第5話 ソロ攻略はじめました(ブチギレ)
ウキウキのまま宿屋に直行するアルトス。木造建築三階建ての小綺麗な宿屋は、ダンジョンに潜るパーティーの中でも上位の証拠でもあった。
アルトスがあまりにも上機嫌だったので、宿屋の主人やスタッフは怪訝な顔で見ていた。
「もう噂が流れてるみたいだけど……ふふん。構うもんか」
アルトスの言う通り、宿のスタッフたちは何やらヒソヒソ声で会話すると、こちらを見て気の毒そうな顔をしていた。十中八九、アルトスに宿ったスキル【武器使用不可】のことだろう。
街といってもここは急造で規模が小さく、冒険者しかいないので噂の流布は早い。特に冒険者の懐具合を常に気にする宿屋ギルドなど一番早く耳に入るはずだ。
このスキルの本当の力を知らなければコソコソと隠れて自室に行っただろうが、今のアルトスは胸を張って言える。自分は女神に祝福を受けたのだと。
ずんずんと歩いてたどり着いたのは三階の奥。この宿ではグレードの高い場所。アルトスの隣の部屋がパメラの部屋だった。
「そろそろ部屋に戻ってるはず。ああ、何だろ、すごい緊張してきた」
急に顔が赤くなるアルトス。これでは告白じゃないかと。
「なんて言えば良いんだろう。僕について来てくれ、とか? いやそれは……」
当然ながらアルトスに女性経験はない。思春期真っ只中で家出のように実家を飛び出して、ずっと冒険者生活。毎日がカツカツで、恋愛にうつつを抜かす暇がなかった。
「でも大丈夫。この力があれば絶対に大丈夫……パメラ、キミだって人を無能って捨てるやつは嫌いだろ? 僕と一緒なら、そんなことは絶対言わない!」
アルトスの頭にはもう二人でダンジョンに潜り、新たな力で切り開き、ドラゴンと対峙するところまで妄想が膨らんでいる。
思い返せばパメラは何かと自分をサポートしてくれた。彼にとっては初めて気を許せた女性だったし、初めて異性として見ることができた人でもある。
普段はとても落ち着いていて、時々見せるふとした仕草に女性の魅力を感じてドキドキしていた。
自分の事を年下の弟だか何かのように見てくるのは少し不満だけれども、それでも甘えたくなるような、抱きつきたくなるような衝動に駆られたのは一度や二度ではなかった。
自信がついた今ならわかる。
これは、初めての恋なのだと。
「い、いくぞ」
咳払いをして、レザーベストのホコリを払う。もう一度ハンカチで顔を拭いて、「いざ!」と気合を入れてドアノブに手を触れ――
「ハッ! 今度はオレに乗っかるってか。アンタも中々強かな女だったんだな」
「……ギド!?」
ギョッとして、慌てて口を塞ぐ。ドア越しに聞こえてきたのはあの憎きギドの声だったからだ。
「な、なんでギドの声がパメラの部屋から。あ、あいつ!」
まさか自分のいない間にパメラに手を出したのか。アルトスはブワッと髪を逆立てて怒り心頭。拳を振り上げドアを壊そうとした、その時だった。
「そんな事言わないで。傷ついちゃうじゃない」
再び口から心臓が飛び出そうになるアルトス。弾かれるようにドアから離れた。
今のは間違いなくパメラの声。しかし、いつも自分に向けた声よりも大人びている。猫撫で声というのだろうか。とにかく、いつもの彼女ではなかった。
アルトスは息を殺してドアに近づき寝転ぶと、ドアの隙間から中の様子を伺った。女性の部屋を覗くなど言語道断騎士道あるまじき行為だが、もうそんな事を言ってられる状況ではない。
二つの足が重なるのを見て、アルトスは全てを察する。
一人は筋肉質な足。もう一つは爪先立ちした細く白い足。二人とも裸足で何をしているのか――そんなこと、初心なアルトスにだって理解できる。
「よく言うぜ。騎士の家ってだけでアルトスに近づいてたんだろ? 嘘かホントか知らねえが、有名な家だもんなァ」
「さあ、何のことかしらねえ」
「おっかねえ。で、あいつが役に立たなくなったから捨てると」
「人聞きの悪い。もっと魅力的な貴方にようやく気がついただけよ。あなた、あの子が焼き殺そうとしても剣を抜かなかったでしょ。素敵だわ」
わざとらしい言い方だ。だが裸の女に迫られてギドは頭がパーになっているらしい。
それが証拠に、素敵だと言われたギドの返答は「まあな」という照れくさそうな言葉。鼻の下を伸ばしているのが見えなくてもわかった。
アルトスの喉が急に渇く。
カラカラになって、息も苦しい。
ドア越しにくすくすと笑うパメラの声が、アルトスの頭にリフレインする。
自分が笑われているような、そんな感覚に陥る。
「アルトスの野郎、今のアンタ見たらショック死しちまうぜ」
「構いはしないわ。どうせ戻ってこないだろうし……ねえ、そろそろ私が今したいこと、わかるでしょ?」
「アンタ、そうやってリーダーにも取り入ったのか?」
「ああ見えてあの人は典型的な戦場中毒者よ? 金にも女に興味ないみたい。隊長っていうのにずっと縋ってたいんでしょ」
「最高にサイテーだぜアンタ。気に入ったよ」
「サイテー同士、これから仲良くしましょ」
下卑た笑い声と娼館の近くで聞いたような声が聞こえてくる。
アルトスは静かに起き上がって、その場を離れた。
フラフラと階段を降りると、流石に宿屋の主人から声をかけられた。つるんと禿げ上がったふくよかな店主は、カウンターから身を乗りださん勢いだ。
「お、おいアルトス! お前なんつう顔してんだ!」
「……」
言いたくても言えなかった。
これは失恋――否。単に弄ばれたガキが落ち込んでいるだけだ。口に出すのも惨めだった。
「悪ィが事情は聞いた。女神様もひでえことするよな。だからって頼むからヤケ起こすなよ。お前さんのためでもある」
「……わかってる……何も起こさないよ」
「頼むぜ。ほれ、これで何か飲んでこいや。お前さんまだ若いんだから、これを期にゆっくり身の振り考えてもいいと思うぜ。一階の端もしばらくタダで使わせてやる。元メンバーと鉢合わせすんのも気まずいだろ」
宿屋の主人から受け取ったのは銀貨数枚。一人で飲むには多すぎるものだった。
アルトスはその優しさに泣き出しそうだった。いつも仏頂面で石像のように構えていた宿屋の店主がこんなに親切だったなんて全く知らなかった。アルトスは絞り出すように礼を言うと、静かに宿屋から出てゆく。
街道を幽鬼のように歩くアルトス。惨めだった。別に恋人を寝取られただとかそういうことでは無いのに、何故にもこんなに自分が無様に思えてくるのだろうか。
よくよく考えれば本当にパメラのことをよく知らなかった。自分より年上の、綺麗なお姉さんくらいにしか思っていなかった。
親切で、気をよく回して。時々心奪われる女の顔をして。
でもそれが、彼女なりの生存戦略の一環だったとは。
察するに、パメラは最初からアルトスを籠絡する気でいたのではないか。
深く思い出してみると、アルトスが魔剣士になった辺りからボディータッチが露骨だったような気が――
「ち、ちくしょう」
ゆらり、と彼の背に立ち登るのは怒りのオーラ。
彼の中にある魔力が怒りに乗って顕在化したのだろう。
その濃厚な赤色に、道ゆく酔っ払い冒険も避けて通り過ぎる。
しばらくの間を置いて。
アルトスがカッと目を見開き、そして――
「ちっくしょああああああああああああああああ!!」
街道のど真ん中で、アルトスが吠えた。
時刻は真夜中になろうとしている。街道には酔っ払いの冒険者たちが千鳥足で歩いていたり、夜専のパーティーが動き出す頃合い。アルトスの雄叫びは、そんな冒険者たちの度肝を抜いた。
「クソが! みんなクソだ! ああああちくしょう! クソッタレがあああああああ!!」
アルトスが顔を真っ赤にして地団駄する。石畳を踏みつけるその足には炎の軌跡が描かれていた。背中に炎剣ファイアブランドを背負っているために、スキルが発動したのだろう。
「クソクソクソ! もういい! 僕一人でやる! 僕がダンジョンをクリアしてやらあああああああああ!」
雄叫びをあげたまま、アルトスはひた走る。乱暴に腰元のバッグへ手を突っ込むと、引き抜いたのはいざという時のためのポーションたち。
貧乏性なので何かと消費期限を過ぎがちなのだが、アルトスは片っ端から蓋を開けて飲み干し、一気に体力と精神力を回復。ギンギンに漲る体で向かったのはダンジョン『竜の口』だった。
「待ってろよ古のドラゴン! その首へし折ってやるぅうううう!」
やるうう、やるぅぅぅ、と反響した声がダンジョン入り口にこだまする。
かくしてアルトスのソロデビューは追放と失恋と、そしてヤケクソからスタートすることとなった。
「……一人で行っちゃった」
アルトス達が宿泊している宿。アルトスの部屋の窓から街道を見下ろす少女がいる。ダークエルフの美少女斥候ヴィヴィだ。
「せっかく先回りして部屋で待ってたのに。屋根を走って損した」
プリプリと頬を膨らませるヴィヴィ。骨折り損だとばかりに、アルトスのベッドへ飛び込む。
「また目論見が外れた。それどころか――」
割り込むように、隣から軋むベッドの音と色っぽい声がする。宿屋の主人が「ゆうべはお楽しみでしたね」と言いたくなるようなハッスルぶりだった。
「……パメラがあんなビッチだと思わなかった。あーあ、ソッと美少女が寄り添う作戦がパーだよ」
自分の事を美少女と言い切るあたりヴィヴィもヴィヴィで中々な性格である。ちなみに彼女の名誉の為に言っておくと、エルフ種というのは基本的に美男美女が多く自信家である。彼女のソレはごくごく一般的なエルフのものであった。
ヴィヴィは再び頬を膨らませる。腹いせにお盛んな部屋の壁でも叩いてやろうと思ったが、やめた。こんな事をしている間にも、アルトスはどんどんダンジョンの奥に行ってしまうからだ。
「早く追いかけないと。でも……斥候がソロなんて冗談じゃないんだよな……」
彼女の職業はパーティーを導く役であり、トラップ解除や宝箱解除が主だ。彼女の腰にあるナイフとボウガンでそれなりの自衛はできるが、基本的には補助役。単騎潜入はかなりのリスクがある。
「ぐ、ぬ。ワタシには出来ないことはないけど。リスク負いたくないんだよなぁ。けど、エリクサーのためだって腹括るしかないのか。ああもう! だから人間族の若者は!」
ゲンナリして肩を落とすヴィヴィ。じとっとした目が『竜の口』を睨みつける。
「こうなりゃ恩でもなんでも押し付けるぞ。アルトス、待ってろよ!」
次は明日(2021年10月5日)の午後6時くらい?
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