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第6話 曲がり角でバッタリ、ミノタウロス

 第一階層は典型的な『迷路(メイズ)型』であった。


 石造の壁が延々と続く、どこも均等な幅の通路。同じような景色が続くので方向感覚がわからなくなってくるのが迷路(メイズ)と呼ばれる所以である。


 既に踏破されて久しく誰もが地図を持っているが、それでも抜け出せないという初心者も少なくはない。


 こういった場所では曲がり角が特に危険である。


 迷った冒険者とぶつかるならまだ幸運だ。大抵の場合はダンジョンをうろつくモンスターと鉢合わせになり、そのまま戦闘になることが多い。


 故に、なるべく出会い頭の戦闘を避けるために静かに音を立てず、影のように進むのが鉄板なのだが……





「あああああああちっくしょああああああああ!!」





 パーティーには追放され、思い人の正体を知ったアルトス君はそんなセオリーなど放りなげて、ただ今石畳の通路を爆進中だった。


 ズドドドドドドとホコリを吹き上げて走る音はかなりうるさい。その音を聞きつけて角待ちしていたのは、ダンジョンに住み着いた獣人コボルトのグループ。


 ボロボロな剣を構え舌なめずりをしてアルトスを待ち構えていたが、その鬼気迫る表情に皆戦慄(ドン引き)。揃って犬耳をへにょんとさせて、ヒソヒソ声で話し始める。


『あかん』

『ひくわー』

『そもそもあれニンゲンか?』

『踏んだトコ火ついてんぞ。魔人じゃね?』

『どーする? 俺はヤだ』

『スルー安定』

『『『それで』』』


 これは、数を揃えても負ける。


 何か知らないけど、とにかくヤバそう。


 そう思ったコボルト達は皆壁に背をつけて、アルトスが通り過ぎるのをただただ見ていた。


「あああああああんもおおおああああああああ!!」


 走りながら八つ当たりの壁ドン。彼のスキルの力が発動すると、ドコォ! と音を立てて石壁が崩れる。壁の間からヌッと現れた緑肌の妖鬼ゴブリンが、ダミ声で『家を壊すな!』『今何時だと思ってんだ!』と叫んでいた。


 もちろん第一階層のモンスターの中には人語を介さない存在もいる。肉食スライムは獲物が通りかかるのを待ち伏せていたが、アルトスの足音と叫び声に原始的な危機を察知。『ぼくは悪いスライムじゃないよ!』とばかりに道の隅っこで小さくなっていた。


 走る暴風雨のような存在になったアルトスだが、その心中や悲惨なもの。ついでに人間不信がカンストしているためか、モンスター達が怖がって避けているのを、取るに足らない存在と馬鹿にされていると勘違いしている。


「クソ! クソ! みんなバカにして! 僕はホントは騎士の家の子供なんだぞう! 由緒正しい生まれの……ヒグッ」


 爆走しながら泣くというのも器用なものである。


 そうして騒音を撒き散らしながら走ること十数分。


 階層中腹あたりの曲がり角で、アルトスはドシンと何かにぶつかった。


「あいた!」


 顔が触れた瞬間、何やら毛皮に顔を埋めたような感覚がした。ぶつかった反動でゴロゴロと転がると、アルトスは鼻を押さえながら起き上がる。


「いてててて……ご、ごめんなさい……ハッ!」


 基本的に良い子なアルトス。謝罪をしながら顔を上げると、そこにはヌッと仁王立ちする影がある。


 筋肉質な体に、全身毛で覆われた体。長柄の大斧を持つ牛頭の怪人は、アルトスがぶつかって頭突きした場所――チリチリと焦げている胸毛を撫でながら、ビキビキと青筋を立てている。


「ミノタウロス!? あれ、もうそんなところまで来ちゃった!?」

「ブモォォオオオオオ!!(特別意訳:どこに目をつけとんじゃワレェェェ!)」


 獣人ミノタウロス。ダンジョンの中でも第一階層のような迷路(メイズ)の場所に好んで住まう、全長二メートルほどの怪物である。


 別名『迷路の主(メイズ・マスター)』とも呼ばれる彼らは第一階層の中盤から終盤にかけてうろつき、テリトリーに入ってきた者を容赦なく大斧で斬りかかる危険なモンスターだった。


 ミノタウロスが咆哮を上げ、大斧を振りかぶる。彼らの全身全霊の一撃は、重装甲の戦士をも切り崩す凶悪なもの。アルトスは体勢を立て直すと何も考えずにバックステップ。そのすぐ後に、彼の頭のあった場所に斧が通過した。


「あぶな!」


 ブゥンと、空気を割く鈍い音。アルトスの顔からサーっと血の気が引く。もう少し判断が遅れていたら、彼の頭はザクロのように割れていただろう。


 アルトスはすぐに背の剣に手を伸ばすが、思い直してやめた。


 彼は今、武器を振るうことができない。無理して抜刀したところで、剣は大道芸(パントマイム)のように空中で固定される。その間にミノタウロスがニの太刀振るえばジ・エンドだ。


 以前ならば逃げていただろう。ソロであれば尚更だ。冒険者ギルドなどミノタウロスに出会ったら初心者・玄人問わず逃げることを推奨している。


 だがメンタルが一周回ってバグっているアルトスは、逃げるどころかナメられたと言わんばかりに怒り始める。ビキビキと、ミノタウロス同様にこめかみに青筋を立てていた。


「なんだよ。君も僕の事バカにするのかよ!」


 アルトスの背に再び真っ赤なオーラが現れる。彼に内包する魔力が怒りを媒介に顕現しているようだ。隠しスキルの強化のお陰なのだろうか、その姿はまさに背に炎を背負っているようだった。


 その迫力に「モ”ッ……」と後ずさるミノタウロス。人間が炎を背負うなど彼にも初めての経験だったのだろう。だがそれでもミノタウロスとてモンスターとしての矜持(プライド)があるようで、再び雄叫びを上げて大斧を振りかぶる。


「二度同じ剣が効くか! バカにすんなああああああ!」


 ヤケクソに度胸がつくと、いつもより深く踏み込んでしまうから不思議である。ミノタウロスの大斧を半ば無視したように走るアルトスは、怯むどころか加速。瞬きするよりも速く、拳が届く場所まで潜り込んでいた。


 ミノタウロスからすればたまったものではないだろう。彼らの持つ大斧は長柄武器(ポール・ウェポン)。その弱点は超接近戦に持ち込まれるとなす術がないこと。しかも今、ミノタウロスは斧を振り上げている。股の下から首元までガラ空きだった。


 アルトスが拳を突き出す。瞬間、背中の炎剣ファイアブレイズを触媒に全身に魔力が満ち満ちる。突き出た拳は赤熱して、宙に緋色の軌跡を生み出した。


「ボディがお留守だよこんのやろおおおお!」

「ブモォアアアアアアア!!」


 突き出した右ストレートが、ミノタウロスの厚い胸板にめり込んだ。爆熱が肉を焼き、ドロリと溶かして突き抜ける。すぐにミノタウロスの胸に大穴が空き、ジュゥゥゥという音と共に肉の焼ける臭いが充満した。


「う、うわ。え、こんなになるの?」


 ハッとして身を引くアルトス。爆風か何かで突き飛ばすことができればいいと思っていたが、まさか貫くなどとは思ってもいなかった。


「モ”ッ……モォォォ……」


 ガラン、と斧を落とすミノタウロス。そのまま膝から崩れてバターンと倒れると、胸元から一気に炎が吹き上がり、そのまま燃えてしまった。


「この力、本当に凄いな。肉を叩いてる感触なんてなかったのに」


 改めてその威力を目の当たりにして、逆にドン引きなアルトス。ミノタウロスを撃破してようやく落ち着いたのか、周囲を見回して危険がないことを認めると、その場にぺたんと座った。


「……炎剣を背負っているから、炎か。もしかして背負う武器が変われば違う力が宿るのかな?」


 試しに炎剣ファイアブランドを置いて、腰元のナイフを背負いベルトに引っ掛ける。アルトスがそのまま石の壁を殴ってみると、カァァンと甲高い音がした。


 小手を外してもう一度殴ってみると、やはり甲高い音が響き渡った。打ちつけた拳は全く痛くない。


「拳が鉄みたいになってる。魔法武器(マジック・ウエポン)でないと、単純に固くなるのか」


 それはそれで恐ろしい。素手の分野においては武闘僧が何年も修行を経て鋼のような体を得るのだが、アルトスの場合は単に背負うだけ。これほどのチートは無いだろう。


 面白がってカンカンと壁を殴っていると、背中からピシリと音がする。アルトスがギョッとしてナイフを鞘から抜くと、なんと切先が刃こぼれしていた。


「……耐久度は武器が肩代わりしてるのか。万能ってわけでもないんだな」


 となると、今更になって愛剣が心配になってくる。ダイアーウルフはいいが、アルトスの拳は既にギドの硬い鎧を削り、岩を破壊している。


 焦った様子で愛剣を拾いあげ、その刀身をマジマジと見る。どうやらひび割れはない。アルトスはホッと胸を撫で下ろした。


「いいぞ。この隠しスキルをどんどん理解すれば、それだけ強くなれる。いろんな武器を拾って、代わる代わる背負うことができたら……」


 それは、もう最強ではないか。


「失敗したなぁ。今までレア武器拾っても全部売ってたし」


 炎剣ファイアブランドさえあればいいと思っていたが、事情が変わった。どうやらアルトスのエリクサーを求める道は、パーティーを見つけて実績を積むのではなく、ダンジョンに潜っては良い武器を見つけ取り替えてゆくハック&スラッシュらしい。


「でも、どんな武器を手にしてもお前は売らないから。これからも頼りにしてるからね、相棒」


 愛しき相棒の柄を撫でると、アルトスは鞘に仕舞い込んで立ち上がる。


「ミノタウロスが出たってことは、第二階層はすぐだ。見てろよギド。ソロ攻略して自慢してやるからな」





 第二階層は迷路(メイズ)から変わって五階建ての監獄(ジェイル)のような場所。地下空間に吹き抜けの構造物が立っていた。


 至る所に牢の中からはうめき声が聞こえてきたり、亡霊が彷徨っていたりする。通路は不気味な仮面をつけたゴブリンがランタンを掲げてウロウロしていた。


 ダンジョンは不思議なもので、階層が違うと同じ亜人族でもコミュニティが違う。第一階層のゴブリンは節操なく冒険者に襲いかかる追い剥ぎだが、ここのゴブリン達は何故か看守のように永遠と監獄を見張り続けている。


 所詮はゴブリンなのだから、どこでも一緒だろと思っていると痛い目にあう。ここのゴブリンは厄介なことに侵入者を見つけると、どんどん仲間を呼んで数の暴力を向けてくるのだ。


 だがアルトスはフフンと鼻で笑う。今やこの拳はミノタウロスも一撃で葬る拳。怖いものはないとばかりにズンズンと進んでいった。


 早速見つかってゴブリンが殺到するのだが、アルトスは拳を打ち鳴らして応戦の意志を示す。


「ギィィィィイ!」


 ゴブリン達はランタンを捨てて、釘バットのようなもので殴りつけてきた。ミノタウロス程では無いが、躊躇無い一撃。アルトスが避けると、釘バットは床の石を割っていた。


「ええええい!!」


 アルトスは両手を構え、近づいてきた相手から拳を打ち出す。拳は赤熱して迫り来る釘バットをへし折ると、ゴブリンのみぞおちにドカン! と直撃。ゴブリンは腹に大穴を開けて燃え上がると、その場に倒れた。


 一瞬、ゴブリン達の空気が変わった。たかだか冒険者一人のグーパンが、仲間を炎上させるなど想像もしていなかったのだろう。だが一体が仮面をバンバンと叩いて鼓舞をすると、再び襲いかかってきた。


「「「ギィィイイイイイイ!!」」」

「襲いかかってくるなら容赦しない!」


 迫り来るゴブリン達を避けながら、一体一体に綺麗にパンチを見舞う。段々と剣から拳の間合いに慣れてきたのか、最初は大きくスウェーして避けていたのが、六体目を越える辺りで体捌きが格闘家のようになる。


 戦いの中で頭上からにわかに光が差し込んできた。レベルアップのようだ。大群に立ち向かっていった経験を評価されたのだろうか。だがアルトスは「女神様黙ってて!」とややキレ気味に言うと、祝福の声は「あ、ハイ」と引っ込んでいった。


 ゴブリン達は面白いように吹っ飛び、中には踊り場から燃えながら落下するものもいた。これは戦いと言うよりもけんか祭りに近い。やがてアルトスが十かそこらをブン殴ったあたりで、囲んでいたモンスター達たちは恐怖に包まれていた。


「まだやる? 何もしないなら僕も何もしない。そこどいてよ!」


 残りのゴブリン達は降参とばかりに武器を下ろすと、アルトスの道を開ける。ふわふわと彷徨う亡霊達はアルトスを遠巻きに見ては、彼と視線を合わせないように俯いたり壁に顔を突っ込んでいたりした。


 今までの慎重な攻略が嘘のようだ。


 やはり火力。火力が全てを解決する。


 アルトスが「ひょっとして、これはイケるのでは?」と思った――その時。再び試練が、彼に襲いかかった。


「あ、アレ?」


 監獄を降り切ってホールのど真ん中を歩くアルトスだが、急にカクンと膝から崩れ、転んでしまった。


 すぐさま視界がぼやける。足に力が入らなくなり、呼吸も荒くなる。


「なん……」


 言葉も出なくなり、体が冷たくなるのがわかる。アルトスはこの症状を知っていた。知っていたが故に、雲がかかる思考の中で自分自身を叱咤する。


「魔力……切れ……嘘……!」


 アルトスは唇を噛む。魔剣士(ルーンナイト)の頃から魔力切れには気をつけていたのにと。やはり昨日からの探索で休まず、薬品で誤魔化したのが悪いのか。スキルの消費はそんなんでもないと油断していたのが悪いのか。


 どちらにせよこんな所で倒れたなら確実に死ぬ。何とかしたいが体は動かず声すら出ない。


「………………」


 薄れゆく意識の中、タッタッタッと走り寄る音がする。


 視界の端に写るのは、小柄な誰か。ゴブリンか。それとも……


 その誰かを確認できないまま、アルトスの意識はふっつりと切れた。

次は明日(2021年10月6日)の午後6時くらい。

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