第18話 ド修羅場と騎士道
現れたのは確かにオーガー族、その中でも東方の国に住まうという鬼族。バキバキマッスルなオーガー族とは対照的に、ほっそりとしたシルエットに、額の長い角が二本が特徴的だった。
角の下の顔はヴィヴィの睨んだとおりビックリするほどの美人。目は切れ目で瞳は黒曜石のように黒く、目元の緋色のアイラインは美麗さを更に引き立てていた。身長は一七〇センチを超えていてかなり目立つ。血を洗った布のような桜色の髪を白紐でまとめた髪は、馬の尻尾を思わせた。
着ている服装もサムライ達が好んで着るコソデとハカマというものだが、大分着崩している上に、コソデに至っては純白な記事に真っ赤な花が刺繍されていて派手だ。肩にはオオソデと呼ばれる金属板が連結したような防具と鉄甲をはめている。
腰元には彼らのトレードマークであるカタナ。翡翠色の鞘で、柄も鮫肌の上に真っ黒な紐が締められている。刀身はかなり長く、腰紐に差すのでは無く刃を下にして吊っている。刀身の長さは一〇〇センチほど。サムライ系の冒険者がよく使う大太刀だろうな、とアルトスは思った。
黙っていれば目が覚めるような美人なのに、大股でドカドカ歩いては大きな胸を揺らし、カウンターにつくや開口一番「一番強いヤツと組ませて欲しいでござる!」と叫んでいた。
「ああ、そういう物理的にクラッシュするやつ。イゾルテ系なんだね。展開が目に見えてわかる……見てヴィヴィ、ギルドマスターの顔が引きつってる」
「……アルトス逃げよう。凄い嫌な予感がする」
二人の頭に浮かんできたのは当然、ダンジョン第二階層で出会った狂戦士、白い手のイゾルテの事だった。あの時は特に優秀でストッパーだった豹人がいたからこそかち合うことは無かったが、彼女はソロだ。
何かの間違いで目が合い、アルトスの力を見抜かれたらコトだ。サムライは狂戦士の次に好戦的で、味方である内はとても頼りになるが、彼ら独特の宗教観・価値観に反すると最悪斬られると言われている。
アルトスにとってはサムライも狂戦士もどっこいである。過去にサムライの方と組んだことがあるが、知らないうちにメンバーの一人をぶった切って解散。その次にエリック達に出会ったというわけである。
どうやらヴィヴィの苦い顔を見るに、彼女もサムライにはあまり良い印象を持っていない様子。二人は見合って頷くと、こっそり抜け出しはじめる。
ヴィヴィは流石斥候だからか、人並みを上手に使って出口までアルトスを誘導。アルトスは誰の視界に入らないまま、出口についてホッとした……のもつかの間。ドアノブに手をかけようとしたその瞬間、冒険者ギルドの扉がひとりでに開いた。
「あれ? あれれー! アルトスじゃーん!」
「奇遇だなアルトスとやら。こらお嬢、そんなに飛び跳ねない。はしたないぞ」
目の前に現れたのは、胸元ほどの高さに揺れる赤いリボンと奥に控える紳士然とした豹人。二人は見間違えるはずも無い、このあたりのランキングで一番の冒険者、白い手のイゾルテとその一行であった。
「「キャアアアア出たァアアアアア!!」」
ほぼ同時にハモりながら叫ぶアルトスとヴィヴィ。それを聞いて、冒険者ギルドにいた冒険者や職員達が一斉にこちらを見た。
「なーによ人をオバケみたいに」
「お嬢、あんな出会いがあればそうなりますぜ……お、アルトス、君は」
豹人のトリスタンが目ざとくピンバッジを見つけた。イゾルテもすぐに理解したようで、大きくこぼれ落ちそうな目をキラキラさせている。
「え!? 何!? そゆこと! ほらやっぱりトリスタン! アルトスって強いって!」
「左様で。ピンバッジは本物の証ですからね」
「でしょ! でしょう?! だからさぁ~……」
ヒッと小さく悲鳴を上げるアルトスとヴィヴィ。イゾルテの目がドンドン黒くなってゆく。狂戦士特有の『狂化』への入り方だ。
「私、我慢できなぁい」
背後の冒険者達が腰を抜かしているのが解る。そのくらい、イゾルテの気迫は凄まじかった。
「どどどどどどうしようヴィヴィ!?」
「ワタシに聞かないで! ちょ、止めてよ! ここ冒険者ギルドだよ!?」
「なぁ、決闘しようや」
もうダメである。耳に入っていない様子だ。
「トリスタンさん!」
「ほーらお嬢ダメですって……はごぅ!?」
トリスタンがイゾルテを抱えようとしたその瞬間、ちっこいイゾルテがいきなりその場で急回転。腰の入った後ろ回し蹴りがトリスタンの顎にクリーンヒットする。一八〇センチ以上ある豹男のトリスタンはそのままビターンと倒れてしまった。
「と、トリスタンさーん!!」
「ちょっとお供の人たち! この変態リボン止めてよ!」
とは言うが、トリスタンが倒されて背後のお供たちは「ムリッス」と早々に白旗。イゾルテはというと、もう柄に手をかけ始めている。
「ギルドマスター助けて!」
「おいバカ! もう暴れないって約束しただろ! イゾルテおい!」
「はぁぁぁぁ……アルトスしゅきぃ……ぜったい強いもぉん……」
「……は? 今ワタシのを好きっていったかこの変態リボン」
ヴィヴィがいきなりブチ切れた。
いつの間にか腰元のボウガンを引き抜き、木目調金属のナイフを構え始める。
「ヴィヴィちゃんは引っ込んでてぇ……ああでもぉ、両方もいいかもぉ」
「アルトスどいて。いくら狂戦士だからってコイツなら……」
そう言ってヴィヴィが取り出したのは紫色の薬瓶。それ絶対劇薬だし奥の手だよねとアルトスが言う前に、ヴィヴィは矢の先に塗り始める。
「お、おぉ!? どうやら強者のようでござるなご両人! 拙者を仲間に入れてもらえませんか!?」
こんな時に空気を読まなかったのは鬼族のモモチなるサムライだった。周囲は「あーもーメチャクチャだよ」とため息がそこら中から聞こえてくる。そんなのはお構いなしに美人鬼はやはりズカズカと修羅場に入り込んでくる。
「やぁやぁ拙者は東国の……」
「るせえ! 今いいとこなんだ!」
ヴィヴィが反応するより先に、イゾルテが動いた。飛翔魔法でも展開したかのような跳躍。あっという間にモモチの眼前に飛ぶと、そのまま鞘つきの大剣を振り下ろす。
鞘つきとて大剣。頭蓋が割られるかと誰もが思ったが――ガキィィィン、と。モモチはどうやったのか吊っていたカタナを鞘ごと引き抜き、払うようにしてイゾルテの豪剣を受けていた。
「受け止めただと!? あの狂戦士の剣をか!」
「あの鬼族の娘相当な使い手だ。が、相手が悪すぎる」
「扱いづらい大太刀であんなに速く。その上美人だと。パーティークラッシャーでなければ引き入れたかった……」
「やめとけ。とびっきりの美人はそのまま地雷だ。ああいうのは見るだけでいい」
イゾルテの剣を受けた、というだけで熟練の戦士たちが唸っていた。アルトスも同じだ。一撃でダメになるかと思った。そのくらいの踏み込みだったのだ。
察するにあのモモチというサムライのレベルはかなり高い。アルトスが僅かに、その剣の冴えに嫉妬する程だ。仲間に引き入れれば相当な戦力になるだろう。なるだろうが、トラブルが目に見えているのが惜しい。
「へえ?」
「お見事な太刀筋! 相当の強者とお見受けします」
モモチは涼やかな声で言うが、顔つきが変わっていた。
イゾルテとモモチは大きく間合いを開けると、二人とも鞘のまま剣を構える。
即座に二人は再衝突して、一合、二合と剣がカチ合う。ガキィィィインという音が響き渡り、ビリビリと衝撃が伝わってくる。体格差からモモチが有利と思いきや、驚くことに小さなイゾルテの方が押している。
「くっふっふ。まぁ、前菜にはいいんじゃなあい?」
べろりと大剣を舐めるイゾルテ。覇気が完全に魔王のそれである。対するモモチの頬には汗がしたたる。
「なんという剣気。鞘越しに死が見える。是非、拙者を仲間に入れてくれませぬか?」
「やーだよーだ。アルトスとったから」
べーっと舌を突き出すイゾルテ。しかし尚も目は狂を帯びている。
「……でしょうな。剣から伝わってくる。拙者を斬ると」
「あら人聞きの悪い。あくまで鞘だよ鞘。でもぉ、割り込んだんだからぁ、痛い目みてもらわないとねぇ」
そう言うと二人が再び間合いを詰め、剣を振る。
ガキィィィインと三合目。
ギリギリギリ、と鞘越しに刃と刃が軋み合う音。
だがここにきて明確な差が出始める。長身であるはずのモモチの体が少しずつ押され、崩れてゆく。対してイゾルテの笑みは魔物じみたものになり、その闘気はどんどん練り上がってゆく。
「ぐっ! これは……!」
「ママに教わらなかったぁ? 割り込みはぁ、死刑だってェ」
やはり死刑なんだ、と周囲はドン引き。このままではモモチが斬られる事は目に見えている。鞘で斬られるというのは変だが、それも可能だと思わせるイゾルテの腕はハンパではない。ギルドマスターも真顔になって武器を取りに行く始末だ。
最早冒険者ギルドのフロアは戦場のような有様。流石のヴィヴィも正気に戻ったようで、ここぞとばかりにアルトスの袖を引っ張る。
「チャンスだ。変態リボンのヘイトがあっち向いた! アルトス、逃げるよ! ……アルトス?」
「……」
アルトスは黙って二人を見ていた。その横顔を見てヴィヴィは心臓が跳ねる。彼の顔は怯えた顔ではなく、あの黒い巨人に対峙した時と同じ顔だったからだ。
「どしたのアルトス!?」
「あの二人、ほっといていいのかな」
「あたりまえでしょ! 浮かれポンチが二人喧嘩してるだけだよ!」
「でも、このままじゃ不幸な結果になる」
アルトスとて元剣士。その腕前はすぐに解る。モモチも相当だが、イゾルテは格が違った。
ハッキリ言えば、あと数合でモモチの頭蓋が割られる。それを解っているからだろう。ギルドマスターがいよいよ鞘から剣を抜いた。職員たちも武器を手にしている。
さらなる大事になるかもしれない。他の冒険者達は壁に背を当てて二人の行く末を見守っていた。
誰も止めない。止めようとしない。怖いから。当たり前だ。猛獣の喧嘩を止めるバカがどこにいる?
――だが、アルトスは違うようだ。
「止めよう」
「何で!?」
「これ、やり過ぎてどっちか罰を受けたら寝覚めが悪くないかな」
「いいじゃんそんなの! ワタシ達に累が及ばなければ!」
「それじゃ、なんかエリックと同じじゃない?」
「へ!?」
「もう僕、関わっちゃったし……」
アルトスもまた、喧嘩沙汰で因縁じみた口実をつけられ追放された身。あの時自分で喧嘩を買った手前偉そうな事は言えないが、今イゾルテもモモチもどちらも同じような境遇になるのかもしれないと考えると胸が痛んだようだ。
アルトスだって理解している。二人を止める義理は無いし、ヴィヴィの方が絶対に正しい。だが、今暴走しているイゾルテに冷や水を打てる可能性があるのは自分しかいない。
イゾルテはアルトスに興味がある。話し合いは無理だが、モモチなる鬼の女性が斬られる事は少なくとも無くなるはずだ。
誰もできないなら、自分が手を伸ばす。それが彼の中にある騎士道の芯。姉のために幻と言われたエリクサーを求めて旅をしたのも、黒い巨人に対峙したのも、ヴィヴィに誓いを立てたのもすべてそれが芯にあるからだ。
誰かがやらない、誰もできないなら、自分がやる。
ここで目を伏せたなら騎士に非ず。
エリックのように利益だけを求め自分では手を汚さない外道と同じである――と、アルトスの胸の中がそう言っている。半分トラウマから来る衝動で、冒険者としてはあまりにも軽率で幼稚とも言える事かもしれないが、それでも。
「もしかして、このまま去るのは騎士道に反するとか……アルトスそう思ってる?」
「うん……」
「騎士の家から出てきたって言ったじゃん!」
「でも」
ヴィヴィは顔を手で覆った。ここにきて騎士の一分がアルトスを揺さぶるなどとは。
「ごめんヴィヴィ」
「あ、ちょっとアルトス!」
ヴィヴィが止めるも空しく、アルトスは対峙する二人の間へと向かっていった。
次回は2021年10月22日(金)の夜8時頃




