直矢は料理が上手い
「そう、直矢さん、なのね……」
サッと俺の前に姉貴が移動する。
「楓、この女、危険よ!」
俺を庇うように両手を広げる姉貴。
「……は?」
何を言っているんだこの人は。
「身体的特徴を見ると圧倒的グラマラスボディ。加えて色っぽさの溢れる顔立ち。一方精神面はというと部下二人をまとめあげているところから感じられる頼りがいのある男らしい性格―――これはまあ中身の性が男性だから当然といえば当然なのだけれど。まあそれを加味しても特に男らしいと言える性格だと私は感じているわ。そしてこの二つの要素が組合わさった時、生まれるのよ……」
「生まれる……?」
一体何が?
「女の子タラシ女が!」
くわっと効果音の出そうな表情で言う姉貴。
「姉貴、その理論はよく分からないし、仮にそうだとしてどう危険なんだよ?」
わけがわからん。
「分からないかしら楓? 私と、直矢君。ここで今まさにキャラ被りが起きているのよ!」
「……は?」
何を言っているんだこの人は。
「私は頼れるお姉さんキャラ。胸も直矢君程ではなくとも平均よりはかなり上だわ。細部は違えどこれは正にキャラ被り。緊急事態なのよ!」
「キャラが被っているか被っていないかはこの際置いておいて、なんでそれが緊急事態なんてことに?」
キャラ被りの話をするんであれば俺の中ではアンタただの変態だから全く被ってないぞ。
「そりゃあ、私や直矢君みたいなタイプが好きな子と出会った場合、直矢君に取られちゃうことがあり得るじゃない! 悲しすぎるわそんなこと!」
「それは仕方ないしそもそもキャラは被ってないしこの姿は一時的なものだから大丈夫だよ落ち着け姉貴。」
「一時的なの? それならまあ少しは安心ね……」
「……折角の料理が冷めるから早く食え。それと、女タラシとは心外だな。」
少しムッとしながら直矢が言う。
「確かに今のは失礼だったかもしれないわね。あなたのあまりの姉御パワーについ取り乱してしまったわ、ごめんなさい。それじゃ、手を洗ってくるわ。」
洗面所へと向かう姉貴。姉御パワーとは。
そのすぐ後に
ピンポーン
インターフォンが鳴る。
……あぁ、忘れてた。
「ただいまー!」
母さんが玄関を開けると、ランドセルを背負った女の子―――妹の幸が部屋に入って来た。
……幸の前ではいい兄でいたかったんだがなぁ。
「えっと……こんにちは! お母さん、この人たち誰?」
直矢や俺を見て首をかしげる幸。
まあこれだけ知らない顔が家にいればそうなるわな。
「話すと長くなるんだけど……楓お兄ちゃんと神様と天使さんよ。楓お兄ちゃんはそのー……魔法で体が女の子になっちゃったんどけどね?」
母さんが答える。
「魔法!? 誰が使ったの!?」
魔法とかそういう話好きだからまあこういう反応するよなー。
「そこの背の高いお姉さんが使ったのよ。」
「えーすごーい! 私にも見せて!」
直矢にねだる幸。
「あぁいいぞ。ほら、これはプレゼントだ。」
綺麗な花を手の中に生み出して幸に渡す直矢。
子供の扱いとか苦手そうだったけどそうでもないのか。
「どうやって出したの!? もっと見せて!」
「その前に飯だ。冷める前に食え。そしたら他にも見せてやろう。ほら、手を洗ってこい。」
「はーい!」
幸が洗面所へ向かおうとしたところ―――
「幸がたぶらかされてる……」
姉貴が立ちすくしていた。
「いや、これは違くてだな……」
直矢が弁明しようとするが、
「ほらやっぱり私の言った通りだわ! 幸、駄目よこんな人間タラシに近づいちゃ!」
「えー、なんで? 魔法使えるんだよ!」
「魔法を使えるからといって知らない人と仲良くしちゃいけません!」
「でも神様なんでしょ?」
「それは理由にならないのよ、幸。カミサマでも知らない人には近づいちゃいけません。特にこんな人間タラシには。幸は可愛いんだから、気を付けなきゃいけないのよ?」
「そうなの?」
「そうなの。」
「お前なぁ……」
直矢が眉間を押さえながら言うと、
「果たしてその忠告に意味があるのでしょうか?」
澄也が姉貴に質問する。
「あるに決まってるでしょ! 可愛い妹を守る大切な忠告よ!」
「お姉さんの話だとお姉さんと直矢のキャラが被ってて、直矢は人間タラシだから幸ちゃんには近づいちゃダメなんですよね?」
「ん? ええ、その通りよ?」
それが何か?といった風の姉貴。
「それなら、お姉さんも近づいちゃダメってことになりません? お姉さんの話なら人間タラシなわけですし。」
「それは違うわよ。私は実の姉だもの。見ず知らずの爆乳女とは違うわ。」
「見ず知らずってわけでもないですよ。台所借りて晩御飯作るくらいだし。言うなれば母親の友人。実の姉程ではないにしろ十分信用していい間柄では?」
「そ、それはそうね……けど、相手は実の弟の性別を本人の同意無く勝手に変えた相手よ? 信用ならないわ。」
「それはそうでしょうね。正直母親の友人というのも詭弁です。それに、相手が一般的なら忠告にも意味があると思います。しかし僕たちは神なんですよ。僕らがその気になれば妹さんをそそのかすどころかあお姉さんを意のままに操ることだって簡単にできる。そんな相手に対して妹への忠告程度の対策は全く意味をなさないことくらい分かるでしょう?」
「それはそうね……つまり、どうとでもできるのにしないということは暗に自分達には幸をどうこうするつもりは無いことだといいたいのね?」
「その通りです。まあ、楓ちゃんと関わる過程で多少はなつかれたりはする可能性は大いにありますが、それ以上どうこうするつもりは無いのでご安心を。」
最初からそう言ってるだろ……と直矢がぼやく。
「ふん、まあ気に入らないけど言ってることには納得できるし、あなたたちに文句をつけるのはやめるわ。今までの非礼をお詫びします。さて、ご飯を食べるとしますか。直矢さんが作ったんでしたっけ?」
「ああ。味は保証しよう。」
「随分と自信があるのね。確かに見た目も匂いもとても魅力的だわ。さて、いただきます、と。」
声に合わせて手を合わせてからオムレツを口に運ぶ姉貴。
「ッ!? これは……美味しいわね。何かスパイスでも入れたの?」
「ああ。隠し味にーーー」
直矢が説明していると、
「今日のご飯何ー?」
と幸が部屋に戻ってきた。
「オムレツだよ、幸。そこの魔法使いのお姉さんが作ったんだ。」
と答えると、
「お姉さんが!? 魔法で作ったの?」
と幸が。
それに対して直矢が
「いや、普通に作った。なんでも魔法に頼るのもよくないからな。」
と答えた。
「そうなの? 魔法使った方が楽じゃないの?」
「魔法にばかり頼っていると魔法が使えなくなったときに困るだろ?」
「魔法が使えなくなるなんてあるの?」
「もちろん。さあ、魔法の話はこれくらいにして飯にしよう。冷める前に食べろ。」
「食べ終わったら魔法見せてくれる?」
「ああいいぞ。なんでもとは言わないが大抵の事は叶えてやろう。」
「ホント!? じゃあ私、空を飛んでみたい!」
「それくらいならお安いご用だ。食べてからだけどな。」
「はーい! いただきます!」
幸は手を合わせると普段の倍の勢いで食べ始める幸。
よっぽど直矢と空を飛ぶのが楽しみみたいだ。
「喉に詰まらせるなよ。俺は逃げないから。」
「ふぁーい!」
「幸、話すのは口の中が空になってからにしなさい。」
姉貴がマナー違反を咎める。
「むぐむぐ……んくっ。はーい、ごめんなさーい。」
素直に謝る幸。いい子だ。
「あの、確か後はお兄さんだけですよね? 父親は単身赴任でいないし。それにしては米の量がおかしいような……いや、俺とお母さまも食べるけどそれにしたって尋常じゃない量……そもそもこれ家庭用じゃないですよね?」
炊飯器の中を見て言う直矢。
「ええ、業務用のやつよ。そうじゃないと足りなくてねー。」
「そこまでお兄さんは食べるんですか?」
「ええ。5人前は軽く食べるから覚悟しといた方がいいわ。そろそろ帰ってくる時間だから焼く用意をしておいた方がいいわよ。」
「5人前……俺も食べる方ですけどそこまでは食べないな……そんなにいい体格なんですか?」
「まあ、確かに体は大きめだけど元の直矢くんと同じくらいよ? どこに入るのやら分からないけどとにかくよく食べるのよねー。」
「それはすごいな……」
兄貴は確かに意味がわからないくらいよく食べる。うちが外食にあまり行かない主な理由だ。たまに行くときも兄貴だけ牛丼3杯くらい食べさせてから店に行くくらいだ。
「たっだいまー。ありゃ、お客さん?」
と考えていたら本人帰宅。
あー説明するの面倒くせーなー……