校長兼マッドサイエンティスト
「でも信じてくれるかなー冬士さん。」
学校に着いて姉貴と別れて冬士さんがいるという部屋へ向かいながらか呟く。
これから俺が通う条新高校(校名は苗字の新条をひっくり返しただけらしい)の校長、新条冬士。この人は母さんの弟、つまり俺の叔父なわけなんだけれども、なんていうかもう凄い。癖が強い。自分を天才だって言って憚らないわ、どこから持ってきたのだか分からない大量の資金でいきなり条新高校を設立するわで訳が分からない。しかも校長の仕事もそこそこに、学校の設備で変な実験を繰り返しているとかなんとか。
そもそも創設者なのに理事長とかじゃなくて校長やってる時点で謎だし。
まあとにかくハチャメチャな人なのだ。実際天才っぽい気がするときもあるのだが馬鹿と天才はなんとかっていうし……研究馬鹿?
「母さんみたいな直感派じゃないからなー。信じさせるのは中々に大変そうなんだよね。」
そもそも神の存在なんて更々信じてなさそうだし。
「まあそこは現代科学では解明できない神の奇跡ってヤツを見せるしかないでしょ。」
と澄也。
冬士さんのことは道中で話してあって、冬士さんにも母さんから先に説明はしてもらっているけどどこまで信じてもらえてるか……
「えー、光花さんの言っていた通りこの部屋にいるみたいだね。」
神の力で確認したのであろう澄也が言う。
普通の学校の廊下の中で異色さを放つ重厚な二枚扉。この先に冬士さんはいるらしい。
「さて、アポはとってあるし入っちゃいますかー。ん? んん? あーこれ―――」
澄也が扉に手をかけるが力を入れても一向に動かない様子。
「まったく、お前はホントにヒョロヒョロでダメだな。どけ、俺がやる。」
澄也を押しのけて直矢が扉に手をかける。
「ぬ。ぬん……ぬぬぬぬぬ……!」
直矢が険しい顔をしながら扉を押すがあまり動いている風には見えない。
「直矢さん、ちょっと動きましたよ! 頑張って!」
エディが励ます。
鍵かかってるのかと思ったけど少し動くなら違うのか。
……この扉不便過ぎない?
と思っていたら何やら隣の扉を調べていた澄也が何かを言い始める。
「あー、直矢? その扉多分ダミーだよ。こっちから入れそう。」
「……早く言え。」
ちょっと不機嫌そうに言う直矢。
まああんだけ頑張ってたのにそれがてんで的外れだったら誰でも恥ずかしいわな。
というかなんでそんなものが……
「いや、俺は最初から言おうとしてたのに直矢が有無を言わさず始めちゃうからさー。筋肉自慢もいいけどさ、人の話もちゃんと聞こうぜ。」
「……気を付ける。」
澄也に言われて顔を赤くしながら言う直矢。
直矢も恥ずかしがったりするんだな。
「んじゃ、改めてオープン!っとね。お邪魔しまーす!」
澄也がさっきの扉の隣の事務室の扉のような簡素な扉を開けると―――
「いやーキミたち盛大に引っかかってくれてどうもありがとう! カミサマ一行には中々の力持ちがいるようだね。絶妙に人間の範疇の力持ちが、ね。」
革張りの高そうな椅子にふんぞり返った冬士さんが拍手をしながら出迎えた。
「中々性格の悪そうな奴だな。」
直矢が小声で言う。
否定はできないな……
「あー……冬士さん。分からないとは思うんだけど、楓だよ。」
控えめに手を振りながら言う。
さてここからどう俺が俺だと証明したもんか。
「あー、オッケーオッケー。どうやら本当みたいだね。姉さんが頭のおかしいチンピラに洗脳されてるとかその線もちょっと考えたけど少なくともそこにいるのは楓本人か、楓のことを小さな仕草まで事細かく緻密に研究した誰かか、あるいは人知を超えた謎の技術で生み出された楓のコピー人格かだね。個人的には一番最後だと謎の解明に燃えるから嬉しいんだけど。」
「……信じるの? こんな突拍子もないありえないことを。」
肩透かしを食らった気分だ。
「『ありえない』なんてことはありえない、なんて誰かが言っていた気がするね。今の技術だって昔の人間からしたらあり得ないと思われるだろうし、自分の知らない現象だからと言って簡単にあり得ないと言ってしまうのはナンセンスだ。というか、そのくらい本気を出せばきっとボクにだってできる。」
「はぁ……」
この自信過剰が冬士さんなんだよな……
「まあ、楓が聞きたいのはなんでボクが楓の姿が変わっているのに楓が楓だと分かったか、だよね? まあ小さな癖と言ってしまえばそれで終わりなんだけど、逆に言えば小さな癖だからこそ他人の猿真似じゃ再現しづらい部分なわけだ。それがさっき見て取れた。まあ、ボクが楓を小さいころから知っていること。それに加えて僕の観察眼。その二つが合わさって初めてできたことだね。」
「えっ、そんな癖みたいなことしてた?」
覚えがない。
「無自覚か。まああのくらいだとなー。楓は緊張したときに右手で左の中指撫でるんだよね。」
「そうなの?」
……思い返すと確かに? してたような。
「それだけの情報で判断したのか?」
直矢が聞く。
確かにそれくらいたまたま他人がすることだってあるよな。
「あっ、実は割と適当言ってるのバレちゃった? まあ癖は実際あるしそれも判断要因の一つではあるんだけど、確かにメインではないかもしれない。ぶっちゃけ姉さんが電話してきた時点で半分信じてたんだよね。根拠として認めるのはちょっと癪ではあるけど、あの第六感と言ってもいいような直感力を持つ姉さんが楓だと認めたならまあ大体楓かなとは思ってて。嘘とか脅されて言ってるって風でもなかったし。それに加えてさっきの癖。そこからの最後の一手がこの会話。実はさっきまで確信した風を装っていたんだけどそれは飽くまでフリで、確信したのは確信したフリをした後の会話を聞いてからなんだよね。ま、原因がカミサマってところに関しては大いに疑っているけど。」
「なるほど……」
相変わらず食えない人というかなんというか……まあいつもの冬士さんで安心した。
「で、そちらさんは本当にカミサマでいらっしゃる? 口で言われただけじゃ流石に信じるわけにいかないなぁ。」
と冬士さん。
「まあそれはそうだろう。なんでも言ってくれ。言ったことをやってやろう。」
と直矢が答える。
「本当に? じゃあどうしようかな。石をパンにしてもらうか、水をワインにしてもらうか、あるいは一度死んでから復活してもらう?」
「復活でもいいが色々面倒だと思うぞ。」
「嫌だな冗談だよ。折角のいい部屋を事故物件にはしたくないんでね。ここで死んでもらう気は更々ないさ。そうだな、賢者の石! 賢者の石がいいなぁ。別に金自体に興味はないけど錬金術ができるならそれには興味津々だしね。不老不死っていうのもいいよね。響きがいい。」
「まあ出してもいいが神として忠告しとくと不老不死なんてロクなもんじゃないからやめとけ。錬金術だけ見せてやる。どれを変えればいい?」
「じゃあこのスプーンを。実はなんでもできるって聞いたからね、電話を受けてから錬金術を見せてもらおうと思ってウキウキしていたんだ。事前に食堂から失敬してしまったよ。これを少し曲げて……さあこれを金にしてくれたまえ。いやはや、たまらないね未知というのは。今のボクの心はまるで少年のようにワクワクしている!」
「これだな。よし。」
直矢がスプーンに触れると触れた場所から波紋が広がるように銀から金へと色が変わっていった。
「おお! これは預かっても? まあ最終的に返せというなら別に構わないのだけれど、とりあえず金かどうか調べるために預からせて欲しい。」
「返す必要はない。好きなだけ調べてくれ。」
うっひょーっと声をあげながらいそいそと奥の扉へ向かう冬士さん。
「ちょっと待ってくれ。」
「ん? なんだい? ボクはこれからこいつを調べるのに忙しいんだが……」
「俺たちも入学するので伝えておいた方がいいと思ってな。クラスは楓と同じクラスに入るつもりだ。ああ、だが手続きとかはしてくれなくていい。こちらでなんとかする。」
「え、君たちも入学するのかい? 金髪の彼女はともかくキミたち二人はどう見ても大学生以上……ああ、カミサマの力でチョチョイとねってかい?」
「その通りだ。難なら今やってやろうか?」
「おお、是非是非。未知の力で若返りなんてワクワクするねぇ!」
「それじゃあ、よっと。」
直矢の掛け声に合わせて二人を光が包む。
「っとこんなもんだな。」
「「「おおー。」」」
エディ、冬士さん、俺で三人で声が揃う。
……いやエディはおおーって言わない側だろ。
光が消えるとそこには確かに若くなった二人が立っていた。当然といえば当然だが二人とも背が少し低くなって顔が若くなった。直矢は強面加減が少しマシになったが顔の傷はそのまま。澄也はチャラさが減ったが胡散臭さはそのまま。といった感じだ。
「なるほど興味深い。いや惜しいことをしたなぁ。若返り前の細胞を採取しておけば良かった。まあとりあえずはい、これで口の中を擦って細胞を採取してくれたまえ。」
どこから出したのか綿棒とシャーレを二人に渡す冬士さん。
「……面倒だしなんとなく嫌だな。拒否する。」
まあこの好奇心の塊に自分の細胞渡したくないなって気持ちはよく分かる。
「僕は協力しますよ。いや僕もこの力解明不能で正直モヤモヤしてたから、折角だし解明の一助になれば嬉しいですね。」
「おおご協力どうも! じゃあスプーンちゃん共々調べてくるのでボクはこれで!」
じゃ!と手を挙げたや否やすごいスピードで奥のドアに消える冬士さん。
「……聞いてた以上だったな。」
「凄いでしょ。」
生きてて楽しそうなんだけどなんというか癖が強い。
「直矢さんも澄也さんも、若返ってもカッコいいですねー! 流石です!」
とエディ。
「おお、ありがとうエディちゃん! エディちゃんみたいな美少女にそう言ってもらえるなんて恐悦至極だよ!」
「きょうえつ……? まあよく分からないけど喜んでくれてるなら僕も嬉しいです!」
「良かった良かった。おう、直矢もエディちゃんが折角褒めてくれてるんだから一言お礼くらい―――」
澄也が言いかけるが
「なあこれ、鳴ってるんだけどどうしたらいいんだ? 最高神かららしいんだが……」
と直矢がおろおろと澄也にスマホを差し出す。
今時スマホ使えないのかお前。お爺ちゃんじゃないんだから。
「あー……そこの緑のとこを右にスライドして……」
「大丈夫か? 爆発しないか?」
心配そうに聞く直矢。
する訳がないだろ。
「するわけないだろ全く……ちょっと貸して。はいこれでオッケー。電話して。」
澄也がスマホを捜査して直矢に手渡す。
「おお、ありがとう。……もしもし。なんだと? また面倒くさい……はぁ? なんだそれ……ああ分かった。伝えておく。変なちょっかい出しに来るんじゃないぞ。」
電話が切れたようでスマホをポケットに仕舞う直矢。
「あーお前ら……面倒なことになったぞ。」