ママではない
「直矢はよろしく。」
「もちろ……いや、仕方ないなぁ。」
あの可愛い子を抱っこできると思うとついテンションが上がってしまうが、母性的になったと思われると恥ずかしいので誤魔化す。
「じゃあ行こう。エディちゃん、行くよ。」
「うん!」
澄也と手をつなぐエディ。
「俺達も行こうか。」
直矢に声をかけて抱っこしようとすると、
「ちょっ、そんな暴れないで、落ちちゃうから! 怪我するよ!」
猛烈に暴れ始めた。
「もう……よいしょ!」
暴れるのを押さえつけ、強めに抱くと、ようやく大人しくなった。
「……ちょっと直矢が羨ましくなるなぁ。」
「……え?」
澄也の視線を辿ると、そこには大きくなった俺の胸とそれに埋もれる直矢が。
「……まあ、不可抗力ということで。」
抱く力を少し弱める。
「ま、エディちゃんの状態を見る限り、元の直矢の意識はなさそうだしね。そんなに気にしないでもいいんじゃないかな。」
「そうだねー。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「う、腕が……」
小さいとはいえ一人の人間。その重さですぐに俺の細くなった腕は限界を迎えた。
「あー、結構重いもんねー。そしたら代わろう―――」
「ダメ!」
代わろうという澄也の申し出をエディが遮る。
「……どうしても?」
エディに聞く澄也。
「どうしても!」
ブンブン、と激しく頷くエディ。
「……モテるってのは辛いねぇ。」
髪をかき上げへにゃっと笑った後、
「そしたら、ちょっとリソースもったいないけど、ベビーカーでも出すかー。」
パンパン、と澄也が手を叩くと、ベビーカーが現れた。
「もー、出せるなら早く出してよー。」
疲れた……直矢をベビーカーに座らせる。
「こうして……こうか?」
座らせたはいいものの、ベルトがたくさんあってよく分からない。恐らくこれで合っているはず。
「そうだね、合ってるはずだ。そしたら行こうか。」
「おっけー。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー。」「お邪魔しまーす。」
玄関の鍵を開け、リビングに入ると、
「おかえ……母さん! 楓が、楓が大人になった! 大人になった上に子供産んでる!」
姉貴がなにやら騒ぎ立てる。
……まあそう見えなくもないのか。
「あ、いや、姉貴、これは……」
「あらあらまあまあ本当ね! 未来からやって来たのかしら! 相手は澄也君? こんなに早く孫の顔が見られるなんて……」
頬に手を当てて幸せそうにする母さん。
「あー、赤ちゃんだー!」
と幸。
「違う違う! 二人とも勘違いしてる! これは薬のせいで!」
「薬なんかでなんで成長して子供が生まれるのよ。」
「母さんの言う通りだわ。」
突然冷静になる二人。いやもっともなんだけども。
「薬ってのが冬士先生の作ったものでして……」
澄也が助け舟を出してくれる。
「冬士ね。なら納得だわ。」
「冬士さんならあり得るわねー。」
と二人。
これで納得される辺りから冬士さんがどういう風に思われているかわかる。
「で、その赤ちゃんは誰なの? ……もしかして直矢さん?」
俺たちをしばらく見て正解を言い当てる姉貴。
確かに、俺と澄也はすぐに分かるし、全員ここにいるという前提なら小さくなったエディもエディと認識できる。となると消去法で赤ちゃんが直矢ということになる。
「……そうみたい。」
「……どうしようかしらお母さん。小さいエディちゃんも可愛いし赤ちゃん直矢さんも可愛いしもちろんママ風楓も可愛い。どれを撮ろうか悩むわ……」
「……全部撮ればいいんじゃないかしら。あ、後で私にもデータ頂戴ね。」
キリッとした顔で言う母さん。
「え、写真撮るの……」
ママ風とか言われた後に撮るの嫌なんだけど……
「撮るわよ! なんのためのカメラだと思ってるの!?」
パシャパシャと写真を撮りながら言う姉貴。
「おっ、僕ら夫婦扱い? イエーイ!」
ノリノリでピースする澄也。
「えー、俺こいつと夫婦?」
嫌なんだけど。
「そんな顔しないでー。ほらピースピース!」
「いいえ澄也さん、楓と夫婦になるのは私よ!」
いきなり俺をフレームに入れて自撮りし始める姉貴。
いやそれは無理がありすぎるぞ姉貴。
「折角だから直矢君を抱いたところも写真に収めたいわよねー。」
と母さん。
「腕疲れたし普通に嫌なんだけど。」
「来月のお小遣い1.5倍にするわ。」
「やらせていただきます。」
1.5倍はでかい。直矢達から金貰ったけど流石にあの大金を自由には使わせてもらえなさそうだし。
よいしょ、と声を出しながら直矢を抱きかかえる。
「さっきまでずっと抱っこしてたから早いとこ撮ってね。腕がもう限界だから……」
「立派なママになるにはそれに耐えなきゃダメよ楓。」
と母さん。
流石に四人の子供の母は言うことが違う。が、
「ママになる予定ないから……」
高校三年過ごしたら元に戻るので……
「いやー、可愛いわー。素晴らしい! こっち向いて! いいわねー!」
姉貴は姉貴でなにやら腕のいいカメラマンのようになっている。
もういくらでも撮ってくれ……
「ああ、そうそう。」
ここに来た目的を忘れていた。
「はいこれ。冬士さんから。」
「あらもう観たのね。お使いありがとう、楓。」
「ところでこの中身は?」
「スター・コンバットよ。」
スター・コンバットシリーズ。詳しくは知らないが、地球とは別の銀河系が舞台の冒険モノらしい。ブウォンブウォンと言う効果音と共に赤や青の光の剣、ライトスウォードで登場人物たちが切り結ぶシーンはあまりにも有名。
「冬士さんスター・コンバットなんて観るの!?」
フィクションとか全く興味なさそうだけど。
「こういうのからインスピレーションを得ることが結構あるらしいわ。」
「へぇー。」
確かにSFは未知の技術の宝庫だからなー。
「アレ面白いですよねー。重厚なストーリーがなんとも。」
「そうよねー。私は1の主人公が一番好きなんだけど―――」
澄也と母さんが二人で盛り上がっている。
「とりあえず部屋上がってく? と言うか俺が休憩したい。」
腕も疲れてきたことだし、直矢を降ろして休みたい。
「ああ、オッケー。エディちゃん、行こうか。」
「うん!」
母さんとの会話を切り上げてついてくる澄也とエディ。
しかし本当にエディは澄也に懐いている。
……なんでだろう?
「お邪魔しまーす―――っと、僕は一旦出直そうかな。」
澄也が部屋の中を見てすぐに戻る。
澄也の視線を辿ると―――俺の脱いだ服が。中にはブラも。ちなみにエディの分はしっかり畳んである。
「あー、ごめん……ちょっと片付けるね……」
男に下着を見られたと言うだけなのに、なんだかとても恥ずかしい。
「直矢はここで寝ててね。しかしアレだなぁ。」
胸の部分がズレてる感じがして居心地が悪い。
「よいしょ、っと。」
セーターを脱ぐ。
「んっ、よっ……んー……」
うまく収まらないなぁ。
いっそ着替えるか。
キャミソールを脱いでTシャツを着る。
「……問題ナシ!」
鏡をチェック。見られて困りそうな感じはしない。脱いだ服を片付けて澄也を呼ぼうと振り返ると―――
「あー、なんだー、その……すまん、見るつもりは無かったんだが……」
元に戻り赤面した直矢がいた。
「ーーーッ!」
顔が一気に赤くなるのが分かる。
「安心しろ、いわゆる隠すべきところは見ていない。」
申し訳なさそうに言う直矢。
というか―――
「直矢、その格好、フフハッ!」
直矢はさっき着ていたスク水形状の洋服を身に纏っていた。当然、幼児姿で着られるサイズなのでこれ以上無くピッチピチだ。破れていないのが不思議なくらいである。冬士さんの言っていた超伸縮性素材というやつだからだろうか。ともかく、悪人面でゴツい直矢がこれを着ているのは滑稽以外の何者でも無く、直矢には申し訳ないが大笑いしてしまった。
「ああ、これか……着せられた時から嫌な予感はしていた―――しまった。」
「今……着せられた時って言った?」
それってつまり……
「意識、あったの?」
「……まぁ、な。」
バツが悪そうに言う直矢。
「てことは俺の胸の感触も……?」
「……すまん。」
否定せずに謝る直矢。
「うぅ……」
先ほどと同じように、いやそれ以上に顔が赤くなっていくのを感じる。
「……」
「……」
気まずい沈黙が続く―――と、
「やっほー。そろそろいいかな? って―――ブハハハハ! 直矢、そのカッコ、面白すぎでしょ!」
部屋に入って来た澄也が直矢を見て大爆笑する。




