第4話 最悪スキルの隠し効果
「――!?!?」
ダイアーウルフのボスはさぞ驚いただろう。魔法を撃つ様子もなく、剣すら抜かないただのエモノが突然、恐るべき力を発現させたのだから。
迫る拳は明らかに危険なもの。控えていた周囲のダイアーウルフたちも、小さな悲鳴を上げて伏せていた。
「やった! 出た! いっけえええええ!」
拳が真っ白に輝き、纏う炎が渦を巻く。
ややアッパー気味に放ったパンチがダイアーウルフの顎を捉えようとした、まさにその時だった。
カッ! と拳から光が放たれると、ダイアーウルフの顔から腹までが炎に包まれ、爆裂した。
「う、うわわ!?」
アルトスは拳を突き出したまま尻もちをつく。
パラパラと落ちてくるのは、燃えカスになったダイアーウルフの毛皮だ。
「キャン!」
リーダーを失った部下たちの行動はとても素早かった。誰も仇を取ろうとするものはいなかった。犬歯を向けて唸るものすらいない。文字通り尻尾を巻いて逃げ出したのだ。
「た、助かった……のか?」
尚も信じられないといった表情で固まるアルトス。その手には今も尚、ほんのりと熱が宿っている。試しに拳を雑草の上に向けると、近づけば近づくほど雑草はしおしおと枯れ、最後にはボッと燃えて黒ずみになった。
「ま、まさか……」
勝利を喜ぶ暇もなく、立ち上がってもう一度向き合ったのはさっきの岩。アルトスはコォォと息を整えると、ぐぐっと拳を振りかぶって、すぐに放った。
ボボボ! と三度拳が赤熱を帯びる。
拳が突き出されれば突き出されるほど高熱になってゆく。
そうして岩を殴りつけた瞬間、なんと殴りつけたところがドロドロと溶け出した。岩が溶け出す温度など見たことも聞いたこともない。さらに驚いたことに、間を置いてドゴォ! と岩の背後が弾け飛んだ。
明らかに過剰な攻撃力。アルトスが放ったどんな魔法剣よりも数段上。下手をするとドラゴンのウロコすら破壊しそうな威力に思わず震えてしまう。
「……もしかしてスキルが原因なのか!?」
慌てて左手首を右手の人差指で叩く。ふわりと浮かび上がった『己の窓』を、アルトスは食い入るように見つめる。スキル欄にあるのは確かに【武器使用不可】の文字だが……
「……え? 黒澄みが取れていく!?」
スキル:【武器使用不可】
武器が使えなくなる。代わりに背負った武器の力を強化して体に宿す。
スキルの名のすぐ下に、サラサラと金の文字が書かれてゆく。
「武器が使えない代わりに、背負った武器の力を強化して……体に宿す!?」
それはアルトスが力を理解したことにより解放されたのか――は、わからないが、これでハッキリした。やはりスキルとは呪いではなく、祝福だったのだ。
「僕……もしかして凄い力を手に入れたのか?」
アルトスの脳に電撃が疾走る。魔剣士は魔力のこもった武器を顕現させて切り込む前衛職。たとえば彼が持つ炎剣ファイアブランドならば、その宿った炎を刃に乗せて敵を斬り、炎上させるのだ。
その剣が、拳になった。
武器使用不可という制限が、代わりに超火力へと転化されたのだ。
しかもその発現条件はただ武器を背負うこと。
最初に岩を殴った時、彼は炎剣ファイアブランドを岩に立てかけていた。
ギドと喧嘩した時と、ダイアーウルフと対峙した時は剣を背負っていた。
つまり、そういうことだ。
魔剣士ならぬ、魔拳士。
冒険者をしていて聞いたこともなければ見たこともない新しい職業。
彼は無能どころか、希少職の第一人者となったのだ!
暗い表情から一転、喜びに満ち溢れるアルトス。飛び上がらんほどに喜んで、「やっったああああ」と大声をあげた。再びモンスターが寄ってきそうだが、今となっては構わない。なんせ、岩をも砕く力を得たのだから。
「エリックたちに報告しなきゃ。僕は、無能じゃない!」
街道を走りながら妄想に耽るアルトス。ギドのさらに悔しがる顔を想像してイヒヒと笑ってしまう。パメラは喜び、ヴィヴィは目を見開くくらいはしてくれるだろう。
「――っと! 何考えてるんだ僕は。なんであのパーティーに戻ろうとしているんだ!?」
ハッとして、急に止まる。
「バカなのか僕は。報告? 僕はいらないって言われたんだぞ?」
仮にこのまま戻ったら、打算的なリーダーは全てを水に流して自分を迎え入れるのだろう。下手をすると似合わない笑顔を向けてくるかも。それほどに、この力は絶大だ。
けれどいつ何時自分の力がなくなるかも解らない。冒険者の生活やその生命になんの保証も無いからだ。ましてや、神の気まぐれとも思えるスキルなども運もいいところ。その時運命を握っているのは自分ではなく、自分を使っている人間だ。
「……。他人に運命を握らせるのは、もうやめる」
アルトスは夜空を見上げる。
月が大きい。
あれが瞳であるならば、女神は自分の決断をじぃっと見ているのではないかと思えてくる。
「僕はまだまだ子供だったんだ。他人に寄りかかって、自分だけの役目に徹すればいいって。僻みもやっかみも大人になればって」
だが結果はコレだ。全てまやかしだった。うまくやることだけを考えて人を捨てていたのかもしれない。悔しいことも辛いことも麦酒で流し込めばいいと。
そもそも魔剣士になったのもそうだ。この職業は花形で、皆に必要とされるから。この力は誰もが欲しがる憧れだから。
――だが、力だけが誰かに必要とされて、どうする?
使われるだけ使われて、擦り切れるまで使われて。要らなくなったら追い出される。
それが今か、先かだけの話。冒険者の繋がりなど、どんなに大所帯になり、どんなに有名なパーティーであってもそんなものだ。
これでは奴隷だ。有能な奴隷。思わずアルトスは太ももを拳で叩く。
「あ、いけない」
一瞬ヒヤッとした。炎が出るのではないかと。しかし無事だ。どうやらこのスキルは自分へは向かわないらしい。アルトスはホッとすると、涙や鼻水で汚れていた顔を袖で拭った。
「そうだ。もう使われてたまるか。他人に運命を任せてたまるか! 今度こそ僕はエリクサーを探し出してみせる!」
アルトスは吠える。誰にでもない、自分のために吠える。
「もう誰にも使われない。誰にも文句は言わせない! ……ああでもパメラとなら。そうだ、彼女と一緒にパーティーを抜けよう。彼女は僕の事を無能って言わなかった!」
自信がついたからなのだろうか。密かに募らせていた恋心も膨れ上がった。
「この力で。『竜の口』を二人で攻略するんだ。古のドラゴンなら必ずエリクサーと繋がってるはず!」
アルトスは夜道を走る。希望を胸に街道を走る。
やっと自分の物語が始まると、そう歓喜しながら。
そんなアルトスの背を、遠くから黙って見ている者がいた。
「やっぱりそうか。酒場でまさかとは思ったけど……」
草むらからゆっくりと立ち上がったのは紫髪の少女。グレーの装飾控えめなマントに身を包んでいたのは斥候のヴィヴィだった。
「ようやくブラック・スキルを見つけた。エリクサーの道に必ずいる、女神から試練を与えられた者」
ヴィヴィが口元の布を取り、体を覆っていたマントの前留めを開ける。合間から見えるのは水着と見紛うヘソ出しのシャツで、上質な黒生地に雷紋のような刺繍が目を引く。下はオリーブグリーンのホットパンツに、膝丈のレザーブーツ。
彼女のお腹と喉元には何やら魔術的な紋章が描かれていて、それが目立つような露出の高い扇状的な格好だが、これがダークエルフにとって普通のファッションらしい。
「何とかしてキミを側に置かないと……失敗したなぁ。さっさと助ければよかった」
ヴィヴィが肩を落とす。彼女が彼を探し当てた時には、もうダイアーウルフが飛びかかっていた。もうダメかと思ったらあの炎の拳だ。
タイミングを失い、そもそも今更なんて声を掛ければいいのかわからずウジウジしていたら、アルトスはもう走っていた。
「どうせあのパーティーは空中分解だ。他のところに行く前に引き留めないと。こうなれば女の武器を……いや、ワタシには無理か。背も胸も全然大きくならないんだもんな」
てしてしと頭頂を叩き、慎ましい胸を手で包む。
一五〇センチ程度の体はもう百年くらいしないと伸びないだろう。それがエルフ系譜の長寿族というものだ。
「でもワタシは諦めないぞ。ずっと君みたいなのを探してたんだから」
ヴィヴィはそう言うと、ザッと走り始める。
その様はまるで風のようだった。
次は本日(2021年10月4日)の21:00ちょっと過ぎあたり