第14話 ペンドラゴン
ニヤニヤとアルトスの顔をのぞいているのはギルドマスターだった。
「ち、違うんです。ヴィヴィがピッタリくっついてくるだけで」
アルトスは顔真っ赤にしてそう言うが、ヴィヴィは「何のことやら」と顔を逸らす。しかしアルトスの見えないところで「計画通り」とばかりに口角を上げていた。
「まあそういう事にしといてやる。ただ忠告しておくぞアルトス。エルフ族は嫉……愛が深いからな。そこのとこだけは胆に命じておけ」
何の話です! という前にギルドマスターが背後の人を呼ぶ。続いて入ってきたのは身なりの良い軍人だった。真っ赤なロングジャケットを着て胸章バッジを見るに騎士団。初老で顔は威厳溢れる顔。銀縁の丸眼鏡が渋い老兵といったところだ。
「いきなり呼び出して悪かったな。こちらは王都騎士団、第三二連隊の隊長様だ」
「バルガス=フォートという。よろしく」
バルガス隊長は目礼すると、静かに座った。アルトスは思わず背筋が伸びる。騎士団の隊長と言えばそれなりの武家の出のはずだが、それだけではない強者の圧が出ている。
何故騎士団の長が、と怯えているとバルガス隊長はニコリと微笑む。
「そんなに緊張しなくてもいい。どちらかと言えば、私の方が緊張しているがな」
「隊長様がですか?」
「当たり前だろう。私の予想が正しければ……貴公はアルトス=『ペンドラゴン』=カストゥス卿。そうだろう?」
そう言われて、アルトスの顔が強ばる。
ヴィヴィはというと「ペンドラゴン?」とこてんと首を傾げていた。
「やはり。登録証を見せて貰ったとき、まさかとは思ったがな。その剣は炎剣ファイアブレイズ。私はそれがカストゥス家の宝剣であることを知っている」
アルトスはいよいよ汗が噴き出してきたが、バルガス隊長は「安心しろ、口外はしない」とハッキリと言った。
「父と知り合いですか?」
「貴公の兄の方だ。私は聖女が眠る大聖堂の落成式に出たことがある」
「そうですか……僕はもう勘当されています。関わりはありません」
「だが貴公の姉上は聖剣を抜き、世界の騎士であり聖女となった。貴公はその弟君。私に敬意を払うと同じように、私も敬意を払う。それだけだ」
再び微笑むバルガス隊長に、アルトスは参ったとばかりに肩を落とす。一方で話に置いてけぼりのヴィヴィだったが、とりあえず様子見で静かにしていた。
「もしかして、僕を家に突き出すんですか?」
「そんな事はしない。放蕩騎士、大いに結構。実は私も家出と称してダンジョン家業に勤しんだことがある」
「その時パーティー組んでたのが俺なんだぜ。凄いだろう。相棒は騎士団の連隊長様だ」
「よせダニー、私の威厳がなくなるだろう」
威厳のある声が一転、親しみのあるものになる。聞いている限りではバルガス隊長は自分の過去にアルトスを当てはめて懐かしんでいるようだ。
「コホン。話が逸れた。話はもちろん、この宝石のことだ」
バルガス隊長がテーブルに置いたのは、アルトスたちが提出した黒い宝石だった。未だに不気味な輝きを放ち、中は魔力のうねりが見える。
「率直に聞く。貴公らは『穴』を見たか?」
「……見ました」
「何を感じた?」
「口にできないほどに殺意と悪意。僕はあんなのを見たことがありません」
ギルドマスターの眉間に皺ができあがり、バルガスはうむ、と深く頷く。
「詳しく話してくれ。当然これは報償が出る報告だ」
「ワタシから話します。アルトスは戦いで少し疲れているので」
そう言って、ヴィヴィはその時の様子をできるだけ詳細に伝えた。第三階層奥地、第四階層へ向かう途中突然現れた黒い穴。出てきた黒い巨人がモンスター達を蹂躙。そして二人で協力、何とか倒したこと。
「アルトスは女神様からの戦力外通告を賜ったのですが、それは間違いでした。彼には今、ゴーレムをも素手で破壊する力を持っています。黒い巨人も、彼がトドメを」
ドキッとするアルトス。てっきり内緒にするかと思いきや、ヴィヴィは簡単にアルトスの力を教えてしまった。
「ヴィヴィいいの!?」
「いいんだって。ここは酒場じゃない。キミに興味のある、この街の実質的なトップの二人の前。ならちゃんとアピールしといた方がいいよ」
小声でそういうヴィヴィに、そういうものかと唸るアルトス。よくよく考えれば、彼女の言う通り隠したところでそのうち露見すること。最初に力のある人間の耳に入れて使えると思わせておいた方が冒険者として得なのかもしれない。
黒い巨人を倒した経緯を話すとギルドマスター達がスキルを見たいというので、アルトスは証拠として『己の窓』を見せてみる。二人は目を見開いて驚き、仲良く顎に手を当てて「なるほど……」と唸っていた。
アルトスとしてはレベル24というパッとしないものを見せたくなくて、俯きながら早々に閉じてしまったが、バルガス隊長などは「流石はカストゥス家の者!」と大袈裟に感動までしていた。
「ダニー、どう思う? 私は信じようと思うがな」
「信じるさ。証拠品があるからな。それに、モンスター達が戦っていたなんて見てないと出てこねえ話だ」
「あの、アレは一体」
「……貴公らにはそれを知る資格があるが、条件は一つ。他の冒険者には秘密にする。いいな?」
何やらきな臭くなってきた。アルトスは頷いたものの、不安になって自然と膝の手をヴィヴィに伸ばしてしまう。彼女は意図を汲んだようで小指をキュッと握ってくる。
「貴公が倒した黒い巨人。アレは今、各地のダンジョンで出現している。現れるタイミングも条件も不明。前触れも無く現れては、全てを壊して消えるのだ」
「アレが他にも!?」
「噂くらいにはなっているはずだ。各地のダンジョンに黒い人影が出ると。覚えはないか?」
よくよく考えたら、前のパーティーでエリックがしきりに警戒していたような気がする。ヴィヴィも追われている時にそんなことを言っていた。
「最初は小さな存在だった。だが最近になって巨大な個体が現れて被害が報告されている。特徴的なのはダンジョン自体に攻撃的な意志を見せることだ」
「ダンジョン自体に?」
「秘密を打ち明けよう。ここ数年の間、連中に二つのダンジョンが潰されている。ダンジョンの主もろともな」
きゅうう、とヴィヴィがアルトスの指を握った。ヴィヴィの言いたいことは解る。もし黒い巨人がダンジョンを潰してしまったら、エリクサーへの道が途絶えてしまうからだ。
「ダンジョンは危険だが、その恩恵で国の経済が回っているのも事実。奥にいる主を倒しても恩恵は続く。冒険者ギルドとしては、食い扶持を潰されるわけにはいかねえ」
「ダンジョン経済を失うということは即ち国難。故に騎士団は動く。早々に調査団を派遣するだろう。そこで君達の出番というわけだ」
「僕達の?」
「騎士団として依頼する。調査団に是非とも協力して欲しい」
「ギルドとしてお前らを特命冒険者に任命したい。調査団のピンチに駆けつける、黒い巨人討伐の専門家としてな」
アルトスとヴィヴィは顔を見合わせる。ヴィヴィの目には冗談じゃないという拒否の色が浮かんでいた。
「……情けないことに、あの黒い巨人は騎士団の手にも余る。中隊規模が壊滅に追いやられ、そのうち三割はダンジョンの脅威で死んでいる」
「餅屋は餅屋。ダンジョンには冒険者。だからお前らが必要ってことだ」
無茶を言うとアルトスは思った。今回の生還と勝利は様々な要因が積み重なったからこそ。真正面から相対したら、いくらアルトスのスキルでもどうなるかわからない。しかも騎士団の討伐隊が全滅していると聞いて首肯するヤツがどこにいるのだろうか。
「そんなに危険なら、なんで封鎖しないんですか?」
「言ったろ。ダンジョンは経済の中心。冒険者は危険の代わりに自由を謳う。そこにお上から一方的にダメと言われてハイそうですかと引けるか?」
「……」
「しかも黒い巨人は謎の塊で神出鬼没。今後出ないかもしれない。下手に封鎖して、いつまで待たせるんだと冒険者が苛立ち始めたらどうだ?」
下手をすると暴動が起きる。
そもそもどんなに黒い巨人の危険性を解いたところで、ヤバかったら逃げるだとか、上等だ捻り潰してやると簡単に答える冒険者が大多数。アルトスだって知らなければ言うだろう。こっちは古のドラゴンに会いに行くつもりなのだ、今更そんな事で塞ぐなと。
だがギルドも騎士団も放置は出来ず、賞金首にするには凶暴性が凄まじい。アルトスも対峙したからこそ理解している。あれはモンスターとは全く異質な、立ち向かってはいけない存在だと。
今はまだ事例が少ないが、被害が増えればダンジョン消滅の三例目となる。
ならば最適解とは何か。
答えは駆除の専門家が、いつの間にか脅威を取り払っている事である。
「無論タダじゃあねえ。とびっきりの報酬があるぞ」
そう言うと、ギルドマスターは小箱を取り出す。アルトスが受け取って開けると、黒いピンバッジが何個か入っていた。
「特命を示すバッジだ。このピンバッジは黒い巨人を打倒した証明。有名な冒険者の中にはつけてるヤツもいる。お前らを気に入ってるイゾルテもそうだ」
そう言われて思い出すイゾルテの服装。白いワンピースに身長ほどある剣、それに真っ赤なリボン。全部デタラメな合わせ方だが、際だって見えたのが胸元のピンバッジだった。
「特典はギルドランク特別付与。上から二つ目の『4』の扱いだ。国王や勇者の次の待遇がお前達を待ってる。破格だろう?」
「「お受けいたします」」
へへーっとばかりに頭を下げるアルトスとヴィヴィ。
そのあまりにも速い判断に、バルガス隊長は苦笑していた。
「お、お前ら決断が早いな。イゾルテだってもちっと悩んだぞ?」
無論アルトスもヴィヴィも安い依頼ならキッパリ断るつもりでいた。しかしランク4と聞いた途端二人の目の色が変わった。
冒険者パーティーの評価はランク制になっていて、ランクに応じて様々な恩恵を受けることができる。段階は1から最高5まであり、ランク5となれば国賓級の扱いとすら言われている。
実質的に最高であるランク4は、そこに至るまでダンジョン複数踏破が最低条件の上、傭兵団並みの大所帯になることが必須。
だがこの特命は、そんな厳しい条件をすっ飛ばして先払いで貰えるというのだ。アルトス達一介の冒険者にとってこれ以上の報酬はない。
「ギルドランク4を貰えるなら僕いくらでも協力します。なあヴィヴィ?」
「馬車乗り放題船乗り放題、宿屋ギルドにも鍛冶ギルドにも融通が利くし良いことずくめ!」
目の色をコイン色に輝かせる二人。すごい食いつきようである。
エリクサー探しでも何でもそうだが、一番冒険に必要なのはとどのつまり金である。長期戦を覚悟したならば、必要経費が激減する特典はこれ以上ない報酬だ。
「貴公らのその欲望丸出しな所、気に入った! 放蕩騎士はそのくらいでないと英雄譚を紡げん。くれぐれも『穴』のことは頼んだぞ」
笑顔で立ち上がるバルガス隊長。どうやらアルトス達のことを完全に気に入ったらしい。一方でギルドマスターは「お前ら、もうちょっと冒険者の自由とプライドってもんをだな……」と額に手を当てていた。
バルガス隊長が帰ってからは、ギルドマスターから特命冒険者の簡単な説明があった。
ものすごい端折って言えば、呼び出しがあるとバッジにかかった魔法が位置示し、そこに最優先で駆けつけろということらしい。
「それと黒い巨人討伐と報告の報酬だ。大事に使えよ?」
そろそろ疲れてきたとぐったりしていた二人だったが、金貨の袋を渡された途端に元気になる。なるべく平静を保ったまま冒険者ギルドを出ると、二人はそそくさと路地裏に入って金貨の袋を開けた。
「こ、こんなに沢山!? 気前良すぎない!?」
「やったねアルトス! 今夜は祝杯だ!」
ウェッヒッヒと汚い笑顔を浮かべる二人。大事にそれをカバンにしまい込むと、二人はダッシュで酒場へと向かっていった。
次は2021年10月13日水曜日の午後8時。隔日になりまぁす!




