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のちほど  作者: だくら
3/3

馬車に揺られて 3

「何するつもりなのよ」


「時間が惜しい。これからやってほしいことだけ教える。ミカラを抱えて馬の方を見てて。僕が合図したら骨断ち鷲に魔法を撃つんだ。一発で倒せるくらいには強い魔法を」


 少し間はあったが、モイラはそれに頷いて僕に背を向ける。ミカラも僕の言うことを理解したのか自らモイラの懐に飛び降りていった。


「 これから魔物を倒します。二人は何があっても後ろを振り向かないで。そして御者さん、僕が合図したら馬を右に走らせた後馬車を止めてください」


 商人は震える声でそれに了承する。御者も必死で馬に鞭を入れながら返事をした。

 

 次に僕は携帯していた縄を手に取り、馬車の骨組みと自分の身体に巻き付けて固定する。馬車の降り口付近で立つと縄はピンと張られて馬車から出られないようになる。これでいい。後はやつがこちらに向かってきてからが本番だ。


 再び骨断ち鷲に目を向けるとまだ高度を保っているのがわかる。こちらへの興味が失せて飛び去ってくれることを願っていたのだがそうはいかなそうだ。


 瞬きを最小限に抑えて空を見続ける。一歩間違えれば大惨事を起こしてしまうとふと考えてしまい、天から注ぐ陽の光を浴びている身体は不安と恐怖からか冷えていた。


 気持ちを切り替えて神経を研ぎ澄ませる。余計な考えを捨てて集中すると地面を蹴る馬の蹄、不規則に跳ね上がる車輪、羽ばたく翼の音が耳に入らず小さくなっていく。


 骨断ち鷲が羽ばたくことをやめた。


(来る)


 大きな翼を広げたまま、風の抵抗なんて存在しないかのようにかなりの速度でこちらに向かってくる。


 馬が全速力で走っているにも関わらず確実に距離を詰められる。遠巻きに見えていたその全身体像は次第に本来の大きさを取り戻していた。


 反撃の機会は一度だけだ。タイミングを誤ってはいけない。身体の芯から沸く恐怖を抑えつけ、骨断ち鷲をギリギリまで引き付ける。


 骨断ち鷲が脚を前に出して鋭い爪を生やした指を大きく広げる。獲物を握り潰さんと雷鳴のような唸り声を上げた。


「方向転換!」


 馬は向きを変えたようだ。急に進行方向が変わったことにより身体が左に持っていかれそうになるが、ここで躓いたら計画になると必死で踏ん張ることにより事なきを得た。


 すかさず骨断ち鷲に向けて両手を突き出し呪文を唱える。


「淡き光よ、周囲を照らせ」

 

 目を瞑りありったけの魔力を込めたと同時に身体中の力が抜けてゆく。(まぶた)越しでも目が焼けると感じる程の光が一瞬発生した。


 その数秒後、切られた大木が倒れて地面に叩きつけられるような音と衝撃が空気を揺らす。眩む視界の中でなんとか焦点を合わせると骨断ち鷲が地面に転がっていた。今はもがいているが空に逃げてしまうのも時間の問題だろう。


 モイラに合図をしようとした瞬間、視界がグルリと回る。身体に残る魔力が尽きかけているときの症状だ。力は入らず息苦しさを感じ、胃の中の物を全て吐き出しそうな程気持ち悪い。その場に倒れ込みそうになるが、縄に助けられて馬車から転がり落ちることは回避できた。


 片膝をつきながらも最後の力を振り絞り、モイラの名を叫んだ。


「燃えろ」


 徐々に減速していく馬車から飛び降りた彼女は魔法により巨大な火球を生み出し、それを骨断ち鷲へと直撃させた。骨断ち鷲は炎に包まれ、羽毛は燃え落ち肉が焦げる臭いを辺りに漂わせる。金切り声を上げたのを最後に動かなくなった。


 なんとか倒せたね。


 モイラに駆け寄ってそう伝えたかったが、目の前が暗くなり僕は意識を失った。



――――――――――――



「やっと目を覚ましたわね」


 目を開けるとモイラの顔が見えた。身体を起こして辺りを見回すと、僕は草地に移され寝かされていたようだ。すぐ近くでは御者は馬に水をやり、商人は馬車の中の商品に損害がないか確認している。骨断ち鷲だったものの残骸も見えた。


 モイラが言うに先程の騒動で馬が怯えてしまった為、馬車を引けるようになるまでここで休憩を取っているらしい。


 僕の腹の上ではミカラが心配そうに僕を見ている。危険が無いと分かった瞬間、身体中の緊張の糸が切れて怠さと頭痛が襲い掛かる。


「あんな強力な魔法覚えてたのね」


 モイラが差し出してくれた水袋を受け取り、中の水を飲む。特段冷えていない水だったが、それが喉を通っていき身体に巡っていく感覚はなんとも心地が良かった。


「あれは照明の魔法だよ。わざと魔力を注ぎまくって暴発させたんだ」


 魔法には適した魔力を使用しないといけない。強力な魔法に少ない魔力を使うと不発するし、魔力消費の少ない魔法に多くの魔力を使うと正しい効果を発揮せずに扱い切れない結果になる。


 僕のが骨断ち鷲に使った魔法は本来周辺を明かりで照らすだけのものだが、暴発させれば視力を奪うだけの閃光を生み出す。今回その性質を利用してやつの目を眩ませ、馬が方向を変えなければ走っていたであろう場所に自ら激突させるよう仕組んだのだ。


 地上の生物を獲物にする有翼の生物は総じて目が良い。間近であんな強い光を受ければ間違いなく不意をつける。僕に背を向けるよう彼女達に頼んだのは、その閃光の影響を受けさせない為だ。


「よくそんな危ない事をする前提の作戦を選んだわね。魔法の暴発なんて使えるのは一度きりじゃない」


 説明を聞いて呆れたような顔をされる。確かに魔法の暴発は唱えた者の魔力の殆どを注ぎ込む。失敗したからすぐにもう一度使うなんてことは出来ない。


「あの時はこんなことしか思いつかなかったんだよ。モイラに魔法を狙ったとこに撃てる才能があればもっと楽だったかもね」


「あんたその減らず口なんとかならない訳?」


「冗談だって冗談。君の魔法が無ければ骨断ち鷲を倒すのだってかなり難しかったんだから」

 

 調子に乗りすぎたようだ。感情を隠さない彼女相手だとついつい冗談を言ってしまう。


「しかし魔力の無かった君が強力な炎魔法を使えるようなるとはねぇ、しかも詠唱を短縮した上で。ほんと()()()()てのは何でもありだね」


 稀ではあるが、後天的に何かしらの凄まじい能力を得る人がいる。魔法もなしに大岩を持ち上げる程の膂力を手に入れたり、人を蘇生させるという魔法でも出来ない奇跡を起こしたり。いずれにしても不可能を可能にする原因不明の力、それに目覚めることを力の発現と言われている。


 モイラには魔力が無かったらしい。生まれ持って魔力を持たない者が魔法を使うというのは本来あり得ないことだ。そんな彼女が炎魔法だけではあるが突然魔法を使えるようになったのは力の発現のおかげだった。


「こんな魔法より剣術に関係する力が良かったわ」


「贅沢なこと言わないの。出来ることは多い方がいいって僕に言ったのはモイラでしょうが」


「狙ったところに飛ばないなんて使い勝手悪すぎよ」


「うーん、普通は鍛錬を続ければ精度は良くなっていくもんなんだけどね」


 力の発現で得た魔法のことなんて僕にはよく分からない。鍛錬すればより洗練されるものなのか、命中率の悪さというのもモイラの力の特性なのか。彼女自身が理解していくしかないだろう。


 モイラと会話をしていると商人がこちらに歩み寄ってくる。馬が落ち着いたのでここを発つとのことらしい。重い体をなんとか動かして馬車に乗る。街に着くまで何も起こらないことを祈りながら、僕は馬車に揺られるのだった。

 

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