E(エンペラー).山田
「名簿チェックした? 全員いるのな? じゃ、ぼちぼち体育館へ入るので俺の合図があったら並び順崩さずについてくるようにー。」
澄也に確認した後、帰りてえ、なんて言いながら緩んでいたネクタイを締め、体育館の方を伺う史田。
点呼ぐらいしろ。いや、一応俺たちが全員いるかどうかは確認したわけだけども。ミスがあったらどうするつもりなんだ……
「では、新入生の入場です。」
体育館のアナウンスが聞こえてくる。
「じゃ、行くぞお前ら。変なことすんなよ、俺が怒られんだから。」
自分のことしか考えていない発言をしながら体育館へ進む史田。
A組の生徒たちはまだ史田のダメっぷりに完全には気付いていないようで、史田の発言に戸惑いつつもついていく。
体育館に入ると、拍手で迎えられる。
パイプ椅子に座って他の組の入場を待つ。
「では、国歌斉唱です。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
式は滞りなく進み、俺たちは教室へと案内された。そのまま名前順に席につき、史田の挨拶を聞くことになった。
「さて、と。あー、さっきも言ったが、史田光一だ。担当教科は日本史。担任なんて面倒だと言い続けてきたんだが、いよいよ回避もし続けられなくなり、やりたくはないんだがこのクラスを担当することになった。お前たち、悪いことをするのはいいがバレないようにやるように。お前らの悪事がバレると俺が怒られるので。以上。そしたら、んー……名前順でいいか。順番に自己紹介してくれ。名前と趣味と後は……まあ言いたいことがあれば言ってくれ。」
ネクタイを緩めながら到底教師とは思えない発言をし、自己紹介を促す史田。
当然、名前順で一番前の生徒に視線が集まる。そしてそれは―――
「明神直矢だ。趣味はそうだな……鍛錬と料理だ。よろしく頼む。」
直矢だった。当たり障りのない自己紹介をして席に座る直矢。
「えー、天神澄也です! 趣味はゲームとかPC関連もろもろ。男女問わず仲良くしてね!」
パチン、とウィンクをして締める澄也。
すーぐこういうことする。
「―――古田島さやかです。趣味はー、なんだろう。読書かな?です! よろしくお願いします!」
何人かの自己紹介の後、古田島さんが自己紹介を終える。
つまりは、
「新条エディです!」
エディの番だ。エディが立ち上がり、自己紹介を始める。当然同じ苗字なのでその次は俺である。何話そう……
「趣味はお菓子を食べることです! よろしくお願いします!」
お辞儀をして席に座るエディ。
俺の番か、緊張するな……
「えっと、新条楓です。エディとは従姉妹で同じ苗字です。趣味は……そうだなー、漫画とか、ですかね。あ、それとこんな見た目なんですけど、中身は純日本人なので、英語とか喋れません。よろしくお願いします。」
言い終わって席に座る。
我ながら地味な自己紹介だとは思うが、同時に無難ではあると思う。うん、無難だ。目立たないのが一番って―――
「あっ、あのっ!」
生徒会選挙のために多少目立たなければ、と思ったらつい立ち上がってしまった。
「どうした新条―――いや、二人いるのか。なんて呼ぶかな。流石に下の名前呼び捨てはマズいしなぁ……K新条とでも呼ぶか。どうしたK新条。」
史田が何やら適当な呼び名を決めて聞いてくる。
俺はストリートでファイトする相撲取りか。
「えっとそのー……私、生徒会選挙に出るので、応援よろしくお願いしますってことを伝えたくて……えへへ。」
いかん。注目されすぎてつい変な笑い方をしてしまった。
「お前、生徒会選挙出るの……? んー……まあ校則的には問題ないのか。まあ適当に頑張ってくれ。……いや、全力で頑張れ! そして会長の権限で俺の仕事を減らしてくれ! お前らいいか? 選挙ではK新条に入れるんだぞ! いいな!?」
顎髭を撫でてしばらく首を捻った後、ダメっぽい理由で応援してくる史田。
クラスの皆に応援するよう勧めてくれるのはいいけど、その理由はどうなんだ……? 後K新条はやめてくれマジで。定着したら困る。
「えっと、皆さんよろしくです……」
一応こう言って席に座る。
あー、完全に人の前に立つのに向いてない。マジで生徒会選挙やりたくなくなってきた。でも湯葉生活は嫌だしなぁ……
「えー、ということだ。まあ、俺も立場上強要はできないが、入れる候補に迷ったら入れてやってくれ。そして俺に楽をさせてくれ。はい次。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、全員終わったか。えーと、配るもんなんかあったかな。まあいいか。書類配らんでも誰も死なねえしな。じゃ、今日は解散です、と。明日は今日と同じ時間にこの教室集合だ。先ほども言ったが、帰り道に悪いことしないように。もしくはバレずにやるように。はいじゃあ今日は終わりです。じゃあなー。」
言うや否や手をひらひらと振りながら教室を出ていく史田。
書類、大丈夫なのかな……?
なんて考えていると、
「ねえねえ楓ちゃんはどんな漫画読むの!?」
古田島さんが話しかけてきた。
男子は男子で固まっているが、なんとなく視線を感じる。
「エディちゃんは英語とか話せるのかな!?」
エディはエディで何やら話しかけられている。
「え? 人類防衛最前線とか、かな。」
言ってから、しまった、と思った。
人類防衛最前線とは現代に近い程度のSFで、ある日突然侵略してきた宇宙人勢力に対抗する人類の物語、というものだが、今回答えるにしては敵が良くない。なにせ、敵勢力のメインは体長5、6メートルはあろうかという昆虫なのである。そこも魅力ではあるのだが、昆虫の描写がリアルで女子受けは悪い、と思う。思う、というのは実際に女子と人類防衛最前線の話をしたことはないからだ。ちなみに幸は気持ち悪いと言っていた。姉貴は普通に読んでたけど。あの人はほら、殆ど怖いものなさそうだし。
ともかく、作品としてはとても面白く、俺もかなり好きな部類の漫画なのだが、あまりにも昆虫の表現がリアルなので、いかんせん女子受けは悪そうな作品なのである。それを女子に話すのもどうかと思うし、ガワは女子である俺が一番に話に出すのもどうも違和感のあるチョイスだと思う。
せめて小田島さんが知らなければ別の漫画の話題にシフトしてしまえばそれでいいが、問題は知っていた場合だ。
「え? それって―――」
さあ、どっちだ。
「あの、赤名カズユキの!?」
知ってたかー。
それにしても作者の名前まで知ってるとは、詳しいんだな。
「う、うん。あ、でもあの漫画ちょっと―――」
「あの漫画すっごい面白いよね! 女の子であの漫画好きって人初めて会った! うわ、嬉しいなー!」
「そうそう、ちょっと気持ち―――え?」
面白い? 気持ち悪いではなく?
「え、人防好きなの?」
「え? うん。そうだよ? どうしたの? それよりさ、人防のどのキャラが好き? 私はやっぱりジョンが好きなんだけど……」
「いや、私も女の子で好きって人初めてで驚いて……ほら、結構虫がリアルだから……」
びっくりした。
「あー、それはねー。私もリアルの虫は苦手だけど、本の中なら大丈夫なんだ! 本の中の虫は急に飛んで向かってこないしね。ふふ。」
心底嬉しそうに言う古田島さん。
可愛い笑顔だ。
「で、好きなキャラは? さっきも言った通り、私はジョンが好きなんだけど……」




