幽霊は怖い
「いきなり呼び捨ては嫌だったのかー?」
意識を失ったさやかちゃんをお姫様抱っこして歩きながら言う兄貴。
今は兄貴と俺、そしてカミサマ御一行の3人で保健室に向かっている。
柔道部の他の人は勧誘やら部活やらでどこかへ行ってしまった。
「嫌だったわけじゃないんじゃないかな……」
嬉しすぎて、という風に見えた。というか嫌だったとして嫌すぎて気絶するほどの相手に告白はしないだろう。
「さて、保健室到着だ! 結衣センセー! 患者連れてきたぜ!」
「あら……女の子なのね。また部活の怪我人かと思ったわ……その子はどうしたの……?」
ボソボソと喋りながら部屋の奥から出てきたのは丸い眼鏡をかけた猫背で目には隈といった、あまり健康的ではないように見える先生だった。
それにしてもこの人の顔どこかで見たような気が……
「なんつったらいいのかな……名前呼んだら倒れちまったんだ。」
「それはまた……いきなり後ろから大声で、とか驚かしてはいないのよね……?」
「んなことするかよ! 普通に声かけただけだよ。」
「まあいいわ……とにかく診せてくれるかしら……?」
「おう! そこのベッドでいいか?」
「ええ……ふむふむ……私が診る限りでは特に異常はないわね……軽い貧血……いえ、興奮のし過ぎ……? まあ、ともかくここで済むようなものではありそうね……新条君、ありがとう。部活に戻っていいわよ……勧誘とかもしなければいけないだろうしね……」
「んー、でもその子、俺の彼女になったんだよな……置いていっていいのかな……」
でも戻らなきゃいけねえのも確かだしなぁ……と、腕を組んで悩む兄貴。
「あら、また告白されちゃったの……? 今回は何日保つかしらね……」
「さあなー。」
「まあいいわ、そう言うことなら待ってあげたらどうかしら……? そう時間かからずに気がつくはずだから……」
「じゃあそうするわ! 何分くらいかな?」
「まあ……15分もあれば起きるんじゃないかしら。」
「なら大丈夫だな、待つ!」
ドン、と椅子に座る兄貴。
「んー、私らも待った方がいいかな?」
「そうだな……まあ、相手は付き合いたてのカップルだ。二人っきりにしてやるのも優しさなんじゃないか。」
と直矢。
「おっ、恋愛経験0の男が良く言うねー。」
と澄也が茶化す。
「0ではない……」
悔しそうな顔をして言う直矢。
「アレだろ? 初デートしたらその日のうちにフラれたってヤツ。あんなの恋愛経験に入らないさ。」
「むぅ……」
黙り込む直矢。今度この話は聞かせてもらおう。
「まっ、二人きりにしてやった方がいいのは合ってるだろうね。僕らは退散しますかー。」
と澄也。
「そうだな。バタバタしていて柔道部の方々に礼を言えてないし、礼を言ってから帰るか。」
礼を尽くすのは大事だからな、と直矢。
「りょーかいです! 柔道部さんはどこで活動してるんでしたっけ?」
タタミのある部屋ですよねー、とエディ。
「体育館の別棟の1階だ。俺が遅れるってことも伝えといてくれ!」
と、兄貴が説明してくれる。
「はーい。じゃあねお兄ちゃん、今日はありがと。」
「おう! ……やっぱお兄ちゃんって呼ばれるの、いいなぁ……」
しみじみとした様子で言う兄貴。
……こういう反応をされるから言いづらくなるんだよなぁ。
そんな兄貴を尻目に教室を出て、
「あの先生の顔、どこかで見た気がするんだよねー。会ったことないと思うんだけど。」
と言った。
「俺も同じことを思った。楓はともかく俺が会ったことなんてないはずなんだけどな。」
と直矢。
「あーそれ僕もです。会ったことないはずなのに見覚えがあるっていうか。」
不思議ですねー、とエディ。
「え、皆気づいてないの? あの人、神田先生にソックリじゃん。ほら、C組の。双子かなんかなんだと思うよ。」
と澄也。
「「「ああー。」」」
三人で声を揃えてしまう。
言われてみれば確かにそうだ。あまりにも立ち振る舞いが違うから気づかなかった。
「良く気づきましたね、澄也さん!」
すごいです!とエディ。
「女性の顔を覚えるのは得意だからね。」
パチッ、とウィンクをして言う澄也。
相変わらず端々で腹の立つ奴だ。そんなことされて俺が嬉しいとでも思ってるのか。
「さてと、えー、体育館はこっちか?」
T字になった廊下を右へ向かう直矢。
「逆だよ直矢。相変わらず直矢は方向音痴だな。」
こっちこっちと左の廊下を指す澄也。
「そうか、悪い。案内してくれ。」
と直矢。
「はいはい。と言うか、お前が先導するのがそもそもの間違いなんだよな。大体道間違えるんだから。」
全く、と澄也。
「そんなに方向音痴なの?」
意外だ。しっかりしてそうなのに。
「そりゃあもうとんでもない方向音痴さ! 初めて行く場所でこいつと現地集合にしたら間に合った試しがないからね!」
「それを見越して早くに出発してはいるんだがな……」
「結局僕が迎えに行く形になるのが常だね。」
「へぇー。完璧そうに見えるけど意外な欠点があったんだね。」
と言うと、
「直矢の欠点って言うと、もう一つあってね楓ちゃん。」
と澄也が言い、
「待て! 今それを言う必要はないだろ!」
慌てた直矢が止める。
「えーそうかなー? 聞きたいよね楓ちゃん?」
ニヤーっとした顔で言う澄也。
「直矢さんの別の欠点って言うと、アレですか? ほら―――」
「待てエディ!」
何かを言いかけるエディを止める直矢。
「なんかこうなると気になるなぁ。」
そんなに恥ずかしいことなのか?
「ほら、楓ちゃんも気になるってよ。潔く言っちゃいなって。」
「いやしかしだな……」
別に言う必要は無いしと口ごもる直矢。
「往生際が悪いんじゃないの、直矢? ほら、潔く、さ!」
直矢を急かす澄也。
「……楓はそんなに気になるか?」
困った顔で言う直矢
「割と。そんなに言いたく無いなら言わなくてもいいけど、言えるなら聞きたいな。」
言いたく無いことを言うよう強要するほどじゃ無いけど気になるは気になる。
「そうか、なら言うが……俺はだな……そのー……幽霊とかそういった存在が苦手でな……」
観念した顔で言う直矢。
「え、幽霊って……オバケ的な?」
アレだけ強い直矢が!?
少し笑ってしまう。
「ああ。……だって仕方ないだろう! 大体の話じゃ幽霊に物理攻撃は効かない。絶対勝てない相手を怖がって何が悪い!」
少し怒った口調で言う直矢。
「それはそうだけど……」
「正直僕らからしたら絶対勝てない相手って、人間にも結構いるしねー。いちいち怖がってたらキリがないというか。」
澄也が言いたいことを言ってくれた。
この体になってからは特にそうだが、戦って絶対に勝てない相手というのは普通にいる。まあ法律に守られているからそんなことにはならないんだけど、それは幽霊も同じこと。普通に生きていたら幽霊に遭うよりは犯罪被害を被ることの方が多いだろう。
ところで、
「幽霊って本当にいるの? 直矢たちなら知ってそうだけど。」
「ああ、いるぞ。そこそこの数な。だから怖がっているんだ。」
「へえ。どういう場所にいるの?」
「普通に墓場とかだな。あとは事故現場殺人現場。首塚の幽霊が凄まじいってのもホントだ。」
「へえー。」
世の中の幽霊話は結構本当だったらしい。
「まあ、だからといって世の中全ての怪談が本当ってわけじゃないけどな。っと、こんな話は置いておいて、柔道部の方々に礼を言おう。」




