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柔よく剛を制す

「さあお前ら、先生が試合するでー! 説明とかもいいけど今だけは試合場に注目やで!」


猿谷先輩が道場にいる人々に声をかける。


いつの間にか道場にいる人の数が増えている。


「先生の試合なんて滅多に見れんからな、勧誘に出てた奴らを呼び戻したんや!」


と周りを見渡す俺を見て猿谷先輩が言う。


「ほら、わしたちもどくで。邪魔になる。」


猿谷先輩が道場の端に行くよう俺たちに指示する。


「あ、はい。」


「分かりました。」


「はい!」


それぞれ返事をして道場の端っこに移動する。


「あ、座ってもええけど危険だから膝は立てるなよー。」


と猿谷先輩。


「あ、はい。」


兄貴も昔似たようなこと言ってたな。万が一投げた先に人がいた時に膝が立ってるとお互い危ないんだとか。


「さやか、俺たちも端に行くぞー。」


「は、はい!」


自然にさやかちゃんの手を引く兄貴。


耳まで真っ赤になるさやかちゃん。


さやかちゃんこの調子で生きていけるのだろうか。


「さて、準備はいいかな? えーと……」


また目が細くなった稗苗野先生が言う。


「明神です。」


と直矢。


「明神君ね。準備はいいかい?」


「はい。いつでも大丈夫です。」


帯をビシッと締め直して稗苗野先生と向き合う直矢。


「猿谷君、審判を頼んでいいかい?」


「はい、もちろん!」


猿谷先輩が二人の近くへ行く。


「では……始めっ!」


「……」


「……」


黙って構える直矢。緊張が感じられる。それに対して肩の力が抜けた最低限の構えの稗苗野先生。


ジリジリと距離を縮める直矢。その場から動かない先生。


距離が2メートル程になった時、試合は動いた。


突然先生が消えたかと思ったら、バターンといった音がして、気づいたら直矢が倒れていた。先生が直矢の右袖を両手で持っているので恐らく技は一本背負いだろう。


「一本!」


猿谷先輩が大きな声で言う。


「……ッ!?」


直矢が驚いた顔をしている。


隣を見ると澄也とエディも同様に驚いている。


「も、もう一本だ。」


直矢が言う。


「いいですよ。賭けもそのままでいいですよ。僕が勝ったら練習相手に、負けたら部員が投票に。ああ、難なら何本かやって一本でもとれたら明神君の勝ちでもいいですよ。」


「……ナメられたもんだ。」


直矢が小声で何か言うが聞き取れない。


「まあ、この重要な時期に部員を全員ここに集めてしまうのも良くないですし、あと5本くらいでどうですか? それなら3分くらいで終わるでしょう。」


「……それで頼む。」


悔しそうな顔で言う直矢。


「では、始めましょう。猿谷君、合図を。」


「はい! ……始めっ!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


結果として、直矢は投げられまくった。巴投げに内股、体落としに背負い投げ、そしてもう一度一本背負い。


どれも瞬殺だった。


「……くそっ。」


悔しそうな顔で拳を畳に打ちつける直矢。


「……上には上がいるもんなんだねー。」


「あの直矢さんをこんなに……」


二人も驚いている。


直矢がどれだけ強いのか判断できないくらいに瞬殺だった。


「ありがとうございました。」


礼をする先生。


「……ありがとうございました。」


悔しさが滲み出る様子で礼をする直矢。


「では、約束通り定期的に練習に参加してもらうということで。週一でいいですか? 曜日は後々決めましょうか。あ、安心してください。君は強いですよ。うちの部の部員と比べても大抵の部員に勝てるでしょう。」


それと、と先生は付け加える。


「一応僕も教師なので、明神君、敬語を使いましょう。」


「……すいません。」


ばつが悪そうな直矢。


「それで先生、ワシは!? ワシと比べてコイツはどっちが強い!?」


と猿谷先輩。


「ふむ、そうですね……柔道のみなら猿谷君に多少の分があるでしょうか。何でもありなら間違いなく明神君ですね。」


「はー、そりゃごっついなー。そう言われるのは悔しいけど、先生がそう言うならそうなんやろなー。」


ふんふん、と猿谷先輩。


「あ、それなら一本やってみます? いい勝負になるでしょう。見学に来た生徒にとっても目標を知るいい機会になるでしょうし。」


「ええんか先生!?」


「ええ、いいですよ。明神君もそれでいいですか?」


「このまま負けっぱなしじゃいられないですし、勝負させていただけるならそれがいいです。」


「ではやりましょう。二人とも位置について。始め。」


二人が畳にある線の前に立ったのを確認して、合図をする先生。


「よっしゃ行くでー!」


勢いよく手を上げて突っ込む先輩。


「……」


真剣な顔で組手争いをする二人。


「そりゃあ!」


「ッ!」


先に仕掛けたのは先輩。背負い投げを仕掛けたが、直矢が身を捻って背中から投げられるのは免れる。


「技あり。……待て。」


先生が静かに言う。二人は初期の位置に戻って構え、先生の手の合図で試合が再開される。


「……フンっ!」


今度投げたのは直矢。奥襟おくえりを掴んでそのまま大外刈りを決めた。


「一本。……残念でしたね、猿谷君。」


「ありがとうございました。」


少しホッとした顔で礼をする直矢。


「ありがとうございました。……クッソー、悔しいなぁ! でもまあ、部長のワシに勝つんやから、将来有望やな! 練習で部員をシバいてくれや!」


「まあ、約束なので。楓、悪いな、勝手に決めてしまって。定期的に練習相手になることになってしまった。」


「まあ、仕方ないよ。週一くらいなら多分大丈夫。」


お疲れ様、と付け加える。


「あ、ああ、ありがとう。」


「ま、書類仕事なら有能なこの僕がいるから全く問題ナシさ! 安心して柔道したらいいさ!」


と澄也。


「僕も頑張ってお仕事しますから!」


とエディ。


「あ、でも落選したら入部してもらいますからね。当選を願ってはいますが。」


先生が付け加える。


「あはは……」


参ったな、と頭を掻く。


「あ、この場で宣伝してくれても大丈夫ですよ。折角の時間を奪ってしまったところもあるので。」


と先生。


「あ、ありがとうございます。えっと、生徒会選挙に出馬してます、新条楓です! マニフェストは食堂のメニュー開発と部費を3割増にすること! それと目安箱の設置です! よろしくお願いします!」


「はい、新条楓さんでした。皆さん拍手ー。」


先生が拍手を促すと、道場の人たちがパラパラと拍手をしだす。


なんだか照れ臭い……


「それではお互いの活動に戻りましょう。この時間ですとこれからの見学者の確保は見込めないですし、部活を始めましょうか。柔道経験者はあっちの部員の近くへ、未経験者はこちらへ集まってください。生徒会候補の皆さん、ありがとうございました。」


お陰で柔道はカッコいいってことを見学者に示せました、と先生。それと、と先生は付け加える。


「明神君。貸した道着はそのまま置いておいて構いませんので。」


「分かりました。着替えてくる。」


と直矢。


「はーい。僕らはこれ以上いてもお邪魔なだけだし先出てるよ。」


と澄也。


「そうだな。ありがとうございました。」


道場と先生に礼をして更衣室へ向かう直矢。


「ありがとうございました!」


「ありがとうございましたー。」


エディと一緒に直矢の真似をして道場を出る。


「あ、これ僕もやった方がいい流れ? ありがとうございましたー。」


澄也も軽くお辞儀をして道場を後にする。


「さって、とー。この後どうする? 部費のアップで得票を狙っている以上、部活が終わって生徒が帰る時間帯に校門とかにいるべきだとは思うけど、それまで暇だし。」

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