冬士さんなら仕方ないと言う風潮
「これ、元の人格の本音だったりするかなぁ……?」
「さあ……?」
「まあ分からないよね……」
「澄也さん、この人と喋っちゃダメ! 僕とケッコンしてー!」
「……エディちゃんが大人になったら、ね。」
少しの間参ったな、といった顔をした後、いつもの軟派な笑顔に変わり、エディにウィンクをする澄也。顔を真っ赤にしてソファの物陰に隠れるエディ。
こいつ、ロリにも容赦がない。
「ところで、僕の姿も変わっているのかな?」
「うん。大人になってる。」
どうやら熱くなった組は大人に成長したようだ。
「な、る、ほ、ど。直矢は―――」
直矢の服を漁る澄也。
寒いと言っていたエディは小さくなった。一方で直矢も寒いと言っていた。
―――まさか。
「おお、いたいた。窒息していなくてよかったよ。」
澄也が直矢のTシャツに包まれた幼児を取り上げる。……2、3歳くらいだろうか?
「……もしかしてその子が直矢?」
「だろうね。状況的に見て。ところで楓ちゃん、赤ん坊抱いた経験ってあるかい?」
「え? まあ親戚の家で何回かは……」
可愛かった。
「じゃあ直矢抱くの頼んでいい? 楓ちゃんにエディちゃんの世話はやってもらえないし、直矢の係になってもらえたらなって。」
「……まあ、そうだね。」
仕方ない。エディは澄也に懐いて俺には敵対心を持っているみたいだし。
俺が直矢を抱えようとすると、何か怒った様子で言葉になっていない声を発し、暴れる直矢。そのままたどたどしい足取りで何やら言いながら俺から逃げる直矢。
「おーっと待った待った。ほら、捕まえたー。よしよし暴れないんだよー?」
所詮精々3歳児の逃走だ。いくら女体化して身体機能が落ちているとはいえ捕まえられないはずなどない。
……しかし、可愛いな。俺が子供好きというのもあるが、それを超えた何かを感じる。いつもアレだけ威圧的だった直矢がこんなに小ちゃくなっているのを見るとギャップで心が和むしそれ以外にも何か……これは、母性……!?
「ところで冬士さん、幼児用の服って用意あります?」
確かにこのままというわけにはいかないだろう。
「そんなもの用意してるわけないだろう? ボクもどうなるか分からなかったんだから。」
ハッハッハ、と笑う冬士さん。
今もの凄い問題発言をしなかったかこの人。
「あ、でも確か前に暇潰しに超伸縮性素材の布を開発した時に、小さくしまえるミニ洋服を作った気が……アレなら幼児でも着られるか。ちょっと待ちたまえ。」
奥の部屋へと下がる冬士さん。
暇つぶしに何してるんだこの人……
「あったあった。家庭科部の子に頼んだから直矢クンに合うのはレースのついた可愛いやつしかないけどまあ我慢してもらおう!」
直矢がまた暴れ始める。
「おトイレ? おトイレ行きたいのかな?」
俺の言葉を聞き、激しく首を横に振りかけて静かに頷いた。
「じゃあおトイレ行こっかー。」
抱っこしてトイレへ向かおうとすると、またしても暴れる直矢。
「おトイレ行かないとお漏らししちゃうよー?」
俺の言葉を聞き、澄也に向かって何やら声を発する直矢。
「あー、まあ、直矢の尊厳に配慮してここは僕が行こう。元の人格は残っていないだろうけど、後から楓ちゃんにトイレ手伝ってもらったなんて知ったらアイツ切腹しかねないからな。」
「切腹!?」
そこまでするのか。
「まあともかく、僕がトイレに行っている間、エディちゃんを頼むよ。エディちゃん、お着替え一人でできるかい?」
「できるよ!」
そのまま辛うじてそれのおかげで色々隠せていた上着を取り去ろうとするエディ。
「ちょちょちょ、エディちゃん、ここで脱ぐのはまずいよ! 冬士さん、向こうの部屋入ってて!」
慌てて止める。
元の姿で一緒に着替えた俺はともかく、冬士さんが見るのはよくない。
「そんな! 観察するためにキミたちに貴重な薬品を投与したって言うのに、それを禁じられるなんて耐えられない! 大丈夫、僕は幼女に欲情したりなんかしないさ!」
「そういう問題じゃなくて! ―――と言うか。冬士さん、確か校内の大体の場所に監視カメラを設置していなかった?」
「ああモチロン! 生徒の安全を守るために必要だからね!」
いかにもいい事をしている、と言った顔の冬士さん。
……絶対違う理由だろ。
「それはここも……?」
「ああモチロン! いつ何時観察すべき事が起こるか分からな―――いやいや失礼、ここで校内で問題が起こらないとも限らないからね!」
今本音が出たぞ。ポロッと。
「流石に更衣室とトイレは……?」
「そこに設置すると捕まっちゃうからね!」
もう少し倫理的な理由で設置を留まって欲しかった……
「じゃあ更衣室行ってくる! 場所教えて!」
「それって僕も付いていっちゃ―――」
「ダメに決まってんでしょ! 女子更衣室に入るつもりなの!?」
全く研究のこととなるとこの人は……
「じゃあせめて音声を……」
ポケットレコーダーを白衣のポケットから取り出す冬士さん。
「ダメです! 場所は!?」
「全く、強情だなぁ……この部屋出て左の突き当たりを―――して、―――を曲がってすぐのところだね。」
結構長い説明をされた。まあ、更衣室なんてそんなにいっぱいある施設じゃないから場所によっては遠いのも仕方ないのだろう。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから。」
「なるべく早く帰ってきてくれたまえよ!」
「はーい。さっ、エディちゃん、行くよ!」
「澄也さんと行くー!」
「まあまあ、お着替えだけ私と、ね?」
「やだー!」
「お着替えしたら澄也と一緒にいていいから、ね?」
「ホント? なんでもしてくれる!?」
「何でもかは分からないけど、まあ大体してくれるんじゃないかな?」
「じゃあ行くー! 早く行こ!」
なんとかエディを宥めて更衣室へと向かう。
澄也がどこまでしてくれるかは知らないがまあ、なんとかするでしょ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
無事に着替えさせ終わり、校長室へと戻った。
誰かが入ってきたらどうしようかと常にヒヤヒヤしていた。ちなみに渡された服は小さいエディでも少し小さく、ピッタリとしたスク水のようなものだった。
これ、突然戻ったら相当まずいんじゃ……?
「ただいま戻りましたー。」
「お帰りー。」
澄也が出迎えてくれる。
「澄也さんー!」
澄也を見るなり駆け出し澄也に抱き着くエディ。
「はは、ちゃんと着替えられたみたいだね。似合ってるよ。」
「ホントー!? やったー!」
ぴょんぴょん跳ねるエディ。
可愛いな。
「直矢は?」
「いるよ。流石と言うべきか、これだけ小さくても自分で歩くし一人座りもできるみたいだ。」
澄也が指す方を見ると、ソファの上でちょこん、と座る直矢が。
ちょこんと座り、小さい癖にふてぶてしい目つきでこちらを睨む直矢。エディと似たような服を着せられている。
やはり可愛い……!
「冬士さんは?」
直矢に夢中になっていたが、周囲を見渡すと冬士さんの姿が見えない。
「なんか例の鉄男先生?に怒られて泣きながら出て行ったよ。薬の効力はそのうち切れるから安心してって。あーあと、これを茜さん?に渡してくれって。」
紙袋に入った何かを手渡される。
時間で戻るのか。ますます謎だ。と言うかこれ……
「……危険物じゃないよね?」
冬士さんから渡されたものだと反射的に警戒してしまう。
「ただのDVDみたいだよ。ところで茜さんって誰なんだい?」
「茜、っていうのは母さんの名前。冬士さんの姉なんだけど。」
「茜さんって言うのか! いやー、いいこと聞いたな! 美人の名前を聞くと、理由もなくテンションが上がるよねー。」
「人の母親をそういう目で見るな。」
全く澄也は……
「ウワキはダメ!」
「ほら、エディもこう言ってる。」
「はは、ごめんごめん。そしたらー……楓ちゃん家行くかい? というか、そこ以外の場所へ行ってはいけない感覚がする。」
「俺も。」
全く厄介な誓いを立ててしまったものだ。
「じゃあ、僕はエディちゃん見るから直矢はよろしく。」




