いざというとき咄嗟に出るのはビンタ
2021-05-13 改稿
「ブハハハハ! 直矢、そのカッコ、面白すぎでしょ!」
澄也が大爆笑する。
「……」
「ちょっ、まっ、目が、目が怖い! 暴力反対! あだぁっ!?」
直矢が澄也の肩を殴る。割と勢いよく。
「俺の服はどこだ?」
「ああ、持ち帰ってるよ。はいこれ。」
グシャっとした服の塊を直矢に差し出す澄也。
「服はちゃんと畳めとアレほど……」
「それより早く着替えた方がいいと思うぜ。フフッ。」
口を押さえて笑う澄也。
「……ああ、そうさせてもらおう。楓、少し部屋を借りてもいいか?」
高速で澄也のモモに膝を入れた後、俺に聞いてくる直矢。
アレ痛そうだなー……
「う、うん、いいよ……」
返答してから部屋を後にする。
早いところ着替えた方がいい。ホント。
「恩に着る。」
パタン、と扉が閉められる。廊下には俺とモモを押さえて転がる澄也。
―――って、
「エディは!?」
いなくなってる。
「え? いないの? 嘘……」
苦しげな声で反応する澄也。
「ったく、ちゃんと見てろよなー。何してたんだよ?」
「ちょっと扉に耳を。」
悪びれもせずに言う澄也。
「……まさか聞いてた?」
直矢との会話。
「いやー、まさか直矢に意識があったとは。ますます羨ましい限りだ。ま、あの服だけは勘弁だけどねー。」
「この……変態がー!」
パーン、と音が響く。俺の手のひらと澄也の頬が激しく当たった音だ。
「あいたた……いやー、ごめんごめん。中から色っぽい声が聞こえたもんで。」
「……そんな声出てた?」
「出てた出てた。こう、ハートマークがつきそうな『んっ』、が。」
「『んっ』とは言ったけどそんな類のものは出してない!」
なんだハートマークって!
「いやいや、自分の声ってのは意外と分からないもんだよ? 自分で聞くのと他人が聞くのじゃ全然違うんだから。」
「それはそうかもしれないけど……って、エディ! エディだよ!」
5歳の女の子がいなくなってるんだぞ!?
「そうだったね。まあ、一階とかじゃないかな? 扉が開いたら僕も気づくと思うからね。」
元から開いてた扉も無かったしね、と続ける澄也。
「なら安心かー。まあともかく連れ戻しに行こうか。」
いつ戻るとも分からないし。
「そうだね。おーい、エディちゃーんいるかーい?」
リビングへ降りると、
「ひゅふやひゃん! これおいふぃーよ!」
口いっぱいに何かを詰め込んだエディがこちらへ駆け、澄也に抱きつく。
「おお、何もらったんだい? っと、まずは口を拭こうか……」
澄也がエディを引き離すと澄也の服にはベットリと茶色の何かが。
匂いからしてチョコでももらったのか。
ティッシュでエディの口を拭く澄也。
「エディにチョコあげたのって母さん?」
「ええ。一人で降りて来たから食べてたのあげたのよ。そしたら気に入ったみたいだから袋ごとあげちゃった。このくらいの子にねだられるとつい甘くなっちゃうわよねー。」
と母さん。
「袋ごとあげちゃダメでしょ……ていうか、俺らの時はもっと厳しかったと思うんだけど……」
おやつは量が決まってたし袋ごとなんてことは絶対なかった。
「そりゃあ、自分の子は責任持って育てなきゃいけないから。エディちゃん、どうせ戻るんでしょう? そしたらいくら甘やかしてもいいじゃない。いくらでも甘やかせるなんて最高の子供ねー。」
素晴らしいわー、と母さん。
まあそうかもしれんけど……
「エディちゃん、今度は私たちと遊びましょう?」
姉貴と幸が手を広げて待っている。
目がキラッキラに輝いている。二人とも子供好きだったのか。
「澄也さんと遊ぶ!」
ギュッと澄也の足に抱きつくエディ。チョコの袋は離さないあたり食い意地がはっている。
「ハハ、すいません、なんだか懐かれちゃって。」
いやー、困った困った、と全く困っていない様子で言う澄也。
「……このお兄ちゃんズルい。」
と幸。
「ズルいわね。」
姉貴も同調する。
いやズルくはないぞ二人とも。ちょっと腹立つのは認めるけど。
「おう、着替えたぞ。あ、お邪魔してます。」
直矢が降りてきた。
「あら、戻ったの。」
と母さん。
「残念だわ、小さい直矢さん可愛かったのに。」
「光花お姉ちゃん、この人誰ー?」
と幸。
そうか、幸は女体の直矢しか見てないのか。
「さっきまで薬で赤ちゃんになってた人よ。」
すごい誤解を生みそうな一言だ。正しいけど。
「えー!? じゃあもう赤ちゃんいないの!? 抱っこしてみたかったのにー!」
残念がる幸。一方で直矢はホッとした顔をしている。
まあ、小学生の女の子に抱っこされるなんて恥ずかしい体験、直矢はしたくはないだろうな。一部の人は金出してもやってもらいそうだけど。
「さて、いつまでもお邪魔するわけにもいかん。俺らの家に行くぞ。澄也、エディをしっかり見ておけよ。」
「はいはーい。行くよエディちゃん。」
しゃがんでエディと手を繋ぐ澄也。
「どこ行くのー?」
「僕の家。」
「チョコある?」
「うーん、今はちょっと無いかなー。」
「えー。じゃあ行かない。」
プイッ、とそっぽを向くエディ。
「お店で好きなお菓子買ってあげるから、ね?」
エディを宥める澄也。
「……抱っこしてくれる?」
少し澄也の方を向くエディ。
「ああ、もちろんだとも!」
「じゃあ行く!」
澄也に抱きつくエディ。
マジでなんでこんなに懐かれてんだ……?
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ところでさ、直矢。」
直矢の家への道中、唐突に口を開く澄也。
「なんだ?」
「さっき『エディをしっかり見ておけよ』って言ってたよね?」
「ん? ああ、言ったが。」
「なんでこの子がエディちゃんって分かったのかなー?」
ニヤニヤしながら直矢に聞く澄也。
「ッ! いや、それはほら、アレだ……見た目とかからだな……」
「ところで話は変わるんだけど、僕、楓ちゃんの部屋の前でとある会話を聞いちゃってー。」
「なっ!?」
直矢の顔が赤くなる。
「どうだった? 楓ちゃんのおっぱいは。」
これ以上ないほどにやけきった顔で言う澄也。
最低人間だ……
「……死ね。」
冷酷な声と共に澄也のみぞおちに肘を入れる直矢。膝から崩れ落ちる澄也。
これは澄也が悪いわ。
「澄也さんがー! 何すんだこの筋肉モリモリさんー!」
ポカポカと直矢を叩くエディ。
筋肉モリモリさんて。
「……ちょっと待て。エディ、お前俺の名前分かるか?」
しゃがんでエディと視線を合わせて聞く直矢。
……え、澄也のこと分かったんだから分かるよね?
「しらない。」
と若干涙目のエディ。
直矢の顔怖いからなぁ。
しかし、俺のことも認識していなかったけど付き合いの長い直矢まで忘れているとは……こうなると逆になんで澄也のことだけ覚えていたのか謎だな。
「そうか、分かった。スーパーでも寄ってくか。菓子買う約束だからな。」
「お菓子買う!」
すぐに元気になるエディ。
子供は表情がコロコロ変わるなぁ。
「ただし、300円までだ。」
「えー!? 好きなの買ってくれるって言ってたのにー!」
「じゃあ好きなの一つでもいいぞ。」
「えー、一つー?」
ぶー、と頬を膨らませるエディ。
「どっちかだ。300円までで色々買うか、好きなの一つ買うか。」
「うーん……」
「300円までにしときなエディちゃん……大体のお菓子は300円あれば買えるから……」
澄也が死にそうな声で言う。
「じゃあ300円にする!」
「分かった。しかし、いつもより復活が遅かったな。」
と直矢。
「歳なのかな……」
「それはどうなの……」
歳が原因で復活が遅れるほど歳取ってないでしょ。
「ま、少し加減が効かない事情があったからかもな。」
少し笑いながら言う直矢。
だからお前笑った顔が一番怖いんだって。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あー、疲れた。」
あの後、スーパーに行った後直矢の家でエディが元に戻って一悶着あったり(何故かエディの記憶は無かった)、今度は俺と澄也が元に戻ったり、宣伝用のポスターのデータを作ったりと色々あった。今日は他にも色々あったので非常に疲れた。ついでに昼も直矢の作ったものを食べた。昨日と同じくとても美味かった。
「しっかし少し残念だなぁ。」
と澄也。
「何が?」
唐突になんだろう。
「いや、楓ちゃんのおっぱい、小さくなっちゃったからさ。しかも……ノーブラだったろう? いや今もそうだろうけど。眼福とはこのことだねー。あ、別に僕はどんなおっぱいであろうとおっぱいは好きなんだけどね!」
「この……セクハラ野郎が!」
ノーブラを指摘されたことがとても恥ずかしく、勢いで澄也の首に腕を回して首を絞める。いや、つけて来なかった俺も悪いんだけども。
「んぐ……苦しいけど背中におっぱいが……いやはやこれはこれで……」
腕力不足だったようで、澄也が何やら呟く。
「どれ楓、代わってやろう。」
指をポキポキ鳴らしながら直矢が近づいてくる。
「いやいや、直矢が絞めたら僕死んじゃうから!」
近づいてくる直矢を拒絶するように両手を前に出してブンブン振る澄也。
「安心しろ、首は絞めん。」
澄也に十分近づくと、澄也の額に手を当ててそのまま顔を握って澄也の体を宙に浮かす直矢。
あ、アイアンクロー……
「あいたた! ギブギブギブギブ! 死ぬ死ぬ死ぬ!」
悲鳴をあげる澄也。
……少し可哀想になってきた。




