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第7話 エリクサーを追う美少女

 ――やってしまった。こんな初歩的なミス、したことがないのに。


 後悔がアルトスを蝕んでゆく。


 ハズレスキルを貰って追放されたというショック。


 ハズレかと思ったら超強烈な隠しスキルで歓喜。


 思い人がとんでもないビッチで落胆と失望。


 あれだけ苦労していたモンスターがワンパンで沈むという爽快感と愉悦感。


 この短期間にこれだけの感情の起伏があった。正常な思考などする暇も無かったのだろう。よく考えれば、昨日から殆ど休まずにダンジョンに入ってしまった。薬を過信してしまった。ミスを上げればキリがなかった。


 こんな浅層で倒れるだなんて。もう本当にダメなのか――





(……あれ?)


 ぼんやりと意識が戻ってくる。何か柔らかいものを頭の下に敷いて、体が床に寝かされているのが解る。目を開けないまま手を握り返すと感触がある。


(生きてる!? 僕は、助かったのか?)


 ひたり、と額に何かが置かれる。鼻腔をくすぐるのは嗅いだことの無い薬草の香り。お香のように炊かれているのだろうか。


 アルトスの口元に他人の指が乗る。驚いてビクッとしてしまうが、指は優しく唇をなぞり、何かを口に入れようとする。


「口開けて」


 どこかで聞いたことのあるような声。女性の声だ。アルトスは素直に従うと、あめ玉のようなものを放り込まれた。コロコロと口の中で転がすと不思議な味がした。甘いような、薬品のような。ポーションを飴にしたらこんな味なのだろうか。


 一体この人は誰なのだろうか。アルトスがおそるおそる目を開けてみると、ランタンの光に照らされていたのはーー


「ヴィヴィ!?」

「そだよ。さっきぶりだね」


 ヴィヴィは短くそう言うと、アルトスの髪をわしゃわしゃとなで回していた。表情は相変わらず硬いのだが、どことなく嬉しそうである。


「エルフの秘薬、どう?」

「この飴みたいなの? 不思議な味。甘い」

「そか。ゆっくり舐めて。あと額にも魔力回復促進の薬が塗ってある。舐め終わるまであんま動かないで」


 さわさわ、と頬を撫でられる。柔らかい指だった。アルトスは周囲に目をやる。そこは石で囲まれた個室のような場所だった。


「ここは?」

「もちろんダンジョンの中。第二階層。良い感じの大きさの牢屋があった。魔除けと罠仕掛けてあるから安全だよ」


 魔除けというのはこのお香の事のようだ。そういえば、敵に出会いたくない時にヴィヴィが何回か炊いていたことを思い出す。ギドは臭いと喚いていたが、アルトスはむしろ好きな部類だった。


「良い匂い」

「お、この香りの良さが解るんだ。気が合いそうだ」

「……助けてくれたんだ。ありがとう。でもどうして? どうやってここに?」

「うーん、何から言えばいいか」


 ヴィヴィは腕を組んでうーんと唸る。アルトスからの視点では、細い腕に胸が寄せられているのがバッチリ見える。


 アルトスは今更になって気がついた。ヴィヴィのマントの中はヘソだしシャツとホットパンツという、かなり刺激的な格好だ。


「エッチ」

「あ、ごごごごごごめんなさい!」


 目を覆うアルトス。チラッと指の間から見上げると、ヴィヴィはニヤニヤ笑って覗き込んでいる。アルトスは再び耳を真っ赤にして目を覆った。


「なんだ。女性不信になってるかと思ったけど。健全だねアルトス」

「女性不信?」

「パメラがヤッてるとこ見たでしょ」

「……ヴィヴィも?」


 こくりと頷くヴィヴィに、アルトスはげんなりした表情になる。


「パメラがあんな人だなんて知らなかった」

「女は怖いモンだよ。ワタシの経験からすると、パーティー解散の理由の半分はソレ」

「君もそんなに饒舌に喋るなんて知らなかった」

「仕事は仕事。プライベートはプライベート。でもキミにならさらけ出してもいい」


 そう言われて、アルトスはジトっとした目を向ける。


「……その手には乗らないぞ」

「?」

「とぼけなくていいよ。僕のスキルを見たんでしょ?」


 アルトスは膝枕のまま怪訝な顔でヴィヴィを見た。


「あの力は剣より使えると思った、でしょ? パメラと変わらないじゃないか」

「そうカッカしない。あと正直にいう。スキル目当てなのは半分正解」


 あっけらかんと言うヴィヴィに、逆に何だそれと警戒を解くアルトス。


「半分って。もう半分は?」





「キミ、本気でエリクサー探してるでしょ。ワタシもなんだ」





 エリクサー、という言葉に心臓が跳ね上がるアルトス。だがダメだ、簡単に心を許してはいけないと腹に力を入れる。


「……みんなそうじゃないの?」

「いーや? 正直『神の霊薬(エリクサー)』なんて信じてる人ほとんどいないよ。みんな名誉と金。てかドラゴン倒して死体を担いでいけば、それだけで大金持ち。大体そうじゃない?」


 その通りだとアルトスは思った。確かにエリクサーを求める冒険者はいることはいるが、本気で求めている人間がいるかと思うと少し違うと思える。宝の中にエリクサーがあるならいい、程度の人がほとんどだった。


 そして宝を守るドラゴン自体が宝の山というのは世界の常識だ。強大な力を行使する最大最強の生物。その鱗一つで金の同じ価値があるとも言われている。


 この『竜の口』には古のドラゴンの目撃情報もあることから、新しいダンジョンの割に国内外の冒険者が殺到している。


「ヴィヴィは信じてるの?」

「もちろん。私はそのためにパーティーを転々としてる。お陰で人と関わるのが面倒になっちゃったけど」


 だから寡黙だし、全然交流しなかったのか。アルトスは寝たままぽふんと手を叩いて納得した。


「ほらこれ見て。信じるはずだよ」


 ヴィヴィがバッグから取り出したのは一冊の分厚いノートだった。アルトスが受け取ってめくると、ガバッと起き上がり、みるみるうちに目が輝き始める。


「こ、これ!」

「驚いた? 古今東西私が集めたエリクサーの情報。与太話から古代図書館の写しまで何でもござれ」


 ふっふーんと慎ましい胸を突き出して鼻息を荒くするヴィヴィ。アルトスが目にするのは自分の知らなかった情報ばかりだった。めくればめくるほど興奮して、ハァハァと息が荒くなる。


「はい、ここからは有料」


 いつの間にか近づいたヴィヴィがひょい、とノートを取り上げる。アルトスは「も、もうちょっと!」と手を伸ばすが、ヴィヴィはノートを高く掲げた。


「わ、わかった! 君も本気なのは解った!」

「ゲンキンだねアルトス。キミだってパメラたちと同じじゃん。私が情報持ってるって知ったらこうだよ。どの口が言うんだろうね」


 痛いところを突かれてうぐ、と黙るアルトス。そんなアルトスを見て、ヴィヴィはニマニマと笑っていた。


「う、うう……」

「そんな顔しないで。冗談だよ。人は皆そんな感じ。私もそう。損得が先にある」

「随分と達観してるんだね」

「そりゃ、君たちよりも生きてる桁が違うからね」


 そう言うと、ヴィヴィは「まだ治療終わってない」と言い、ポンポンと膝枕を促してくる。アルトスは躊躇(ためら)ったが、素直に膝にお邪魔した。


 ヴィヴィは額の薬品を塗り直して、再びアルトスの髪を撫でる。撫で方はどちらかというとペットをなで回しているようなものだった。


「それで、僕が何か使えるってこと?」

「アタリ。君の宿したそのスキル、エリクサーに関係するかもしれない」

「嘘だぁ!」

「ホントだよ。それは色んな文献で度々出てくる、ブラック・スキルというもの」

「ブラック・スキル?」

「エリクサーを求める時、必ず君のようなスキル持ちが現れるんだって。黒から解き放たれた力。女神の試練って言われてる」


 黒から解き放たれたと聞いて、思い出すのはこの力が発現した後の『己の窓(ステータス)』のこと。確かに黒インクで塗られたようなところから文字が浮かび上がっていた。


 ヴィヴィは再びだしたメモ帳を開いて見せてくる。糊で貼り付けられたページはどう見ても写しではなくくすねてきたもの。褒められる事では無いが、アルトスはそこを咎めなかった。


「……書いてあるね。ホントに、あるんだ」

「ブラック・スキル持ちは大体心が折れる。けど、秘められた力を知った時、ようやく試練の道が開けるって。古代図書館の記述だから間違いないよ」

「信じていいの?」

「でなけりゃ助けない」


 ハッキリと言い放つヴィヴィ。そのドライな言い方に、アルトスは何だか彼女が大人びた人に見えてしまう。見た目は完全に同年代の少女だが――。


「どう? ワタシと組む?」


 是非と言いたいがアルトスはもう一度思い止まる。


(話がうますぎて……逆に怪しい……)

次は2021年10月7日の午後6時くらい。

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