徒の指を掴もうと明久が左手を動かすと、良悟と呼ばれた青年はひょいとその手をしまってみせる。細身細目の容姿も相まってその行動はさながら猫のようだった。


「しっしっ、アキはまだまだですな」


 得意げに胸を張る良悟。憎たらしくも愛らしい無邪気な顔に悪態をつく。これが明久の

いつもの朝だった。

 学校に近づくと、外周の植え込みに水をやっている生徒たちが見える。

 小さくも気高く咲き誇る花たちに明久の顔もほころぶ。と、


 ――バシャン


 バケツに入った水が宙を飛び、明久の頭上に降り注いだ。


「ごめんなさい! 手が滑っちゃって!」


 園芸委員らしき女子生徒が急いで駆けてくる。

 制服の袖で顔を拭い「大丈夫ですよ」と顔を向けると、


「きゃぁぁぁぁ‼」


 女子生徒は悲鳴をあげて腰を抜かした。


「お、お前、その顔……っ!」


 隣にいた良悟も一歩二歩と明久の顔を見て後ずさる。


「え?」


 顔を拭った袖には肌色のシミができていた。


「――っ! 見るな、見るなっ‼」


 明久はすぐさま顔をおおい、その場から全力で走り去る。


「くそっ! 終わった! 終わったっ‼」


 そう叫びながら通学路を逆向きに走り抜け、明久は自分の家まで戻った。


「はぁはぁはぁ……見られた……こんな酷い顔を見られた……俺はもう……!」


 息も絶え絶えになり、ふらふらと横に揺れながら玄関を開け家に上がる。

 二〇分前と変わらず無人だったことが彼にとって唯一の救いだった。

 壁に手を当てながら二階の部屋へと歩き出す。

 洗面所を横切った時、鏡に写った自分の顔に明久はギッと歯を食いしばった。


「こんな顔にならなかったら。あの日、あの火事で俺も一緒に死んでいたら。こんな辛い目に遭うこともなかったのに‼」


 絶叫に呼応したかのごとく明久の顔に一瞬白色の仮面が現れた。赤い縦線が中央に入ったその仮面は、明久のまばたきとともに消え去る。


「……」


 明久は身体を揺らしながら二階に上がり、自分の部屋に入ると、ベッドに飛び込みそのまま意識を虚空の彼方へ追いやった。



***



 目を覚ました時、空は鮮やかな茜色を見せていた。


 ピンポーン。

 ベッドから降りたと同時にインターホンが鳴る。


「だれ……」


 寝ぼけまなこを擦りながら、明久はゆっくりと階段を下りた。

 寝起きとはいえ人に会うのだから髪ぐらいは整えようと洗面所に向かう。


 鏡の前に立った時、明久は自分の目を疑った。

 まだ夢を見ているのか、そう思って手の甲をつねるもちゃんと痛い。


「なんだよ……これ……っ⁉」


 明久の顔は白い仮面におおわれていた。何度まばたきしても消えることはなく、顔と仮面の境界線すら分からないので外すこともできない。

 仮面は朱色の縦縞模様を見せ、口元には鋭利な歯牙が生えそろう。凶器を思わせる切れ長の目には、黒くまがまがしい瞳がギョロギョロと眼球を動かしていた。


「俺……なのか⁉」


 明久の動揺を嘲笑うかのように朱色の模様が揺れ動く。


「なんだよ……なんなんだよこれ‼」


 縦縞模様がぐにゃりと曲がり互いに交差し合う。模様は生きた蛇のようにうねり、猛虎を思わせるおぞましい紋様へと変貌した。


 ピンポーン、ピンポーン。


「うるさい! いまそれどころじゃっ!」


 ドンドンドン! ドンドンドン!

 扉を叩く音ともに聞こえてきたのは、聞き慣れた学友の声。


「アキ~、大丈夫かー? おーい……帰ってないのかな」


 良悟の声で呼び起こされるは今朝の記憶。

 隠しておきたかった自分の素顔を見た友人は、一歩二歩と後ずさった。


 プツン、と明久の内で小さな糸が切れる音。

 猛々しい歯牙の隙間から白い吐息が漏れ、咀嚼するようにその口が動いた。


「お前は俺ノ顔を見タ。そノ目は恐怖に怯えテいタ……友達なノに、俺ヲあンな目デッ‼」


 言葉が勝手に流れ出る。言いたくなかった、言ってはいけない本心がとめどなく溢れた。


「こノ顔がいけないノカ? なりタくテなっタわけジゃなイのにッ‼」


 怒りが、憎しみが仮面の口から吐き出される。

 黒一色の瞳に赤い眼光が宿った。

 押さえ込んでいた、自ら押し殺していた負の感情が、容赦なく明久の身体を突き動かす。

 歩く、と考えた刹那、明久の手は既にドアノブを握っていた。

 玄関を開け放つ。学友の姿が目に飛び込む――明久の両腕は良悟の首を獲らえていた。


「ぐっ……⁉ 誰だ、お前……っ‼」

「俺ガ分からナいか。――こンな顔に、ナっちまったモんなァ‼」


 叫びと呼応し筋肉が膨張。良悟の首はみしみしと鳴り、溜まった空気が絞り出された。


「がはっ! やめろ……化け物――っ!」


 良悟の口から放たれた「化け物」という言葉に、明久の正気は跡形もなく消え去った。

 仮面の瞳が踊るように揺れ動く。良悟の眼光がかすみ始めたその瞬間――


「やめとけ。お前が殺せば俺が殺す」


 冷ややかな刃が明久の首に添えられていた。

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