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第25話 危なっかしくて見てられない!

 考え無しに突っ走るアルトスの背を追って、ふとヴィヴィは思う。何だかアルトスとはいつもこんな感じだなと。


 隠しスキルを宿したときも、黒い巨人に立ち向かうと思ったときも。モモチとイゾルテの間に入ったときもそうだ。彼は必ず、リスクの高い方を選び自分の全てを投げ出そうとする。危なっかしくて見ていられない事もあるが、不思議と彼は必ずと言っていいほど結果を持ち帰ってきた。


「だからっつってヒヤヒヤするのはいっつもこっちなんだけど!」

「これは毎回なので?」

「そだよ! アンタも慣れといた方がいい!」

「ははあ、それは守りがいのある主でござるな」


 並走するモモチが呑気な事を言っている。心配する人の気も知らないで、とヴィヴィはジト目を向けそうになるが、モモチの顔が妙にキラキラしていた。


「鬼乳女?」

「いえ、主殿は勇敢だなと」

「蛮勇だよ! 騎士か何か知らないけど!」

「しかしながら。誰もが恐れる死地に、()()()()()飛び込んでおられまする」

「!」

「立志のため、欲を満たすため、金のために走るならいざ知らず。算盤も弾かずに命を投げ出す。勇士とはああいうものではござらんか?」


 モモチのいう通りだとヴィヴィは思う。というより、最初から解っている。だからこそ、排他的な性格のダークエルフである自分が、十数年ぶりに腹を割って話せるようになったのだから。


「あのお方は良い殿になりまする。さすれば拙者はその右腕。うふふ、仕える者として至上の喜び」

「アンタはサムライ欲ダダ漏れだな!」

「元より御首を並べるか、良い主につくかしかサムライにはござらぬからなぁ」


 こっちもこっちで清々しいほどの我欲に塗れているなと感心するヴィヴィ。自分も何が何でもエリクサーを手にするというその一心で――今こそ、追う背を独占しようとするムラっけはあるが――こんなカビくさいダンジョンに入り浸っているのだ。


 何だかエリクサーを探すまでずっとこんな感じなのかな、と思いつつヴィヴィは走る。


 第二階層は確かに狭いとは言えそれは比較したらの話。さっきから猛烈な勢いで監獄を下る一行だが、まだまだ底までは遠かった。下からは轟音が鳴り響き、苦悶の声が聞こえてくる。どうやらかなり苦戦しているらしい。


 その声を聞いたアルトスは足を止め、バルコニーから下を見る。やがてひとしずく汗を頬に流すと、彼はとんでもない行動に出た。


「ああもう! 言わんこっちゃない! 兄さん!」


 何を血迷ったのか。キマイラが暴れる地上ホール目掛けて、アルトスがバルコニーの腐りかけた柵に手を伸ばすと、そのままバッと飛び降りてしまった。五階建ての中で今走っているのは三階のあたり。着地魔法でもなければ確実に怪我をする高さだ。


「だああ! アルトス! 何してんの!!」

「なるほど、考えましたな主殿! ご一緒いたしますぞぉ!」


 ツインテールの髪を逆立てるヴィヴィを尻目に、「お先に!」と柵から飛び降りてゆくモモチ。笑って主を追う姿は忠犬、いや狂犬のそれに近かった。


「このバカ二人! 何考えてんだ!」


 バルコニーから身を乗り出して下を見る。だが、彼らの飛び込んだ場所を見て「あっ」と気づくヴィヴィ。わずかに地団駄を踏むと、彼女は腰の鞄から薬瓶を取り出す。ボウガンに装填されたボルトの先にちょいちょいと塗るのはいかにも「毒ですよ!」と言わんばかりの紫色の液体だった。


 ★


 アルトスたちが慌てて走っている丁度その頃。カイはキマイラと対峙していた。


「隊長様! お引きを! 防陣の後ろへ!」

「否。元より何が前にいても引くつもりはない」


 カイはそう言って鞘から氷剣ホワイトブレイズを抜く。アルトスの剣とほぼ同じデザインながら、こちらはやや細く炎剣ファイアブレイズよりも十五センチほど長い。一般的にロングソード、或いはバスタードソードに分類されるそれは対人、対モンスター戦に置いて強力無比な武器。ただし、剣は長ければ長いほどに使い手の技量に左右される。


 カイはスッと剣を天井へと向け掲げるように構えると、柄を高く上げたまま剣を寝かし、切先をキマイラの顔よりやや下に向けた。まるで雄牛がツノを突き出し、突撃を今かと身構えているような構え方だ。


「カストゥス家には対モンスター剣術が伝わっている。たとえキマイラとて――」


 咆哮。そして、キマイラが動き出す。眼前に立ちはだかり、逃げもしない彼を敵と認識したようだ。


 キマイラが後ろ足で立ち上がり、グオオと右前足を振りかぶる。体長十メートルを超える怪物が振るうそれは破城槌の一撃に等しい。並の冒険者ならそれだけで腰を抜かし、数秒後にやってくる無惨な結果を受け入れる。が、カイはずっと構えたままだった。


「臆すると思ったか! ぬん!」


 振りかぶった爪がカイに襲いかかる。カイはギリギリまでそれを待つと、着弾直前に剣を振り、頭上で半円を描く。


 月の縁をなぞるような剣閃が、キマイラの前脚を捕らえた。ヒパッ! と風を切る音とともに飛んだのは、キマイラの前足の小指。しかも手にする氷剣ホワイトブレイズが彼の剣気に呼応したのか、断面がビシッと凍った。


 続いてカイは回した剣を大上段に構えると、軌道の逸れた前足に叩きつけるような縦一閃を放つ。


 ゴッ! という音が響き渡る。切先が骨に達した音だ。切断とまではいかないが、相当の痛みを与えたようで、流石のキマイラも怯み小さな悲鳴をあげていた。


「貰った!」


 カイが脚を踏み出す。静かで、まるで水面を滑るアメンボのような踏み込み。だが氷剣ホワイトブレイズの切先はどんどんと殺気を孕んでゆく。


 怯むキマイラの眼前に真っ向から迫るカイ。振り下ろした剣を横に構え、あらん限りの横薙ぎを放とうとする。その狙い目は、獅子の顔の目だ。


 が、今に剣が放たれとうとした、その時。キマイラの獅子の顔がニヤリと笑った。


「!」


 ヒィィィンと甲高い音がする。カイが頭上を向くと、キマイラの山羊の口元に巨大な魔法陣が生まれていた。


「隊長様!」

「狼狽えるな! 牽制射撃!」


 カイがバッと横に飛び、カイがいた空間を獅子の左前足の攻撃が虚空を薙いだ後。ヒュッ! と風を切るのは、防陣の背後でクロスボウを構えていた隊員の射撃。対モンスター用のボルトが次々に飛来。キマイラに直撃する。


「……何だと」


 カイが立ち上がり剣を向けると、キマイラの獅子の顔がブルブルと顔を振り、突き刺さったはずのボルトを払う。山羊の顔に展開された魔法陣はどんどんと魔力を練り上げている。


「散開陣! 対合成獣攻勢、挟撃!」


 カイが手を横に振るい号令をかける。すると隊員たちは弾かれたように防陣を解き、二つのグループに分かれてキマイラを取り囲む。


「第一陣、攻撃!」


 号令を待つでもなく、キマイラの右翼に展開していたグループが剣を掲げて突進する。甲高い声をあげて突撃する彼らに、流石のキマイラもカイから向き直る。その様子に、カイはフンと鼻を鳴らす。


「やはり大きいだけのただの獣か。第二陣!」


 カイの号令に、キマイラの背後をとった第二班が同じく突撃する。息つかせぬ挟撃。これで決まったかとカイは口角を上げるが、ここに来てキマイラが思わぬ反撃を見せる。


「ジャアアアアアアア!」


 尾の大蛇が突如、獅子の顔と山羊の顔とは反対方向を見た。つまり、第二陣の眼前に立ちはだかったのだ。


 第二陣はそれでも突撃を止めないが、大蛇の思惑に気付いたカイが「中止! 防陣!」の号令をかける。


 だが号令は間に合わなかった。大蛇は鞭のように体を使い、第二陣たちを薙ぎ払った。ガガガガン! という鉄のひしゃげる音が監獄の階層に響き渡り、勢い余った大蛇の身体が石柱を砕く。


「がああああああああ!」

「うあああああ!」


 まさかと、カイは目を見開く。本来ああいう合成獣と呼ばれるモンスター達は多角的な攻撃に弱いはずだ。コカトリスのような巨大な体に蛇の尾を持つモンスターも、アンフィスバエナのように尾にも顔がある人食いオオトカゲもすべからく挟撃に弱い。何故なら判断しうる脳が独立しているが故に、大混乱に陥るからだ。


 カイの取った判断は正しい。誰でも、たとえ冒険者であっても同じように取り囲むはずだ。だが、相手は怪物中の怪物。たかだか矮小な人間の知恵など跳ね返す力を持っている。


 第一陣を見ると、こちらは攻撃のタイミングを失って獅子の顔に対峙していた。挟撃は同時でないと意味がない。大蛇の首が飛ぶのを前提にした突撃は、何人かがキマイラの前足の餌食となり吹っ飛ばされていた。


 山羊の頭は悠々と魔法を練り上げ、次第に魔法陣からおびただしいほどの鬼火が現れる。炎呪文(ファイア・スペル)の中でも火球(ファイヤーボール)のカテゴリに入る魔法だろうが、一つ一つが小さくとも数で周囲を殲滅する、そういうものなのだろう。


 一瞬で形勢が逆転してしまった。


 これがダンジョンかと唇を噛み締めるカイ。


 ここまで仲間達と血の滲むような訓練を積み、ダンジョンなど取るに足らないものだと思っていた。飛龍種くらいなら並の冒険者よりも首級を取ったその自信が、ガラガラと崩れてゆく。


「――だから何だ。やらせるか!」


 カイが走る。剣を担いで剣気を練り上げる。狙いはキマイラの死角になりうる脇腹。呼応した氷剣ホワイトブレイズがシュウウと空気中の水分を凍らせて、その刀身は剣というよりも棍棒、いや氷柱のようになる。相当な重さになるだろうが、カイは歯を食いしばって尚も走る。


「隊長様! ダメです!」

「我らの事よりも御身を!」

「私の命よりお前達だ! こっちを向け化け物!」


 後数歩でキマイラの脇を砕く、その時。やはり大蛇がグワッと目の前に現れて、人を飲み込むほどの大口を開けた。


 隊員たちから悲鳴が上がる。カイも死を感じる。しかし彼もまた騎士。一度抜いた剣は守るべき矜持を全うするまで納まることは無い。カイの振り抜いた一撃が大蛇の頭を砕くか、大蛇の噛みつきが速いのか。


 刹那の躊躇いが死を呼び込む。


 一つの運命が結末を迎える――誰もがそう思った、瞬間だった。





「モモチ!」

「心得てござる!」





 声が聞こえた。続いて、ゾワっとする程の力の圧を感じた。それはキマイラの大蛇も同じようで、ビクリと怯えの色を見せる。やがてカイに興味を失い急激に引っ込むと、何かに備えるように天を向いていた。


 聞こえてきた声に、カイは聞き覚えがあった。ふと背後を振り返ってみたが、監獄上層から地上ホールに続く階段には人影がない。


 一体どこから――と、カイは大蛇の顔の向きにハッとした。


「まさか……上か!」


 天を見たカイの目に、まるで箒星のように光を纏うアルトスの姿があった。

次は2021年11月8日月曜日の午後9時。リアタイで書くの大変ですね(´・ω・`)

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