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第24話 怪物中の怪物

 アルトスが兄であるカイと再会したちょうどその時。新たにパーティーを組んだエリック達は第二階層から第三階層へと続く階段を下りていた。スタートダッシュ勢の一番先頭にいたエリック達はそのまま初心者を押しのけるようにして進み、今や一番ダンジョンを進んでいるパーティーであった。


「ったく。第二階層とはいえこんなに時間がかかるたぁな。腕自慢が聞いて呆れるぜ」


 ギドが聞こえるような声で言うと、先頭を歩いていた斥候(スカウト)の男がジロリと睨んできた。革鎧に身を包み、大型ナイフを逆手で握る男はギドより少し上くらいの年。最近この『竜の口』にやって来て情報収集をしている最中、パメラに引き込まれてエリック達のパーティーメンバーとなった。


 最初こそ雰囲気が良いと思っていたが、隊長であるエリックは平然と無茶なことを言い、戦士(ウォーリア)であるギドは嫌みを言い続ける。紅一点のパメラは特にこちらに関わろうとしなかった。同じく街の入り口でスカウトされたドワーフの戦士(ウォーリア)の青年などは、先程からギドとギスギスしている。腕はドワーフ族らしく豪快な戦い方で頼りになるが、とにかくギドと険悪だった。


 斥候の男はそろそろ我慢の限界だと振り向き、ギドに詰め寄る。


「なんだよてめェ、無能のくせに文句あんのかよ」

「黙って聞いていれば。お前戦士(ウォーリア)のくせに何様だ? お前もそんなに役立ってないが?」

「あぁ? 前のヤツはガキのくせにもっと早く罠解除も警戒もしてたぞ。いい年こいて何やってんだ」

「ギド。まだ組んだばかりなんだぞ」


 割り込んで仲裁するのはエリックだった。だがギドのイライラは止まらない。


「誰もすぐパーティーに馴染む事なんてできない。前のメンバーのことは忘れろ」

「何言ってんだ隊長サマ。アンタだって思ってるだろう。遅いってな」

「いい加減にしろ!」


 吠えたのはドワーフの戦士だった。


「この人間の戦士(ウォーリア)は傲慢が過ぎる。大の大人がネチネチネチネチと聞いてられんわ! そこの斥候(スカウト)はよくやっている。なのにこれだ。やってられん」

「なんだドワーフ野郎。お前こそ役立たずのくせにデカい顔しやがって」

「じゃあ言わせて貰うがな人間。貴様は物語の主人公か何かと勘違いしてるのか?」

「何ぃ!?」

「まるで加護があるような無茶な戦いをする。お前がモンスターの中に割って入って生きながらえるのは、その頑丈な鎧と周りのサポートがあってこそだ。お前の背に斬りかかるコボルトを何匹斧の錆にしたか教えてやろうか?」

「上等だこの野郎」

「ギド、もうやめてよ!」


 パメラの声にチッと舌打ちをするギド。エリックはすかさずエルフの戦士にフォローを入れるが、プライドの高いエルフは頑として自分の主張を崩そうとしない。四、五分ほど口論が続くと、黙って階段を上っていってしまった。


「ったく。使えねえヤツほど吠えやがる」

「それはお前のことか?」


 斥候(スカウト)の男が食ってかかる。ギドは青筋を立てて詰め寄るが、今度こそ怒ったエリックは怒鳴り、一応その場は収まった。


「くそ。なんてことだ」


 エリックは額を手に当てて深いため息をついていた。ギドとパメラの連れてきた人材は間違いなく、抜けた二人を補填するだけの力を持っていると思っていた。だがここに来て、まさかアルトスとヴィヴィの有能さを実感するなどとは思いも寄らなかった。


 アルトスはギドの言葉を上手に流して、かつ最高の一撃を丁度良いタイミングで放っていた。まるで全体を俯瞰するかのように、足りないところを埋め合わせるようにだ。ヴィヴィにいたっては彼女が当たり前にやっていたことが実はかなり高度なテクニックだったと実感する。いや、あまりにも高度過ぎてそれが普通であると甘えてしまったのか。


 切る方を見誤ったかとエリックは今更ながらに思った。だが、剣を振れない剣士と口が悪いが有能な戦士(ウォーリア)と言われて、後者を取る方が当たり前だ。自分の判断以上の事が起きている。エリックはそう無理矢理納得した。


「……一人離脱は仕方ないが、このまま進む」

「おい、流石にチーム編成を考えるべきじゃあないのか。背後を任せる戦士(ウォーリア)が一人減ったんだぞ」


 斥候(スカウト)の男がもっともな事を言うがエリックは首を振る。


「いいや、まだ誰も損耗していない。君がフロアをよく警戒してくれたお陰だ」


 場を取り持つための仮面もそろそろ限界に近い。エリックの言葉は柔らかいが、斥候(スカウト)の男の目はやや冷ややかだ。


「それは仕事だからだ。しかし聞く話によると、この先がダンジョン変動の起点になったらしいな? これ以上のスピードを求められたら、俺も引き上げる」

「そんな事にはならないさ。ギド、お前も大人になれ」


 へいへい、とギドは適当に答える。パメラはなんとも微妙な表情で、速くもどう乗り換えようかと思案しているようだ。


 エリックが功名心を焦るばかりに、ギルドマスターの忠告を無視したのは致命的だった。どんなに力があろうとも、それがたとえ集団だったとしてもタダの個の集まりではソロと同じ。彼らは着実に、ダンジョンの闇へと歩を進めていた。


 

「シッ!」


 刃風が鳴り、なぎ払うような一閃。鶯色の鞘から放たれたのは渾身の一撃だった。


 声もする間もなく、目の前のコボルト達が三人同時に胸を切り裂かれている。モモチの放った斬撃は片腕を伸ばした遠間からの一撃。そして返す刃を脇に抱えると、そのままダン! と踏み込む。数を頼りにしていたコボルトのグループは速くも崩れ、モモチの間合いに入った途端にその首が胴から離れていた。


「うっわすっご。ぴょんぴょん首飛んでんじゃん。見たアルトス?」

「う、うん。東の国系の職業はただの攻撃が即死ってよく聞くけど……あんなの見たこと無い」


 嬉々として大暴れするモモチの背を、アルトスとヴィヴィはポカーンと見ていた。


 調査隊がズカズカとダンジョンに潜った後、すぐにアルトス達も後を追おうと思ったがギルドの職員に止められた。聞くとスタートダッシュの日に限り、冒険者は必ず帳簿に名前を入れて入出記録を取っているそうだ。これは特命冒険者も例に漏れずということで長い列を並んで小一時間。ようやくダンジョンに入ることができた。


 アルトスとヴィヴィは待つのには慣れていたが、モモチはどうやらこういう待機時間が苦手のようで、先程からモンスターの一群を見かけては鬱憤を晴らすが如く、ほぼ奇襲に近い先制攻撃をしかけている。三尺三寸、要するに刃渡り一メートルはある大太刀を枯れ枝のように振るう姿はまさに鬼神のよう。アルトス達が望んだ人材だが、これほど苛烈だとは思ってもいなかった。


「ヒ、ヒイ! なんだコイツは!」

「に、逃げ……ギャッ!」


 面白いように首が、腕が、脚が飛んでゆく。それでいてモモチの体術はまるで舞のよう。美しさを兼ね備えたその動きは、多分今まで組んだパーティーたちをことごとくドン引きさせていたのだろうなと二人は思う。


「はっはー! どうしたどうした! ここの者は女一人も止められぬか!」

「モモチ、ステイ! も、もう戦意無さそうだって!」


 アルトスがそう言うと、モモチがピタッと剣を止める。即座にビュッと血を払って刀を納めると、「主殿! 見ててくれましたか!」とニコニコ顔ですり寄ってくる。それを好機と見たのか、すっかり戦意の喪失したコボルトのグループは一目散に逃げ、恐らく漁夫の利を狙っていたであろう肉食スライムも壁の端っこで「ぼくは悪いスライムじゃないよ!」と縮こまっていた。


「見て下さいましたか主殿! これぞ大太刀の闘法なれば。お役に立てました? 立てましたかな?」

「た、立ったよ! 立ったから顔拭いて! めっちゃ血がついてるから!」


 アルトスがそう言ってハンカチでモモチの頬を拭く。やはり男と女というよりも、主と忠犬と言った様子。最初こそ、今朝のことでまだモモチにヘイトを向けていたヴィヴィだが、モモチの本質に気づき一周回って慣れ始めていた。


「しかし拍子抜けでございますな。ダンジョン変動と聞きましたから、もう少し変わった事をしてくるかと思いましたが。先日主殿に聞いた迷宮とさほど変わりませぬ」

「一階は変動してないんだね。多分二階もそう。変わるとしたら、三階からだと思う」


 三階は黒い巨人との戦いでかなりズタズタな状態なので、変わるとしたらそこだ。そこから先はまさに未知のエリアとなり、情報が金になる場所でもある。


「これから地図の押し売りがあっても無視。いいね? アルトスとか買っちゃいそうで心配だから」

「ヴィヴィ、いくら僕でもそんな間抜けしないけど……」

「ご安心下され! 不埒な輩は斬り捨ててご覧にいれます故!」


 いやそれじゃ殺人だから、とツッコミを入れる二人。


 緊張感があるのか無いのか、彼らはそのままスムーズに第一階層を下り、第二階層へと到着する。


 第二階層は相変わらず監獄(ジェイル)の階層。いつもなら静寂に包まれ、ひたりひたりと歩く仮面のゴブリンの足音が響くだけだが今日ばかりは違っていた。狭く縦に長いだからか、あちこちから剣戟の音が聞こえてくる。仮面のゴブリンに追いかけられたり逆に追いかけたり、亡霊達は魔術師(マージ)の魔法をヒラリヒラリと躱したり、躱しきれなかったら花火のように爆散したりと大乱闘になっていた。


「何これ。こんなに賑やかだったっけ?」

「スタートダッシュだよアルトス。団子状態になった初心者から中級者達だね」

「はぁ。まるで戦場のようでござるなぁ」


 つまり冒険者の渋滞というわけだ。考えてみればどんな街でも中級者くらいが一番人口が多い。中級者が来慣れている二階から三階がこうなることは予想がつく。


 監獄のバルコニーから見下ろしてみると、底でも乱闘が繰り広げられている。ここまで入り乱れていると同士討ちが心配だ。


「あ、ほら見てアルトス。あそこ!」


 ヴィヴィの指差す先はピシッと隊列を組んで歩くカイたちの姿。何匹かゴブリン達が飛びかかるも、カイは目にも留まらぬ抜刀術でゴブリンを真っ二つにしている。バケツ頭の騎士団達もよく見れば周囲を十分警戒し、飛びかからんとする者には容赦なく斬り捨てていた。その技はアルトスの目を以てしても無駄がなく、一人一人がカイのような計算された太刀筋だった。


「カイ兄さんらしい。昔からロングソード術の師範だったんだ。あのバケツ頭の人達もそうとうしごかれたんじゃないかな」


 ぶるり、と震えたアルトスが両腕を掴む。


「凄まじい剣ですな。情を捨て理のみが血華を咲かす。戦場では会いたくない手合いでござる」

「いいことじゃない。ワタシ達が助ける手間が省けるからね」

「そう願いたいけどね」


 と、三人が調査隊を見届けていると、不意にカイが足を止めた。そしてサッと手を振ると、バケツ頭達が次々にカイの正面に並び防陣のようなものを作った。


 それを機に、周囲の剣戟の音がピタッと止まる。不思議に思ってアルトスが見回すと、亡霊も、そして仮面のゴブリン達も一目散に逃げてゆく。そこら中で戦っていた冒険者達は面を食らったようで、「おい何だ?」「さぁ?」と首を傾げていた。


 次第に、ズシン、ズシンと音が響き渡る。それが第三階層へと続く階段から聞こえてきたと思ったその時、突然けたたましい咆吼が響き渡る。


「え、ちょっと嘘でしょ。何でアレがこんな所に!?」


 ヴィヴィが口元を押さえる。アルトスも、そして脇に控えていたモモチも息を呑む。現れたのは巨大な獅子の頭と体に、その背にあるのは山羊の顔。尻尾は大蛇になった、体長十メートルはあろうかという巨大な異形の怪物。


 冒険者なら誰もが知り、上位冒険者達なら討伐即ち武勇伝にすらなるモンスター中のモンスター。


 多くの場合は最下層をうろつき、時にはダンジョンの主になり得るという其の名はーー


「「「キマイラだ!!」」」


 三重に重なった咆吼が、監獄をビリビリと揺さぶる。唐突に現れた伝説級の怪物。どうして、何でと三人も周囲の冒険者達も口々に言うが、冷静に考えれば理由は一つしか無い。


「……最下層級の階層が、変動で三階に繋がっているってこと……?」


 しかも律儀に階層の棲み分けを遵守するモンスターが、第二階層まで上がってきている。前例の無い出来事だ。当然のように周囲はパニックになり、経験の浅い冒険者達は一目散に逃げ始める。


 冒険者達が次々と逃げてゆく中、カイはなんと立ち向かう気でいる。流石に足並みが乱れたバケツ頭達。しかしカイは大喝すると、自ら防陣を割ってキマイラに立ち塞がった。


「む、無茶だ兄さん!」

「アルトス!」

「主殿!」


 二人の静止も聞かず、アルトスは駆け出し始めた。

次は2021年11月5日の午後9時。ストック尽きちゃった(´・ω・`)

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