選民
「 はっはっ 」
クソッ、こんなはずじゃなかった、
こんな所で終わるはずじゃないんだ、私がこんなところで。
私は誰よりも恵まれてた、知恵も、力も、才能も、容姿も。
その私が人の数倍の努力をして、我が王から直々に太陽神の名を冠した軍を任せられるまでになったのにこんなざまか。
「 はっ はっ 」
息がだんだん出来なくなってきやがった。
ヒッタイトめ、絶対あいつらの策だ。
ファラオは無事か?我が軍はどうなった。
奇襲の第一撃目、開戦のヒッタイト側が射る矢の雨が我が軍の腹部を直撃した。
何が起こったか分からなかった、なぜここにヒッタイトがいたのか。
自軍のおよそ2割が削られ、相手の兵力が戦車隊2000両を越える規模だと報告を受け絶望した。
我が軍は歩兵が5000、戦車隊が50両。
選択の余地もなかった。
敗走の余地しか残されていない戦を戦と呼べるのだろうか。
5000の歩兵と、50の戦車に指示が通る頃には4割が蹂躙されていた。
最も壊滅的だったのが、我が軍が二つに分断されたことだった。
撤退指示の隙をつかれ、割り込まれ、撤退できる兵と殲滅を受ける兵に分かれた。
私は運悪く、駆逐される方だった。
いや、戦は敵将を討ち取らなければならない。
私の居場所も大方敵に漏れていれいたと考えれば必然だろう。
うまく逃げ、ファラオ率いる軍に合流しようと潰走する兵も後を追うヒッタイトからどれだけ逃げられるか。
私は目指す方向とは別の方向に逃げることを強いられた。
私の操る戦馬はすでに脚をやられ、捨てるしかなかった。
私の率いる兵が500を下回った頃、右足ふくらはぎに鋭い痛みが走り、体が硬直した直後に左肩に同じ痛みが走った。
刺さった矢の衝撃は、心身が疲弊した身体を倒すことが十分で私の体は地面に打ち付けられた。
そこに兵が数人駆け寄り、腰布を千切り腿に巻き付け私を担ぎ自軍から抜け出た。
◆◇◆◇◆◇
意識が朧で気づいた時にはオロンテス川の岸の浅い洞穴でうつ伏せに横たわっていた。
兵が2人居るが、生気を感じられなかった。
私はこの兵たちに言葉にできなかったが心の底から感謝した。
しかし、この体はもう使い物にならない。
私は兵の1人にくわえられそうな枝を探してくるよう命じた。
歯を食いしばれれば幾分楽になるだろう。
まずは体に刺さった矢を抜かなければならない。
兵はすぐに洞穴から出て行った。
肩の傷口が熱く、どろっとした血液がゆっくり垂れ続けているのがあまりにも不快だ。
体制を変えようと射抜かれていない右腕で地を押さえると小さな出っ張りが手のひらに当たり反射的に、地から手を離してしまった。
何だこれは。
土に埋れているが、確かに掌にジャリ石とは違う感触があった。
それを手に取るとなぜか、心に感じていた焦燥や危機感による不安が消えた。
それは、私に腰布で綺麗に土を拭き取らなければならないと感じさせた。
親指の第一関節程の大きさで、あまりにも透明で、あまりにもなめらかな玉。
これほどの見事な球体は見たことがない、美しい。
人の手によって作られたものなのか?もっとも、自然物だとしても信じがたいが。
素材はなんだ?光に照らそうと入り口から射し込む川からはね返る光に当てると、見事に向こうの景色がはっきりと覗ける。
玉を通して見る光は、川から反射するオレンジ色の見慣れた夕焼けの光だが、これほど美しい光であっただろうか。
不思議なことに、覗いた景色は歪んでいて天地がひっくり返っている。
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