皆の味方、もやしさん
「さて、と。じゃあ直矢の家に行こっか。」
何枚か家族写真を撮り、皆満足した様子なので今日の本来の目的に向かうことを提案する。
「そうだな。睡眠を削ってまで課題をやる羽目にはなりたくないしな。」
さっさと行こう、と直矢。
「その前にご飯にしませんか? 僕、お腹減っちゃいました!」
とエディ。
「そうだな、時間もいい具合だしな。よし、食材買って帰るぞ。」
スーパーはあっちだったな、と進む方向を変える直矢。
「え、ファミレスとかでよくね?」
と澄也。
「金がない。安くて美味い飯を作ってやる。」
「まあ、直矢の飯美味いしいいかー。何作るの?」
「そうだな、安さ重視だと……もやしだな、やっぱり。あーでも米が無い……うーむ……」
しばらく腕を組んで考え込む直矢。
「仕方ない、炭水化物はパンに頼ろう。もやしのジンギスカン風サンドイッチってところだな。」
「もやしのジンギスカン風サンドイッチ?」
まずくはなさそうだけど、あまり聞かない組み合わせだ。
「おお、いいじゃん。直矢のジンギスカンは美味いからなぁ。本当なら肉が欲しいところだけど。」
と澄也。
「肉は高いからな。」
「だよねー。」
「というかさ、金ないのに私たちも飯食わしてもらっていいの? 材料費ぐらい出そうか?」
何だか申し訳ない。
「まあ、そうだな。二人分も四人分も大して変わらん―――と言えないほどに俺たちの財布は寂しいからな、お言葉に甘えることにしよう。もやしの分はいいから、パンの分を自分の分だけくれるか?」
「んー、合計でいくら位になりそう?」
「そうだな……500円あればお釣りが来るな。調味料は昨日買っておいたし。」
「そしたら私が出すよ。」
はい、と500円玉を渡す。
「それは……安いとはいえ丸々奢ってもらうわけには……」
苦い顔をする直矢。
「そんなに私に借りを作るのが嫌?」
「いや、そうじゃないが、飯代を女に全部出してもらうと言うのは男としてだな……」
「姿が変わっても“俺“は男だよ!」
思わずむっとして俺と言ってしまった。ただ、アイデンティティに関わる部分だからそこは譲れない。
「直矢、今のは無神経だったのかもよー?」
楓ちゃんのような状況の人間を女性扱いするなんて、と澄也。
「澄也も大概な気がするけど。」
最初から一貫して。
「いやいや。僕は可愛いとかは言うけど明確に女性扱いした覚えはないさ。思い出してみて?」
「えー、そうかな、うーん……」
言われてみれば可愛いとはよく言われるが女の子だからみたいなことを言われた覚えはないかもしれない。
「確かにそうかも。」
「でしょー? その辺はデリケートだからねー。」
「……楓、悪かった。」
「いや、まあ……うん。次から気をつけてよ。」
悪気が無いのに責めるのも悪いしね。
「だとしても、全額貰うのは……」
「じゃあ昨日と一昨日のお礼、ってことで。助けてもらっちゃったし、これくらいはね。」
二回も変な奴らから守ってもらったんだ、500円ぽっちじゃお礼にもならない。
「それは仕事だからでだな……」
「仕事に対して報酬を払うのは当然だと思うけど?」
「だが払うべきは最高神……いやまあいい。あまりこんなことでゴネてもお互い面倒だしな、今回はありがたくいただくことにしよう。」
「料理作ってもらっちゃうしね。あんまり気にしないで。」
「楓がそう言うなら、分かった。じゃあスーパー寄ってくぞ。」
「「「はーい」」」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、と。相変わらずものが無いがまあ適当にくつろいでくれ。」
買った大量のもやしと大量のパンの入った袋を床に下ろす直矢。
「さっきから思ってたんだけど、これ500円オーバーしてない?」
「してるな。だが、材料自体は冷蔵庫が無くてもある程度もつからな。もやしが安かったからまとめ買いして、それに付随する食パンも買い込んだと言うわけだ。今回の飯に関して言えば余裕で足りてるぞ。」
「え、てことは俺らこれからしばらく同じメニュー!?」
嫌だなー、と澄也。
「他にも作れるぞ。焼きそばの麺も買ったから焼きそばパンも作れる。中身は麺ともやしのみだがな。」
「澄也さん、もやし人間になっちゃう……」
とエディ。
「こいつは元からもやしだけどな。」
「酷いな直矢!?」
「さてと、俺はとりあえず食事の準備をするから、エディの課題でも手伝ってやっていてくれ。」
「はいはーい。」
軽い返事をする澄也。
「さてと、エディちゃん。まずは自分で進めてみてくれるかい? 少しでも分からない場所があったらすぐに質問してね。分からないを残すのが一番ダメだから。」
「はい、分かりました! えーと、問3。これは―――イチジカンスウ?ってやつですね!」
「そうその通り! よく知ってるじゃないか、エディちゃん。」
「はい、教えてもらいました! イチジカンスウはこうしてこうするとこうなって……最後にここの数字でこっちの数字を割ると―――答えは3ですね!」
「その通り! 素晴らしいじゃないか! 次の問に移ろうか。」
これは俺の出る幕は無さそうだな。
と思い、直矢を観察することにした。
「直矢、今何やってんの?」
「ん? 調味液の調合だな。エディの勉強はいいのか?」
「澄也一人で事足りちゃうからね。」
「それもそうだな。」
「調味液って何入れるの?」
「そうだな、醤油、味噌、砂糖、ニンニク、ごま油ってとこだな。」
「なんか、本格的だね。」
「いや、そうでも無いぞ。材料さえ知ってれば混ぜるだけだからな。ニンニクもチューブの安いやつだし。」
「なるほど、それなら俺もできるかも。」
混ぜるだけなら。
「あとはこれを材料と和えて炒めるだけだ。と言っても今回は具はもやしだけで刻む必要もないし、本当に簡単なレシピだな。」
「ふーん。」
お手軽レシピ、いいな。
「調味液の配合の比率教えてもらってもいい?」
「別に構わんが、料理するのか?」
「母さんがせっかくの機会だからって言って、夕飯の係にさせられちゃった。」
「なるほど。そしたらまず醤油が一人前だと―――」
直矢が調味液の作り方について説明してくれる。
「ふんふん。なるほどねー。」
「あと、今回は金がないので具はもやしオンリーだが、実際に作るなら他の材料もあった方がいいな。スタンダードなのだと―――」
入れるべき具材の種類と美味しく食べられる切り方も教えてくれる。
「と、こんな感じだな。ジンギスカンというと本来羊肉だが、まあスーパーに行った程度で手に入るものでもない。豚肉か何かで代用してもいいと思うぞ。十分美味いはずだ。」
「分かった、ありがと。」
メモをとりながら返事をする。
「さて、あとはパンに挟むだけだな。半分には……切らんでいいか。おいお前ら、できたぞ。机を開けてくれ。」
「ほいほーい。あ、エディちゃん。テキスト貸してもらえる? 答え合わせできるように解いとくから。」
「飯の時は飯に集中しろ。」
「はいはい。じゃ、いただきまーすっと。ん! 美味いじゃん! さすが直矢!」
もやしサンドにかぶりつく澄也。そのままパラパラと課題を眺める。
「うん、美味しいです! 流石ですね!」
エディも絶賛。
「じゃあ、俺も一口―――美味いな。」
結構な濃い味だが、もやしの水分気でちょうどいい感じになっている。
「おお、良かった。むぐ。……うむ、やはり肉があった方が尚美味いだろうが、値段を考えれば大金星なんじゃないか。」
自分の料理を評価する直矢。
「直矢、料理得意らしいけど、レパートリーはどのくらいあるの?」
料理上手はレパートリーも多いのだろうか。
「レパートリーか。うーむ、数えたことは無いが、少なくともこの本に書かれているレシピは見ないでも一通り作れるぞ。」
そう言って取り出したのは年季の入ったそこそこの分厚さのレシピ本。
「これ全部? それってかなりすごくない?」
「基本的に調味料は目分量だから、完全にレシピ通りとはいかんがな。あとはここから派生させればもっと色々作れるな。」
「へえ、すごい。」
「ま、何か食べたいものがあれば言ってくれ。一般的な料理なら大抵は作れるからな。」




