力の王
洞穴の入り口から周りを見渡すが、他にヒッタイトの姿は見当たらなかった。
最初からつけられていたのか、偶然見つかったのかは最早わからないが、またすぐに襲撃にあうことはないだろう。
だが、あのような雑兵が何人いようが脅威に感じるようなことはない。
私の体に起きた不思議な変化は私の運命を変えた、未だに何が起きたのか理解できずにいるが。
今確実にこの体は私の物だが、私の物ではない。
いや、そもそも人間の物ではないのではないか。
拳で人の頭を潰し、体は矢を弾くなどどう考えても人の体で為せる技ではないだろう。
そして私がこの変化で戸惑いと、安堵を感じるが最も感じるのは怒りだ。
何故怒りなのかはわからない、ヒッタイトにか、無力だった自分にか、はたまた別のなにかか。
しかし、そんな事を考えるより今は我が兵だ。
首を刎ねられた兵に目をやると首から夥しい量の血が流れていた。
近づくと、こひゅ、と空気が漏れる音が聞こえた。
まだ生きている、なんとか助けられないものか。
自身の危険を顧みず私を助けたこの兵を、このまま息を引き取るまで指を加えて見ていることしか出来ないのか。
そう考えた途端に不思議な感覚が襲う。
急に昔の事を思い出したかのような、古い知識を引っ張り出したかのような感覚。
昔話はもちろん、神話ですら聞いたことはないこの知識はなんだ。
しかし、これは。
いや、迷っている暇はない。
私は鋭く生え変わった歯で人差し指の腹に切り傷を作り、兵の頭に一滴自身の血を垂らした。
身体は変わったが、血は変わらず赤いのだな。
「血を捧げよ、肉を魂を。我が眷属として迎え入れん。」
唱えた後すぐに全力で走り込んだ様な疲労感に襲われる。
頭に浮かんだ文言を唱えると兵を囲むように円形の文様が現れた。
王国の占い師が呪術に使用した文字と図形の陣に似ているが、もっと複雑で神秘を感じさせる。
先程の美しい光の帯のような物ではないが、あまりにも現実離れしすぎていて目を見張ってしまう。
陣に組み込まれた6つの小さな円から黒い紐が伸びると兵に巻き付いた。
ぐるぐると巻き付き、ついには姿をすべて覆ってしまうと布で覆われているようにぐねぐねと中で蠢いているように見える。
程なくして、蠢きが収まると兵を覆っていた紐も解け、それぞれの円に戻ると陣も地に溶けるように消えた。
現れたのは、灰色の肌でのっぺりとした面をした人だった。
いや、最早人と呼んでいいのかはわからない、人の肌は白と黒と元の体のような肌色しかないと聞いたことがある。
元の体の色の人間しか見たことはないがな。
だが、灰色の肌の人間が居ないと決まったわけではない、それに私の肌も茶に変化しているいるのだ、伝わっていないだけでそういった種族が居てもおかしくはないだろう。
灰色に変わった兵は目を開き私を見据えると、もたれた体勢から変わり片膝を付き頭を垂れた。
「王よ、私に命を与えてくださり誠にありがとうございます。」
「私は王ではない、我らが王はただ一人……、」
その次の言葉が出てこなかった。
我らが王はただ一人、ファラオのみだ。
しかし、言葉に出せずにいる。
忠誠心が消え去ったわけではない、だがこの身体と心の変化に影響されてか靄がかかったようにすっきりしない。
「我が主を王と呼ばず誰を王と呼ぶべきか、私にはわかりません。」
「まあ良い、それに礼を言うのは私の方だ、お前が居なければ私は既ににカデシュの荒野で死んでいた。心から感謝する。」
2人の兵が居なければ私は間違いなく死んでいた、助けられていなければ今頃首を掲げられ、死してなお辱めを受けていただろう。
「もったいなきお言葉。王の為とあらばこの命、惜しくはありません。」
「お前のような男が我軍の兵で誇りに思う。」
「時に、名を聞いていなかった、元は一般兵のようだが。」
「サイードと申します。」
「そうか、いい名だ。サイードよ、体の変化に戸惑いなどはないか?」
これは聞かねばならない。
死に瀕していたとは言え、不思議な術で身体をこのように変えられ、今までと同じ人間らしからぬ風貌になってしまったのだから。
元の顔の面影はあるが、肌は灰色になりのっぺりとした顔つきに、大きくはないが鋭い犬歯がこちらを覗いている。
すべてを把握したわけではないだろうが、肌の変化などにはもう気づいているだろう。
「この灰色の体、王の眷属に加えられた証として誇りに思えど、戸惑いや恥ずかしむ気持ちなどありません。」
「私の体はどうだ。」
「王に相応しく、屈強で崇高な身体だとお見受けします。」
ふむ、恐れなどは無いのか。
今までの常識を逸した風貌をしているが、受け入れられているようだ。
もしかしたら、肉体だけでなく心にも変化が及んでいるのかもしれない。
この私も、心は変化していない、と言えない変化を感じているのだから。
「酷な事を聞くが、自身は人間のままだと思うか?」
「酷な事などありません、今の私は人間ではなく、王の眷属です。眷属に成れた事、これから仕えられる事に喜びを感じております。」
人間ではなくなった、と自覚はしているのか。
先程流れ込んできた知識から、細かいことまではわからないが、人ならざるものに変わる事は分かっていた。
しかし人間ではなく、王の眷属か。
ならばサイードにとって私も人間ではないということか。
まあこのような姿になり、人を人ならざるものに変えるような力を持ち合わせて人である、というのは無理があるか。
やはり、心も人ではなくなってしまったのだろうか。
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