ナマモノ
2021/07/19改稿
館内の更衣室に案内され、そのまま着替えさせられた。
「おおー、お二人ともお似合いですよー!」
更衣室を出ると店員さんがこう言った。
隣を見ると、
「ぬぅ……」
ピンクのTシャツを着て赤い顔をした直矢が。
自分の体を見ると同じTシャツが。
実際にやってみると想像の100倍恥ずかしい。拷問か何かか?
恐らく俺の顔も相当赤くなっていることだろう。
「ではお会計に参りましょうか!」
心なしかテンションの高い店員さんに連れられレジへ向かう。
……周りの視線が痛い。
「炊飯器が―――円、冷蔵庫が―――円で、配送料が―――」
「あの。」
会計を進める店員さんに直矢が声をかける。
「はい、なんでしょう?」
「今ここに現物はあります?」
「え? はい、ございますが。」
「じゃあ今日持って帰るので現物貰えます?」
……はい?
「えーっと……炊飯器はともかく、冷蔵庫もですか?」
「ええ。近いんで。」
近いとはいえあんな重いもの運べる距離じゃないぞ……
「配線とかは大丈夫でしょうか? そういったサービスもありますが……」
「詳しい奴がいるので大丈夫です。」
「道中お客様の不注意で商品が破損などした場合、保証はできかねますがそれでもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。」
キッパリと言う直矢。
「そうですか、かしこまりました。それですと配送料、配線代を抜いて……―――円になります。」
「じゃあこれで。」
直矢が鞄から出した長財布から何枚かの札を出す。
「はい、お預かりいたします。こちら、お釣りとレシートになります。」
「どうも。」
「それでは、商品を一階の通用口までお運びいたします。」
そう言うと無線機で何やら指示を出す店員さん。
「ついてきて下さい。通用口までご案内いたします。」
店員さんについて行くと、職員用エレベーターと書かれたエレベーターに辿り着く。
「あの、本当に大丈夫ですか……?」
エレベーターに乗りながら心配そうに聞く店員さん。
「ええ。力仕事には自信があるので、大丈夫です。」
ゆっくりと深く頷く直矢。自信満々と言った感じだ。
いくら力自慢でも冷蔵庫を一人で運ぶのは難しくないか……?
「さて、ここで少々お待ちください。」
エレベーターを降りて店員さんが言う。そのまま店員さんはどこかへ行ってしまう。
「大丈夫なの……?」
「あのサイズなら問題ない。流石に休憩なしで家まで行くことはできんが、休憩を挟めば問題ない。あ、炊飯器は楓に運んでもらうことになるが、大丈夫か?」
「まあそれくらいなら私は大丈夫だけど……」
多分。
「お待たせいたしました! こちら、ご注文の冷蔵庫と炊飯器となります!」
店員さんとその部下らしき人が手押し車で大きな段ボールと小さな段ボールを運んでくる。
「ねえ、これ借りたらいいんじゃない?」
手押し車を指して言う。改めて思ったがこれを車輪なしで一人で持って帰るのは無茶だ。
「それもそうか……これを借りることってできますか?」
「まあ……当日中に返却していただけるのであれば、可能です。」
「では貸していただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、勿論です!」
「ありがとうございます。よし、じゃあ帰るか。」
「うん。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
帰り道の途中、
「しかし、よくもまあこんな宣伝方法を思いついたものだな。」
と、Tシャツを見ながら言う直矢。
「これを見た人が実際店に行くかはともかく、とりあえず目にはつくよね。」
そして今それを感じている。目線が痛い。
「そうだな……とりあえず知り合い―――といっても俺はいないわけだが、ともかく新しいクラスメイトとかに見つからないことを祈ろう。」
「だねー……」
流石に恥ずかしすぎる。
「むっ。」
突然直矢が振り返る。
ドンッ
そして数メートル吹っ飛ぶ直矢。
何が起こった!?
「大丈夫か楓! 変態にペアルックなんて強制されてたんだな、兄ちゃんが来たからにはもう安心だ!……って、ん?」
気づくと兄貴が隣に立っていた。
これは……状況からして、兄貴が直矢を吹っ飛ばした?
「あ、兄貴、これは事情があって……後、あれは直矢。」
「つまり……直矢は実はペアルックを強要する変態……?」
「だからこの服は事情があるんだってば!」
なんだペアルックを強要する変態って。
「お前……人にいきなり飛び蹴りするとはいい度胸だな……!」
直矢が起き上がって歩いてくる。
怒っている……怒った直矢怖い……いや、怒って当然なわけだけども。
「おう! 俺の飛び蹴りを喰らってよく起き上がったな! 褒めてやろう!」
何故か偉そうな兄貴。
なんなんだお前は。
「楓は俺のもんだ!」
どさくさに紛れてとんでもないことを口走る兄貴。
「黙れこの野郎!」
とにかく怒っている直矢。
「ふ、二人ともストーップ! 直矢が怒るのは当然だけど、今はとりあえず抑えて!」
この二人が喧嘩したらどちらが怪我するにせよただじゃ済まないのは確かだ。
と思って二人を止めると、
「か、楓ちゃん……?」
何故か顔を赤くしたさやかちゃんが。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「だからそのー、ペアルックはこういう事情で、二人が喧嘩してるのは―――」
「皆まで言わなくていいよ楓ちゃん! ああ、一人の女の子を巡って争うカッコいい男の人二人……」
うっとりした顔で何やら呟くさやかちゃん。
さっきからこんな調子で一向に話が進まない。
「あのー、さやかちゃん?」
「ふえっ!? べ、別にたまにはNLもアリかとか、でもナマモノはとか考えてないよ!?」
さやかちゃんが何を言っているのかはよく分からないがともかく事情を理解してもらわないとこれからの学校生活に響く。
「まず、このペアルックは割引のためであって、私と直矢が付き合ってるとか、そんなんじゃないから! いい?」
「うんうん、こっちの人の手前、そうやって言い訳しないとペアルックもできないんだよね、分かった!」
全然分かってない……
「え、やっぱり言い訳なのか!?」
兄貴は兄貴でなんか反応してるし……
「あー……ともかく、私たち、付き合ってるとかじゃないから、あの二人は付き合ってるみたいなこと、言いふらさないでね?」
「うん分かったわ楓ちゃん! 密かに育てる恋も素敵よね……」
何故だかは分からないが今のさやかちゃんは変な思考にすぐ走るらしい。
とりあえず言いふらさないことは約束してもらったからよしとするか……
「さてと。そしたら行こう直矢。蹴られたことはそのー……まあ、許してあげて。」
路上での喧嘩なんて、やってもお互いいいことは一つもないからね。
「……まあ、俺もガキじゃない。ここで殴り合ってもいいことはないことは理解している。が、詫びの一つも無いと言うのも筋が通らないんじゃないか、と思う。」
腕を組んで威圧的に言う直矢。
当然だな。
「ほら、謝って。」
兄貴に謝るよう促す。
「ええ? 俺は楓を守るために……」
ゴネはじめる兄貴。
「謝らなきゃ嫌いになるから!」
「そんな!? ……そのー、いきなり蹴って悪かった。ごめんな!」
兄貴が頭を下げる。
「……俺だったから良かったが、死角からのあの蹴りは本気で人が死ぬからもう二度とやるんじゃないぞ。」
全く、と腕組みを解く直矢。
なんとか直矢の溜飲が下がったようで良かった。
しかし、なんで俺がこんな仲裁みたいな真似を……滅茶苦茶疲れた……
「さあ、行くぞ楓。」
クルリ、と踵を返して言う直矢。
「はーい。じゃあね二人とも。」
二人に別れを告げる。
「おう、じゃあな楓!」
「じゃあね楓ちゃん!」
「そういえば。」
二人の挨拶に手を振って答えながら直矢に問う。
「ん?」
「なんか、兄貴の襲撃を事前に察知したような動きだったけど、なんで分かったの?」
「一昨日と同じだ。気配、だな。あいつ、本気で不意打ちで殺すつもりだったのか知らんが、上手く足音を消していたから、察知が遅れた。お陰で避けれずガードする羽目になった。」
「へぇ。」
こちらも一昨日と同じくだが、全然気づかなかった。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「怪我は無いが、服が少し破れたな。」
まあ、元々寝巻きにする予定だったから問題ないか、と直矢。
「え、それ着て寝るの?」
なんだかこっちが恥ずかしい。
「捨てるのも勿体無いだろ?」
「まあ、それはそうなんだけど……」




