第19話 押しかけサムライ
「あの」
二人の間に立ったアルトス。怖くて膝が震えていたが、誰もそれを笑う者はいない。
「おぉ~お? アルトス、やっと闘ってくれるのぉ? この鬼っ娘良い筋してっけどさぁ、アルトスには及ばなそうなんだよねぇ」
「くっ……下がった方が良いでござるよ少年。その者、ただ者じゃないでござる」
「そこまでにしませんか。お二人とも刃抜いてないだけで殺しあいになってるし」
「なら私とぉ、闘ってくれるゥ?」
「いや、それはちょっと……あのさイゾルテ、僕、君が思ってるより強くないと思う。レベルだって二〇をちょっと越えたくらいだし」
そう言うと、イゾルテはぷっと吹き出してカラカラ笑う。だがすぐに目の輝きが増すと、手にする大剣を肩に担いだ。
「うーそーつーきー。君強いの知ってんだかンね!」
ダッ! と床を跳んだ音と同時に、もうイゾルテが眼前に迫っていた。
アルトスは「速ッ!」と驚きながらも、何故か体が反応してイゾルテの一撃を躱す。首を引っ込めたその上に、大剣の鞘が通過した。
アルトスは自分自身の超反応に驚く。手加減をしてくれたのかとも思えた。イゾルテの異常な踏み込みはさておき、太刀筋がちゃんと見えたのだ。
「ほーらやっぱり! そんなン、レベル二〇の体捌きじゃないよ!」
歓喜に似た声と共に、今度は頭上から落ちてくるような殺気がする。アルトスは左足を軸に体を引くと、頭があった場所を大剣が通過した。
恐るべき剣だと、アルトスは冷や汗をかく。眼前で横薙ぎの一閃をしたかと思いきや、空中で体を捻って回転、遠心力を乗せて縦一閃に切り下げるなど。一体どんな体幹ならそんな事ができるのだろうか。
しかもギラッギラな笑顔を向けて、ハァハァと息が荒い。夢に出てきそうだ。刃風よりもこっちの方が怖かった。
冗談はさておいて。
これは、次の剣を打たせたら死んでしまう。
死神の鎌を首にあてられたような気分になったアルトスは、仕方がないと拳を突き出した。
瞬間、右手が燃える。スキルによる炎の拳。込める力を気持ち弱くしたが、それでも拳の熱は相当なもの。熱波が二人の間に巻き起こる。
「!?」
スタッと着地したイゾルテは度肝を抜かれたようで、三の太刀を中止。立ち上がり様に逆袈裟へ振り抜こうとした剣から手を離し、「あぶね!」と頭を手で押さえながらしゃがみ込んだ。
当然アルトスは彼女の顔を打ち抜くつもりも無かったし、単純に驚かせるつもりだった。
剣の戦いでいきなり拳から炎が出たならビックリするはず。イゾルテは並の剣士ではないからこそ、未知なるものに警戒する。その読みは当たっていた。
イゾルテがリボンを押さえたその頭上を、緋色の拳が一閃する。フック気味に放った炎拳は、ブォッ! と炎の軌跡を描いていた。
その炎に驚いたのはイゾルテだけではなかった。周囲も目を丸くして口をあんぐり開けている。
炎が舞い上がり、スッと虚空へと消えると、暫く静寂が冒険者ギルドを包む。なんだか恥ずかしくなってきたアルトスだが、ここで一番に声を上げたのはイゾルテだった。
「!?!?!? な、何それ。なーにそれ!?」
「僕のスキルだよ。ビックリした?」
「したした。すっごーい! え、もっかい! ワンモア!」
イゾルテは元に戻っていた。目は元通りで、顔は少女のそれ。彼女がもう一回とせがむので、アルトスがシュッシュと虚空にジャブを放つ。その軌道に合わせて、炎の軌跡が現れてはフッと消えていた。
イゾルテは「すごいすごい!」と喜んで手を叩く。そして周囲の冒険者はその力に息を呑んでいた。
「それがアルトスの強さの秘密! 炎拳のアルトス! さしずめ『爆炎の拳』ってとこかな!?」
「『爆炎の拳』……」
「や、や、ビックリして闘る気どっかいっちゃった! こんなご馳走は仕切り直さないとね! トリスタン! 今の見た!? あっれトリスタン?」
ぬうっと現れた豹人トリスタンは、頭をコンコンと叩いていた。側でヴィヴィが何やら小瓶を持ってグッと親指を立てている。エルフ印の気付け薬のようだ。
トリスタンは明らかに怒っていた。気を逆立てて、優しい目が一転ギラギラと輝いている。さらにその横にはギルドマスターも並んだ。カンカンといった様子で、その禿頭が湯気だっている。
「あ、あれえ? 二人ともど、どーしたの?」
「どしたの、ではありませんよ。お嬢、ダメっていいましたよね? このオイタは『金の方の』姉御に伝えておきます」
「え”!? ちょっと待ってよ! だ、誰も怪我してないじゃん! ね? 姉ちゃんにだけは!」
急に焦り出すイゾルテ。トリスタンの出した姉御というのは彼女の弱点らしい。
「おめえ自分の立場わかってんのか!? 何度問題起こしたら気が済むんだ!」
ギルドマスターはイゾルテの首根っこを掴んで持ち上げると、ガラスでも割れるかと思うほどの声で怒鳴り散らしていた。
「アルトスが止めに入らなかったらホントにコトだったんだぞ! 冒険者登録剥奪されたいのか!」
「やだー!」
普通なら良くて停止沙汰だが、ギルドマスターはそうもできないのだろう。何故なら彼女はアルトスと同じく特命を帯びた者。ダンジョンを破壊せんとする黒い巨人への数少ない切り札なのだ。
「なら罰としてお前の大好きな書類仕事で勘弁してやる。こい!」
そう言うとサーッと青くなるイゾルテ。急にいやだいやだと駄々をこねはじめる。
「ギャアアアア! 止めて! 文字は嫌いなの! ねえってば! トリスタン!」
「すいません親父さん、たっぷり仕事させてやってください。しばらく缶詰でいいです」
ずるずると引きずられてゆくイゾルテ。大男と豹男二人の腕力には流石に勝てないのか、ぴゃーっと泣く彼女はそのままバックヤードへ連れていかれてしまった。
が、それでも彼女は彼女だった。鼻水を撒き散らしながらも、
「アールートースー! こんどはちゃんとおめかししてから闘ろうねー! 死んじゃだめだよ? 地獄の果てまで追いかけるからね!!」
……とアルトスへのラブコールはやめない。もうダメだこのリリパット。この瞬間だけは、イゾルテ以外の全員が同じ気持ちになっていた。
「いい加減にしろこのバカ! トリスタン! お前も甘やかしすぎだ!」
「すいません。ほんっとにすいません」
やはり嵐のように現れては去って行くイゾルテ達に、アルトスはヘナヘナと膝をつく。
「アルトス大丈夫!?」
「……怖かった。めっちゃ怖かった」
「言わんこっちゃない。甘ちゃんなのはいいけどサ、次は命無いよ?」
ヴィヴィの腕を掴み、アルトスは立ち上がる。プルプルと震えていてみっともないが、それを誰も笑う者はいない。アルトスは猛獣の中に入り込み、怪我無く怪我させること無く場をおさめた。誰でも出来ることではないからだ。
「も、もし! そこのお二方!」
ギルドを出て行こうとする二人に、声をかけたのはモモチだった。
ヤバい、この人のこと忘れていたと身構える二人。彼女はギルドマスターが顔を引きつらせるほどの冒険者で、イゾルテと対峙できる実力者。パーティークラッシャーの異名を持ち、イゾルテに似た価値観を持っているとするならまた事件が起こりそうだ。
もう止めてくれと泣き出しそうになるアルトスだが、彼女の取った行動は意外なものだった。
モモチはいきなりその場所に座ると、深々と礼をした。
それはサムライにとって最上位の礼であるドゲザというもの。初めて見たとアルトスは驚く。
「え!? 何!? 何です!?」
「そのお力に惚れましたあああああああああああ! 主になってくださあああああああああい!」
大声量が冒険者ギルドに響き渡った。
あまりにも突然のことで目が点になるアルトスとヴィヴィ。
理解が追いつかなかった。また因縁だかをつけられて斬りかかられるかと思いきや、まさかのドゲザである。
「拙者! 東国の出のモモチ=アリサカという者! 職業はサムライ! レベルは32! 愛刀は翡翠丸三尺三寸! 好きなものは強い人! ご命令とあらば家事炊事洗濯何でもできまする!」
綺麗な声が響き渡る。なんでこの人こんなに人目を気にしないのだろうか。一周回って凄い人なのではと思考がバグりかけたとき、アルトスは彼女の口にしたレベルに遅れて驚く。
「ちょ、ちょっと待って! レベル32って相当だよ!?」
「あ、あー。そうだね……」
ビックリするアルトスに、この流れはマズいかなと頬をかくヴィヴィ。実は彼女、レベルはけっこう高い。長年パーティーを転々としてコツコツ地道にキャリアを積んで、現在レベルは30である。
このレベル帯になると上位者と呼ばれるようになる。60代もあれば国の将軍レベル。50代は文句無しのギルドランク5の国賓級。40代であれば特命無しにランク4を率いる名の通ったパーティーの長くらい。それを鑑みたら30代というのは中々のものだ。
アルトスはこの前から数えて今24くらいだ。人間族の少年にしては高い方だが、彼にだってプライドくらいあることは知っている。なのでヴィヴィはその辺りをずっと黙っていた。
「是非! 拙者を雇って下さいませんか!」
起き上がり、スリスリと膝立ちで寄ってくるモモチ。バルンバルンと揺れる乳がダイナミックでアルトスは思わず顔を背ける。しかしモモチのアプローチは積極的で、ついにアルトスの手を掴んだ。迫る顔が美人過ぎて逆に怖い。
「是非!」
「い、いやでも! ほ、ほら僕! 僕レベル低いし!」
すり寄ってくるモモチに恐怖したアルトスは、思わず掴まれた左手の手首を叩く。『己の窓』を見せつけて、レベルを見て納得して貰おうとした。
「恥ずかしいんだけど、僕はレベル24なんだ。すごい中途半端でしょ? ギリ中堅くらい。あのスキルだってたまたまだし、僕自身もまだまだなところあるし……」
とにかく諦めて貰いたいその一心でアルトスは左手首を突き出す。そして今更ながら、彼女がパーティークラッシャーの異名を持つことがよく解った。
モモチは全く空気を読まないし、とにかくグイグイ来る。
加えてイゾルテのように強者かどうかをしっかり見極めて、時には剣を振るうとも辞さない。典型的なサムライに、輪をかけて厄介にしたのが彼女。
おまけに超のつく美人で男は軒並み心をかき乱されて、実力も口だけじゃ無く本当に強いのだからたまったものではない。
ならば弱さを見せれば諦めてくれるはず。そう思ったアルトスだが、モモチの目は更に輝き始め、しまいには涙を流し始める。
「おお、なんと……この強さ、主に相応しい! このモモチ、是非とも貴方の元に加わりたい!」
首を傾げるアルトス。そしてにわかに、周囲がざわついていた。
手を握るモモチに若干イラつきつつ、不思議に思ったヴィヴィが回り込むと、彼女は仰天してツインテールの髪を逆立てていた。
「アルトス! ちょっと! どうしたのそれ!?」
「はい?」
「レベル! 『己の窓』を自分に向けて!」
どういうことなのだろうかと首を傾げるアルトス。『己の窓』は半透明で、こちらからでも裏返しで見えるはずなのに。
アルトスは言われるまま『己の窓』を自分の方に向けて……そして、髪を逆立てるほど驚いていた。
次回は2021年10月25日(月)の夜8時