熊さんはいい人
「はいよー、豚骨と味噌お待ちー。なんだい恋バナってヤツかい? いいねぇ。ウチの息子もそういう話があればいいんだけど……」
紗子さんが小さい体で器用にラーメンを運びながら言う。
「え? 強はカノ―――」
「ストーップ、勇牙ストーップ!」
兄貴が何か言いかけると、厨房にいた熊さんが大声で止める。
熊さん、彼女いるのか。
「ちょっと強! 皿洗いくらい静かにできないのかい!」
「いや、悪い母ちゃん……」
少し安心した様子の熊さん。
隠れて付き合ってるっぽいのがバレなくて良かった。
「ま、しっかり味わってちょうだいなー。」
厨房へ戻る紗子さん。
「「「はーい。」」」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやー、何度食ってもここのラーメンは旨いな!」
ラーメンを食べ終え、兄貴が言う。
「うん、美味しかった。」
「美味しかったです!」
美味しかったが、マジで少食になったのを感じる。1/3人前で結構満腹感がある。
「それにしても、エディちゃん、ラーメン食ったこと無かったとはなぁ。今まで何食ってたんだ?」
「いや兄貴、ラーメン以外にも世の中に食べ物はいっぱいあるから……」
「それもそうか。にしても食生活が気になるなー。好きな食べ物は?」
「甘いものが好きです! 特に生クリームを使われてるスイーツが!」
クレープとか美味しいですよね……と、トロけた顔で言うエディ。
クレープ……あまり食べたことないかもしれない。
「ふーん。じゃあ、メシだったら何が好きだ?」
「メシ……あ、メインの料理のことですね! んー、直矢さんのミートソーススパゲッティは絶品ですよ! 大好きです!」
「ミートソースか、いいな! 直矢っつーと確か、昨日の女か。いや、本来は男とかとも言ってたな。確か昨日のメシはアイツが作ったらしいよな。美味かった!」
「珍しいね、兄貴がそんな細かいこと覚えてるなんて。」
3歩歩けば全て忘れると評判の兄貴が。……いや流石にこれは誇張しすぎだとは思うけど。
「バカにすんな楓! 俺は強いヤツとメシのことは絶対忘れないんだ!」
「そうなんだよな。コイツ、中学レベルの英単語も覚えてない癖して、大会で苦戦した相手は名前、学校名、学年、フルで覚えて顔とも一致させてるんだ。写真なんか見せたら即答するぞ。飯に関しても、三年前くらいに行った店の料理名まで覚えてるからな。」
手を拭きながら熊さんがテーブルに近づいてくる。
兄貴の脳みそのリソース、戦闘と飯に割きすぎてる……
ところで、と椅子に座った熊さんが話し始める。
「さっき思い出したんだが、勇牙、お前、弟いたよな?」
なんだか嫌な予感が。
「ん? ああ。」
それが何か、といった風の兄貴。
「弟の名前、楓、じゃなかったか?」
「あー、いやー、そのー、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。」
ピンチに気づいたのか目を逸らし口笛を吹き意味不明なことを言い始める兄貴。
誰がどう見ても怪しい仕草だ。
「飽くまで俺の見立てだが、楓ちゃん、いや、楓君は冬士先生の薬品かなんかで性別が変わってしまったんじゃないのか?」
「あー……そうだなー……」
助けてくれ、という目でこちらを見る兄貴。洗いざらい話されても困るので当然助け舟を出す。
「ええ、実はそうなんですよ。不幸な事故というかで……」
薬品で性転換、というのも中々荒唐無稽な話だが、カミサマがやってきて勝手に変えられた、というよりは信憑性がある。冬士さんが登場するわけだし。
「学校はどうするんだ?」
明日入学式だが、と熊さん。
実際は三年間女子として生きるわけだが、どう説明したもんか。原因が冬士さん、と設定している以上、最長でも三ヶ月もあれば解決しそうなものだ。実際にはどうかは分からないが少なくとも冬士さんの評判を知っている人からすればそんなイメージを持つだろう。
ちょっと無理矢理だがここは……
「それがですね、薬の原液を飲んでしまったせいで、本来数ヶ月で戻るところが三年かかるらしくて……しかも解除方法は無いとかで……なので三年間は女子として過ごします。あ、このことは秘密でお願いします。女子の姿をした男子が混じってるなんて知られたら事だし、だからといって男子として過ごすわけにもいかないので……」
「なるほど……まあ、薬のことはよく分からんし、そういうことなんだろう。秘密にする、というのも守ろう。ともあれ苦労しそうだな。何かあったら頼ってくれ。できることと言ったら力仕事と勉強を少し教えるくらいだがな。」
ハッハッハ、と笑う熊さん。
さっきからなんとなく感じていたがこの人すごくいい人なのかもしれない。
ひとしきり笑った後、それにしても、と熊さんが言う。
「言われ慣れているかもしれないが―――いや、楓君は違うかもしれないが、ともかく二人とも、とても可愛いよな。」
「えっ、いや、あのー……ありがとうございます。」
自分自身この体は滅茶苦茶可愛いと思っているので、変に謙遜はできない。
しかし、自覚のあることとはいえ他人に容姿を褒められるのはなんだかすごく照れるな。
「い、言われ慣れてなんて無いですよ! 僕なんてそんな―――」
エディも非常に照れた様子。
「おっと、本当に可愛い子が謙遜なんてすると逆に嫌味になるぞー。素直にありがとうとでも言っておきなさい。」
「じゃ、じゃあ、ありがとうございます……」
赤くなった頬を手で隠しながら頭を下げるエディ。
「にしてもなんで突然俺の妹たちを褒めたんだ?」
と兄貴。
どっちも正確には妹じゃ無いけどな……
「いや、マネージャーがさ、ウチの部いないだろ? 三代先輩卒業しちゃったし。こんだけ可愛い子がマネージャーだったら部員のモチベーション爆上がりだろ? なってくれないかなって思ってな。」
マネージャーか……大変そうだし第一生徒会やるからできないなー。
なんて考えていると、
「ダメだダメダメ! そりゃ俺だって妹たちに部活中世話焼いてもらいたいけど、それと同じことを別のヤツらにもさせるなんて兄として許せねえ! ダメだ!」
兄貴が猛反対した。
「そうなのか? 本人たちの意見はどうなんだ? 楓君はどうだ? マネージャー、やってみないか?」
「いやー、大変そうだし、それに生徒会やるつもりなので、やる気のあるない関わらずできないですねー……」
「そうかー、生徒会かー。誰か応援する会長候補のアテはあるのか?」
「あ、いや、僕が会長で出ます。」
「マジか!? ありゃ一年がなるもんじゃないぞ!? 現会長の勇牙のお姉さんでさえ一年は書記だったんだから。」
姉貴でさえ一年は会長じゃなかったのか……
「ちょっと話せない事情があって仕方なく……」
「そうか。まあ、俺は応援しよう。エディちゃんはどうだ? マネージャー。」
「僕も生徒会やるので……ごめんなさい!」
「そうなのか。楓君の応援か?」
「はい!」
「なるほどなー。二人ともダメか、残念だ。ま、そう言うことなら応援するさ。生徒会選挙、頑張ってくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
「あ、俺ももちろん応援するぞ!」
と兄貴。
「ああ、ありがとありがと。」
「俺だけ扱い違くねーか!?」
「じゃあなんて言って欲しいんだよ。」
「そりゃお前、満面の笑顔でありがとうお兄ちゃんって―――」
「気持ち悪い。」
「んがっ!?」
箸で兄貴の喉を突いた。
中身男だぞ。……いや、兄貴は元々こうだったけど。
「さてと、そろそろ仕事に戻らんと母ちゃんに怒られる。俺は仕事に戻るとするよ。気が変わったらいつでも言ってくれ、歓迎するからな。」
そう言い残して厨房へと戻る熊さん。
なんというか常識人って感じだ。
「じゃ、帰るか! 母ちゃんのメシが待ってる!」
「ラーメン一杯と三分の一食べたよね?」
「食べたけど、そんくらいじゃ足りるワケねー。」
流石の胃袋だ。
お久しぶりです。先月の半ばくらいから体調を崩していて、今回の毎日投稿は短めになりそうです。無理のない範囲で頑張ります。




