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第8話 ハニートラップと騎士の誓い

 未だ人間不信がカンストしているアルトスは、ヴィヴィを思いっきり疑っていた。


 このダークエルフの少女は幼いように見えて、アルトスなどの人間族よりもはるかに長寿。


 森に住んでいるならまだしも、人間族の時間軸で生きているとするとかなりのやり手かもしれない。


「疑ってる?」

「だって……今までこんな事言ってくれなかったし」

「慎重だっただけ。一応ネタを見せたのは誠意のつもりだったんだけど」

「誠意って?」


 嘆息するヴィヴィは言うか言わまいか少し悩むような仕草をすると、その大きな瞳を真っ直ぐ向けてきた。茶化すでもなく誤魔化すでもなく。でも、心許しているでもない。わずかにだが、彼女の周囲の空気が張り詰めているようにも見える。





「キミ、今やろうと思えばワタシを殺してメモ奪えるよ」





 何を馬鹿な事を、とアルトスは思ったがヴィヴィの目は本気だった。


「性欲のままワタシをひん剥いて貪ることもできる。証拠隠滅したいならその拳で燃やせばいいじゃん。そのあとゆっくりノートを読めばいい。まあ、ワタシがいないと意味もわからないところはあるかもだけど……ワタシは、それも覚悟で言ってる」


 つまり命を差し出しているという事だ。のぞき込むその瞳の奥に、確固たる光がある。アルトスはそう思えた。


「そんな事しないよ!」

「そうかもね。アルトスはそうかも。でも人はわからないって身に染みたはずだよね?」

「……うん」

「ワタシも同じ。色々経験したから慎重。だから常に一線を引いてたってワケ」


 恐ろしい事を言うが、それがヴィヴィの経験上の事ならばこれ以上の説得力はない。


「ワタシはワタシの目的のために前金としてキミを助けた。そのくらい、ワタシはキミに賭けてる。一人でダンジョン潜るなんて冗談じゃなかったけど」

「……それは……ヴィヴィにも、エリクサーを求める強い理由があるから、なんだよね?」





「ある。ワタシはお母さんを助けたい。その為には何でもする」





 短くそう言い切る彼女に、強い意思を感じるアルトス。一周回って、こうやって目的をハッキリ言ってくれた方が信頼できそうだ。


 悲しい考え方だが、アルトスは身を以て知った。利害関係が一致している方が信用に足る。逆に、笑顔と耳障りの良い言葉で誘われたなら最初は良いが後はどうなるかわからない。平気で人を切り捨てるエリックのようにだ。


「ワタシ的には、ここのダンジョンは怪しいって思ってる。奥に控えてるのはただのドラゴンとかじゃない。万単位で生きてる古のドラゴン。エリクサーのコトを知っていてもおかしくない」

「それは同感。僕もそれに賭けてここに来たんだ」


 彼女の言っていることは筋が通り、アルトスも納得できる確証を持っている。組まない手は無いだろう。アルトスはうんうんと考えて、何かダメなところは無いかと思考を巡らす。


 その間、ヴィヴィはじっと彼を見ていた。急かすでもなく、退屈するでもなく。ただただ、じっとしていた。


「解った。キミを信じる。それに、何でもやるのは僕も同じ。だから騎士の家を捨ててきた。僕は姉さんを助けたい」

「深い理由は聞かない。エリクサーに救いを求めるなんて余程のことだから」

「……そう、だね。そうしてくれると助かる」

「キミは姉さんを助けたくて、ワタシはお母さんを助けたい。目的が合致してる。だから運命共同体。いい?」

「もちろんだよ」

「なら決まり。じゃ、これから二人だけのパーティー。よろしくね」


 ヴィヴィが安心したのか、ニヒッと笑った。初めて見た屈託の無い笑顔に、アルトスはドキドキしてしまう。


 やがてエルフの秘薬なる飴をなめ終えると、ヴィヴィは額の薬を拭ってくれた。不思議なことにアルトスの気力が全快になっている。ポーションやエーテル等を飲んだあの時のように漲ると言うよりも、宿屋でグッスリ寝た後のような感覚だ。


「不思議だ。朝起きたみたいに気分が良い」

「エルフはそういうの得意だからね。特に沼地のダークエルフは薬学に長けてるんだ」

「流石。本当にありがとう」

「お礼は私を信じてくれたことでチャラ。前金だって言ったじゃん」

「そ、そんな。悪いよ……」


 そう言うと、アルトスは疑ってごめんなさい、と頭を下げる。完全に彼女を信用したようだ。





 ――実は、彼の「悪いよ」という言葉を引き出す事こそがヴィヴィの狙いだったとしたら、アルトスはどんな顔をするだろうか。


 実は彼女、アルトスがミノタウロスとやり合っている時にはもう追いついていた。今になって現れたのは、彼が窮地に落ちたタイミングで助けるためである。


 いくら強烈な隠しスキルを持っていてもソロ。人間一人で出来ることは限られている。こうなることは予測の範疇内だ。


 恐らくこんな事をしなくてもアルトスは手を取っただろう。それくらい彼女のメモ帳の情報は膨大かつ信頼に足るものだ。


 だがそれだけでは最後の最後、分け前でこじれる。エリクサーが分けられるものならいいが、そうでなかった場合は絶対にこじれる。そんな時、どれだけイニシアチブ(主導権)を取っているかがキモになる。


 彼を手のひらの上で転がすには女の武器でてっとり早く籠絡する方法もある。だが彼女は美少女なれど女性的戦闘力がちょっと低いのを自覚している。加えてアルトスは人間不信真っ只中だ。効果は薄いだろう。


 ならば恩と誠意、自然かつギリギリまで攻めたボディータッチに、ダメ押しの笑顔。


 予想通り義理と恩に一家言ある騎士の息子には、こうかはばつぐんだった。


 故に彼は言った。「悪いよ」と。これは彼が恩を感じ、僅かに引け目を持つ証。関係はヴィヴィが優位性を持つ事を意味している。小さい優位性だが、保っていけば後々大きな差になることをヴィヴィは知っている。


(まだまだ甘いねぇアルトス。恩もまた使い方次第では怖いものなんだ)


 ニヒッと笑うのはさっきとは別の感情。そんな事はつゆ知らず、アルトスはキラキラした目でヴィヴィを見ている。


 今彼にはヴィヴィが救いの女神にすら見えているだろう。または命を投げ出すに値する仲間として。


 計画通り。


 ……という顔をしたくなったがヴィヴィは我慢した。





 だが。


 策士策におぼれるのも世の常というもの。


 その(はかりごと)も、すぐに崩れ去ることになる。





「……やっぱり、ダメだ」

「へ?」

「こういうのちゃんとしたい。君は僕を助けてくれた。誠意を示してくれた。僕はその返礼をしたい――ヴィヴィ、ちょっと手を」

「???」


 アルトスはそのまま彼女の前に膝を折って座ると、ヴィヴィの手を取る。


 急にアルトスの雰囲気が変わった。


 ただの冒険者の少年から、みるみるうちに騎士としての顔を見せ始める。


 しぃんと、部屋が静謐で包まれる。ヴィヴィは何故か心臓の鼓動が早くなっていた。その手を払おうかどうか迷った時、アルトスが口を開いた。


「カストゥス家の名において、命を救ってくれた貴方へ感謝を。生涯、我が剣は貴方を守るでしょう。貴方が我が命を求めても、喜んで差し出すでしょう。それが騎士の誉。騎士の本懐。この剣に、大恩ある貴方の名を刻む」


 アルトスそう言ってはヴィヴィの手の甲に口づけをする。立ち上がり、ヴィヴィの両頬に軽い口付けと、最後にもう一度手の甲へ口づけをした。


「!!」

「我が名はアルトス。騎士の名を捨て、地に落ちようとも騎士の誓いは永遠。剣と血を以て今ここに誠意を示します」


 続いて鞘ごと抜いた剣をヴィヴィの前に差し出すと、柄を上に掲げて少し刀身を抜き、やがて静かに納めた。


 これは騎士のある種の誓いのようなもの。


 命を救われた時、または厳粛なる誓いを立てた時。あるいは、誠意を示すときの作法だ。


 アルトスは騎士の家である事を自慢しないし使うこともないが、騎士の血を引く事を誇りに思っている。


 一連の動作はアルトスを少年から一介の騎士にさせる、厳粛であり美しいもの。そして、誓いの重さがひしひしと伝わる崇高なもの。


 もし騎士出身の他の冒険者がいたなら背筋を伸ばして剣を掲げたかもしれない。そのくらい、アルトスの誓いは見事なものだった。


「あ、あ……」


 ヴィヴィは顔を真っ赤にしていた。


 アルトスの所作は完璧だった。鎧を着込めば勇者に見紛うほどに。


 そして――


「今、今わ、ワタッ」

「? もしかしてダークエルフ的にダメだった? これ、騎士の作法なんだ。ちっちゃい頃これだけは何度も練習させられて……」

「ほっぺ!」

「?」

「……何でもない!」


 ぷい、とそっぽを向くヴィヴィ。その様子に、アルトスは最初からやらかしたかなと肩を落とす。


 それは半分正解だが、彼のした事――特に口付けが、どえらいことをやらかしている。


 エルフ族にとって、実は口周りはセンシティブかつデリケートゾーンなのだ。


 彼女らの魔力信仰(マギニズム)精霊信仰(シャーマニズム)が混ざった宗教観では口付けをする場合、精霊と交信して祝詞を紡ぐ口を塞ぐのは最大のタブー。逆に両頬に口付けすることは、最大の祝詞を他者に与える意味となる。


 早い話がエルフ族に『ほっぺにチュー』はプロポーズと同義。


 もっと言うと、エルフ同士がベッドインした時にやる事である。異文化って怖いね!


「……キミ、そんなにかっこ良かったっけ? 前から品がいいとは、思ってたけど」


 モニョモニョと小声で呟く。思わず背を向けてしまうヴィヴィ。


 ただ口付けされたなら殴っていた。


 だがあんなに綺麗な所作でやられてはエルフハートはキュンとときめいてしまうもの。


 人間族にはピンとこないだろうが、作法や儀式が外見的魅力を上回る文化圏は存在する。代表的なものでいえば、まさにエルフがそうだ。


 何故ならエルフは先天的に存在自体が美形であるが故に、先天的要素の強い外見的魅力を重要視しない。平たく言えば、美男美女があたりまえだから面食いがいない。


 逆に何が魅力になるのか。それは後天的に身についた作法や技それに態度である。


 お箸やスプーンの持ち方ですら、エルフの見る目は変わる。粗雑粗暴な冒険者達に長くひたっていたから、彼の所作は余計に魅力的に見えたかもしれない。


 というわけで。


 不覚にも。


 ヴィヴィの心臓がトゥンクと跳ねた。


 彼女の目論見は、やはり早くも崩れてしまうのであった。

エルフにはまずマナーと清潔感。これマメな。


次は2021年10月8日の午後6時くらい。

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