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マル秘スロット必勝法の男

作者: はくび

ごく普通のサラリーマンである私は、会社では万年平社員とバカにされることも多い。

妻と二人で幸せに暮らしている。

そんな私の趣味はパチスロだ。

妻が許す範囲で、自分の小遣いで楽しんでいる。

特別勝ちにこだわる訳でもない。

偶然に勝つ日もあるが、最終的には一月のうちにスロット貯金が底を尽きてしまうのがお決まりだった。

ところが先月、そんな常識が覆った。自分でも信じられないほどの快進撃で、50万を稼いだのだ。

先月が終わった時点で、いつもならばゼロのはずが、プラス50万。

私自信ちょっと信じられなかったが、これは神様からの贈り物かと思うと嬉しかった。

この金で、日頃何もしてあげられない妻にプレゼントでも買おうかとも思ったのだが、私は弱い人間だった。

その金もスロットにつぎ込んだ。

さらに勝ち続けられないかという期待感が抑え切れなかった。

しかし予想していた通り、現実は甘くはなかった。

奇跡的に築いた50万がみるみる消えていく……

その間、私も黙って負け続けるわけではなかった。

あらゆる攻略雑誌を読みあさり、ネットで機種の研究などもした。

こんなことは初めてだった。ただ成り行きにまかせて打っていただけの私が。

しかし、その努力もむなしく負ける日が増えていく。 

というより以前のツキに戻っただけなのだが……

そんな時ふと感じる。

人間というものは不思議なものだ。

負けることが当然と思っていた頃は、とくに『負け』というものにこだわることはなかったのだが、一度大勝ちを経験すると、一度の負けを簡単に水に流せなくなる。

どうしてあの時は、ややハズレとも思える台に座っても勝つことが出来たのか?

今は遥かにあの時よりも優れた台を選んでいるはずなのに……

そんなことを考え続けていた。

しかし気持ちは、先月の快感をまた味わいたいという一心であった。

主に休日、まれに仕事帰りも通う日々。気がつけば50万あったスロット貯金も、残り10万になっていた。

そして決めた。

次の一回に勝負を賭けよう。それで駄目なら、また小遣いが溜まるまでやめよう。

最後の一勝負となれば、選ぶ台も慎重になる。

私は必死に、最後にふさわしい台を探すことに神経をそそいだ。


そんなある日、行き付けの店で一人の男性客の姿が目にとまる。

以前から気になっていた人物であった。今日もその男は一人でスロットを打っていた。

大量のコインを出しながら。

年は私と同年代、四十前と思われる。

この一ヶ月、各店舗でその姿を目撃していたのだが、いつ見ても大勝ちしているのだ。

彼の箱に大量のコインが積まれていない所を見たことがないほどである。

おそらくプロなのであろう……

それともゴト…… しかし防犯対策に力を入れている店でも平然と勝ち続けている。

いったい何者なのか。

それが気になっていた。

私はいつしか、その男の行動や狙う台などを意識するようになっていた。


ある休日、私は朝一で店に向かった。するとその日も、その連勝男の姿があった。

これから台を選ぶというところであった。

私は店の隅から、その男がどの台に目をつけるかを観察していた。

そこで思いがけない光景を目にする。

男は店内を一周して、一通り目を通すとホールから出た。そして数分後、店内に一人の老人を伴って現れた。

その老人となにやら話しながら店内を歩き回る。

どうやら台選びをしているようだ。

するとある一台を老人が指差した。男はすぐにその台を確保した。

あの老人もいったい何者なのか?

男と老人は再びホールから出て行った。

私は二人を追跡した。遠くからその様子をうかがった。

二人はしばらく話すと、男が財布から紙幣を取り出し、老人に渡した。

そして男はホールに戻った。老人は受け取った金を財布にしまうとトイレに入っていった。

男は確保していた台を打ち始めた。

私は人に悟られぬよう店の隅から、その様子を見ていた。

そして我が目を疑った。

男は開始10分ほどで初当りを引くと、怒涛の連チャンを続け、みるみるコインを増やしていった。

その時確信した。

あの老人が鍵を握っている。きっと当り台を見定めるプロに違いない。

私は一目散にトイレに走った。

もういなくなっている可能性はあったが、なんとしても話がしたかった。

すると、老人がちょうどトイレから出てきて、私と鉢合わせといった形で向かい合った。

私は開口一番に言った。

「私にも教えてください!」 

老人は驚いた表情を見せた。

「あの人みたいに、私にも台を選んでください」

老人はポカーンと私のほうを見る。もっとも見ず知らずの人間に突然そんな事を言われても困惑するのは当然であった。

しかし私は必死に頼み込んだ。

「もし教えて頂ければ、お金も出します。5千…… いや1万!」

その熱意にようやく老人も口を開いた。

「あなたもですか。分かりました。やってみますので落ち着いて……」

「そうですか。よかった……」

思わず胸をなで下ろした。


私は老人を伴いホールに入った。

やや困った表情で台を見わたす老人。その様子からは、それほどの眼力の持ち主とは思えなかった。目付きにも、特別険しさはない。

老人は初めに台を言い当てた、連勝男の元に近づいた。

男が老人に気付いた。

「じいさん大当たりですよ〜 さすがですね!」

「ほお〜、それは凄い!」

老人も驚く。

私は内心、自分で言い当てておいて何が凄いだ? 初めから結果など知っていたのでは?

などと思っていた。

「それよりおじいさん。私のほうを早く選んでもらいたいのですが」

「ああ、そうでしたね」

私はこの日に賭けていた。そのためか、興奮状態で気持ちが焦っていた。

老人はしばらく考え込み言った。

「この台がいいと思うなあ」

老人の指さした台は、連勝男の隣であった。

正直驚いた。あまりに適当過ぎないか? 念のため確認を取った。

「この台ですか?」

「そうです。なにせ隣が大当たりだから、運が流れてきそうだと感じた」

そんなこともあるのかと疑問に思う部分もあったが、私は老人を信じてその台に決めた。

「これにします。どうもありがとうございます」

私は礼を言うと、その場で老人に約束の1万円を手渡した。

金を受け取ると、老人はニコリと笑い、ホールから出て行った。


そして、いよいよ最後の勝負が始まった。

私は隣の男に軽く会釈すると、さっそく打ち始めた。

隣の台のように、開始早々に大当たりという具合にはいかなかったが、今日は軍資金が9万ある。落ち着いて打とうと思った。

しかし、その9万が、7万、5万と減るにつれて私の中に焦りが生まれ始めた。

――どうしてだろう? 打ち方に問題があるのか? いやそんなはずはない。この一ヶ月様々な本で研究してきた。ではこの台がやはりハズレ台? それも考えずらい。隣の男はあの老人の言葉に従って、ちゃんと結果を出している。焦らずに待とう。勝負はこれからだ。

自分の心に言い聞かせた。

普段ならば、すぐに台を変えているところだが、今日はその台一本にしぼると決めたのだ。

私はひたすら打ち続けた。

しかし金は3万、1万と減り、とうとう完全に底をついた。

我慢の限界に達した。

「くそ!! 全然出ないじゃないか!」

台を平手でたたき、横を向くと、私とは正反対にコインを増やし続ける隣の男に怒りをぶつけた。

「何であのじいさんに言われた通りにやったのに出ないんだ!?」

「ちょっと何ですか? そんなこと私に言われても困りますよ」

男は驚き戸惑った表情を見せた。

「さては分かったぞ。あのじいさんと協力して私をハメたのだな!?」

「何を言っているのですか?」

「ではなぜ私だけ出ないんだ?」

「そんなこと言われても困ります」

その時とっさに我に返り、反省した。確かに男の言うとおり、彼に当っても仕方ない。

私は踵を返しホールを出た。


ホールを出て、少し気持ちを落ち着けていると、またしても老人と出くわした。

今度も老人はトイレから出てきたところであった。

およそ2時間ぶりの再会であった。私はすぐに駆け寄った。

「おじいさん、まだいたんですか?」

「あなたですか。ええ。散歩の帰り道にトイレを借りたのです」

――散歩? そうか、店内にいたのではなかったのか。てっきりパチンコでもやっているのかと思ったのだが……

それより本題に移った。

「それよりも、あなたに勧められた台が大ハズレだった。お陰で9万負けだ。いったいどういうことだ? どうしてくれるんだ!? 私はあんたを信用していた。だからこそ残金全てを賭けたのに!」

「そんなこと言われても……」

老人はまたしても困った様子。

「そうだ。さっきの1万を返してくれ。こんなの卑怯だ」

「しかしそうしてくれと言ったのはあなたです。私はあなたの言った通りにしただけです」

「私の1万をぼったくる気か?」

すると後ろから男の声がした。あの連勝男だ。

「おじいさんの言う通りですよ。あなたも大人なら、自分の負けを認めたらどうです?」

私は男と向かい合い、声を荒げた。

「認められるか! 私はこのじいさんに騙されたんだ」

「騙すも何も、そのおじいさんが当りを予想するのは無理というものです」

「そんなことはない。私は知っているぞ。このじいさんはスロットのプロだろ?」

「とんてもないですよ。その人はギャンブル経験はいっさいゼロの素人です」

「何だって?」

男の言葉に驚いたが、私は信じなかった。しかし老人に尋ねた。

「じいさん。彼の言っていることは本当で?」

「ええ本当です。私はただ散歩中に、この店の前を通りかかっただけの人間です。目的はトイレを借りるだけで、パチンコや競馬など、ギャンブルは一切やりません」

私は素直にその言葉を信じることは出来なかった。再び男のほうを向く。

「まだ信じられないぞ。第一私は見ていたんだ。あんたが金を払って、このじいさんに台を選んでもらっていたところを。負け知らずのあんたが、そんな素人の言葉に耳を貸すはずはないだろう?」

「確かに私は、おじいさんに選んでもらった台をやりました。それで大当たりを引くことが出来た。しかしそれはおじいさんが台選びのプロだからではない。おじいさんの直感に賭けたのです」

「直感? バカな。直感で勝つことが出来たら私だって負けはしないさ!」

「いいえ。スロットの経験者ともなると、直感といっても、過去の様々な記憶や経験を活かした台選びをしてしまうものです。それに勝ちたいという気持ちが勝りすぎると、見えない力がそれに反発して、幸運をどんどん遠ざけてしまうのです。おじいさんのように、ギャンブル経験もない、そのうえ無欲。そういった人の直感が一番強い引きを生むんです。ビギナーズラックっていうやつです。つまり私は、おじいさんから5千円でビギナーズラックを買ったのです」

「ビギナーズラックを? そんなものわざわざ金を出す必要はないだろう?」

「いいえ。ギャンブル目的でない人にとって、ホール内の騒音は非常にしんどいものです。ましてや高齢ともなれば…… そこをお願いするわけですから、そのぐらいの謝礼は当然です。それに、おじいさんのお陰で勝てるわけですから」

私はそれを聞き、とても信じられなかった。

そんなことが出来るものなのか、到底信じられなかった。男は続けた。

「私は当り台を選ぶ力はありませんが、純粋なビギナーを見分けることはできるのです。おじいさんと話をした時、強い引きを持っていると感じました。計算どおり素晴らしい当りを引いてくれました。しかしあなたの時はすでに経験者。二度目ともなれば、様々な思考が働き、良い台を当てたいなどといった感情が出てきてしまうのです。そうなると、もうビギナーズラックは働きません。それは仕方のないことです。ですから、おじいさんには何の責任もありません」

男はそこまで話すと、老人に近づき、肩を抱え店の外まで送ると、チラッと私のほうを一瞥し、再びホール内に戻って行った。

私はその場に取り残され、ひとり歯を噛みしめていた。自らの完敗を悟った瞬間だった。

悔しさがこみ上げてきた。

数分立ち尽くすと、静かに歩き出した。肩を落とし、店を出た。

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― 新着の感想 ―
[一言]  意外は意外だったけど、最後すごい論理的に片付けたな〜。なんかもっとすごいファンタジー性のある感じの捻りを期待していたけど。作者のスロット魂が入りこんだかな? にしても確かに、最初パチス…
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