馬車に揺られて
行商の商品を載せた馬車の中、商人とその商品の護衛の為に馬車に乗ってはいるが出番が無い程に道のりは平和だった。
「今日も暇かもしれないね」
行きの道も特に何事もなく隣町へ到着し、帰路も今のところは何もない。
隣町で商品の大体を捌ききった馬車の中は足を伸ばせる程に空間が余っている。不足の事態が起きてもすぐ行動できるように座っている僕の向かいで、これからの帰りも何も起きないと踏んでいるのかだらりと寝そべっている女性に声を掛けた。
「そうでしょうね、しばらくすれば街に着く頃合いだろうし。隣町へ観光しに行ったようなものよ」
野盗の1人や2人襲ってくればいいのにと言葉を続ける彼女は退屈気に、そして不満気だった。
彼女の名はモイラ。僕と同じ傭兵を稼業としている。彼女とは何度か一緒に仕事をしたことがある程度の付き合いだが、年齢も近いことと彼女の気取らない性格も相まって仲は良い方だった。僕がそう思ってるだけかもしれないが。
傭兵歴も大体同じだと聞いたが、モイラは剣の腕が立ち、見た目も悪くないことから指名の依頼が多いらしい。僕より稼いでいることだろう。
「たまにはこういう日もあっていいじゃないか。しっかり働くことも大事だけど、それと同じくらい休養も大事だよ」
「あんたは休養を取りすぎなの。そんなんだから傭兵のくせに弱いのよ。そりゃ人任せのクーロなんて言われるわね」
痛いところを突かれる。彼女の言う通り、僕は戦力になるかと聞かれれば首を横に振る程度には弱い。腰にぶら下げているナイフだって魔物の解体に使うのが殆どだった。
「だから僕は斥候なんだって。戦闘は専門外なの」
だが戦うことだけが傭兵の仕事ではない。モイラのように戦闘時に実力を発揮する戦闘傭兵は確かに多いが、他にも魔法による回復などで傷を癒す治療傭兵、僕のように危険の事前察知や敵情の視察に優れた斥候傭兵など、傭兵と一口に言っても種類は様々なのだ。
「戦える斥候だっているでしょ。出来ることが多い方が良いに決まってんだから少しは鍛錬くらいしなさいよ」
そう言われてしまうともはやぐうの音も出ない。確かに傭兵を始めた頃は戦闘傭兵として日夜努力していた。しかし元々の力も弱く近接戦闘の腕も中々上がらないことから、やむを得ず斥候傭兵としてやっていくことになったのだ。
幸い、斥候の仕事は自分に性に合っていたので後悔はしていない。戦闘傭兵時代に比べてやればやる分技術が上達するのだから斥候が楽しく感じた程だ。
いざ争い事となるとまともに武器も構えないで後ろに下がることから人任せのクーロなんて言われるのも致し方ないことだった。
「それを言われると何も言い返せない……」
「いざと言う時に自分を助けられるのは自分だけなんだからね。斥候としては若い中だと優秀なんだし、あんたと一緒だと戦い以外で気を回さなくて楽なんだから変なところで死なれても困るのよ」
説教じみてはいるが、非力な僕を心配しての言葉だった。彼女は今まで僕に嘘をついたことやデタラメを言ったことは無い。僕を高く評価してくれていることに驚いた。戦闘と見張り番の時以外のモイラは今みたいにやたらダラけていると思ったら僕を信用してのことだったのか。
帰ったら久々に武器でも新調してみようかな。
思わず浮かれていると、外から鳥がはばたいているようなとても微かな音がこちらに近づいてきていることに気付いた。何が来たかは音で察しが付いたが、違うといけないので念の為外を確認する。
白い体毛に覆われツンと立った耳と羽毛の無い翼を持った一匹の獣が見えた。
僕が安心して馬車の外に出した顔を中に戻すとそれは馬車の中に飛び込み、狭い空間で器用に羽を動かして減速しながら馬車の幌を支える木材に脚部の鉤爪を引っ掛けてぶら下がる。
微睡みコウモリ。群れで生活をしており、牙から分泌される毒を獲物に注入して眠気を誘い、動きを鈍らせながら攻撃する小型の魔物。僕の仲間だ。
「あんたの使い魔か。危うく斬るところだったわ」
寝そべっていたモイラは僕が外に目を向けた少しの間で、すぐに剣を振れる体勢となっていた。だが侵入者が無害であると分かると、目に込めた鋭い殺気を消して腰掛ける。
「お疲れミカラ。何かいたかい?」
この微睡みコウモリに僕はミカラと名前をつけている。微睡みコウモリという種は索敵能力が高く、そしてミカラは僕の言葉の意味が理解できている程に知能が高いので近辺の警戒を任せていた。ミカラは金属が軋んだ音によく似たきぃきぃという鳴き声を出し、三角の耳をぱたぱたと何度か畳む。
「御者さん、馬車を止めてください」
耳を畳むのは僕の問いかけに対して肯定をするときの行動だ。
周辺に何かがいる。僕はその旨を御者に伝え馬車を止めてもらい、モイラと共に馬車から降りる。
辺りは背の低い草花ばかりでひらけており、何か潜んでいるとすれば少し先にある林だ。予想は当たりミカラは林の方向へ飛んでいく。モイラには馬車の側で待機してもらい、僕はミカラに先導されながら林へ向かった。