覚醒
ひゅっ、とすっ
という音の一拍後に、壁にもたれ俯いて休息を取っていた兵が苦痛の悲鳴をあげた。
洞窟の入り口に三筋の影が伸び、私達に死を告げる足音が響く。
ヒッタイトは中の様子を伺い、自分等に危害を加えられる人物がいない事を確認したのだろう、苦痛に呻く同胞の首をあっさりと刎ねた。
ヒッタイトに表情は感じられない。
しかし、私の地位を誇示する装飾品に目を移すとあからさまに表情を変えた。
妥当な表情だ。私の首と装飾品を持ち帰れば将来は約束されたようなもの。
その醜悪な笑み、もはや敵としてではなく戦利品として写っているのだろう。
腹の底から反吐が出そうだ。
私の垂れ流している血と刺さったままの矢を見て、弓を持ち直し剣を抜くヒッタイト。
一人は入り口を見張り、二人が私にとどめを刺すつもりか。
ゆっくりと歩み寄るヒッタイトは剣の間合いに入るとゆっくり剣を振り上げた。
剣が頂点に達するか否かの刻、起き上がる反動を使い下から袈裟懸けに切り裂きヒッタイトは血を飛び散らせ地面に倒れる。
手負いとはいえ、油断している雑兵に討ち取られるほど弱ってはいない。
何か喚いている残ったヒッタイトたちは漸く本気になったのだろう、近くの一人が剣を構え切りかかってくる。それをいなし、首筋を切り裂いた。
ドスッと鈍い衝撃がわき腹に走った。
入り口で待機していたヒッタイトの矢。
その痛みに呻き声を上げた矢先、ふくらはぎにも痛みが走った。
一人目のヒッタイトが力を振り絞ったようだ。
私の体は痛みに耐えかね地面にうつ伏せに倒れた。
ここで終わりだと悟った。
残りの一人もわざわざ近ずいてこないだろう。
目の前には先ほどの綺麗な玉が転がっていた。
剣から手を離し握るとやはりこんな状態にも関わらず心が落ち着く。
背中に新しい痛みが走る、ヒッタイトは遠くから矢で仕留めるつもりだろう。
全身の痛みから気が遠くなり悔いが押し寄せてくる。
もっと強ければ。
圧倒的な力が。
強靭な肉体が。
生きたい。
玉が一瞬高熱を帯びたかと思えば不思議な光を放った。
それは柔らかく、力強く、ゆらゆらと空を漂い様々な色を含む帯のような光が指の隙間から溢れる。
見惚れてしまうような光だが、そんな間も無く私を包み込み卵を思わせる膜のような物を張った。
何かが聞こえる。
私の知らない言葉で語りかけてくるような、はっきりしない音だ。
だが、何故か意味がある様に感じられる。
ヒッタイトは呆気にとられていたが、我に帰ったのか再び矢を放ってきたが卵のような膜に弾かれ終わった。
その玉を強く握りしめ、願った。
「力を、強靭な肉体をくれ」
思わず口に出したその言葉に呼応するように玉が手の中で溶けて消えた。
変化はすぐだった。
玉を握っていた右手が茶色く変化して肥大化し、筋肉が隆起する。
力が全身に漲り、倒れた状態から腕を振り上げると矢を弾いたはずの膜が呆気なく割れ、霞となって消える。
振り上げた右手を、ふくらはぎを斬りつけたヒッタイトの頭に拳を振り下ろすと、ビシャッっと脳漿が飛び散り全身が痙攣した。
立ち上がると、ふくらはぎの裂傷が治っていたことに気付く。
ふくらはぎだけでなく全身の矢が抜け、穴が塞がっている。どういう事なのか分からなかったが、あの玉に不思議な力があった事が分かる。
肥大化は全身に広がっていた。
ちくっと胸に小さな痛みが走る。
矢が胸に当たったが刺さる事はなく、小さな傷を作ったが血が滲む事もなかった。
自分の肉体の変化に気を取られヒッタイトの事を忘れていた。
ヒッタイトは恐怖に怯え、再び矢を番えようとするがさせるつもりはない。
地を踏みしめヒッタイトに向かうと、洞窟が縮むような錯覚を感じるほどの速度が出た。
数歩で肉薄し矢を引き絞ろうとするヒッタイトの頭を鷲掴みし、そのまま叩きつけると全身から血を撒き散らして鞠の様に吹き飛び、オロンテス川の向こう岸に着こうとする時川に沈み流れていった。
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