とんでもない誓約
「で、アイディアの素って?」
澄也に聞く。
なんのことなんだ?
「僕が昨日学校のネットワークにお邪魔したのは知ってるだろう?」
「うん。」
ファインプレーだった。
「その時に、入ってるデータとりあえず拝借させていただいたんだけど。」
当然のように犯罪をしている……
「昨日の夜、そのデータを眺めてたら、これを見つけてね。」
ほら、と澄也がパソコンを見せてくる。
「全校生徒アンケート?」
スキャンされたらしき画像データに、新条高校全校生徒アンケート、とある。
「そう。生徒会主催のアンケートが年度末にあったみたいで、これを参考にすれば想像でマニフェストを立てるよりよっぽど有効な政策が考えられるってワケさ!」
「おおー。」
素晴らしい。
でもそれって―――
「やっと姉貴と一緒の土俵に立てただけじゃ?」
生徒会主催ということは当然姉貴は把握してるはずだし。
「まあ、ね。ただアドバンテージを潰せたと思えばいいんじゃないかな。」
苦笑しながら言う澄也。
「悪くはない働きだな。」
と直矢。
「ともかく、中をチェックしてみてくれよ! データはスマホに送っといたからさ! あ、直矢の分はプリントしておいたから。はいこれ。」
紙束を直矢に手渡す澄也。
携帯を見ると確かに画像データの添付されたメールが届いている。
なんでメアド知ってるんだ……まあいいか。
「で、えーと……食堂のメニューが少ないので増やして欲しい。部費がとにかく足りないから増やして欲しい。後は……会長好きです、付き合ってください―――これは違うか。」
アンケートに何を書いとるんだお前は。
「食堂のメニューかー。メニュー開発とかができそうなのはこの中だと直矢だけだけど……」
澄也の言葉を聞いて直矢に皆の目が集まる。
「まあ、実際に作るのは雇われた人間だからな、設備と働いている人間のスキルによるが……まあ、やってみてもいいかもな。」
「じゃあ一つ決まりだな。さってと、他には何があるかな? えー、部の備品が壊れた、新しい備品が欲しい……やっぱり部活関連、それも部費があれば解決するモノが多いね。」
パソコンの画面を見ながら言う澄也。
「まあ、ここの学校の生徒会は部費の分配の権限まで持ってるからね。そこに直接アンケートを送れるともなればそういう内容送る人も多いんでしょ。」
部費の分配はかなり難しい、と姉貴が嘆いていたのを覚えている。
「なるほどねー。全体的に部費をアップできれば支持率上昇待ったナシ、当選確実間違いなし、って感じだけど……」
というかそれ以外だと勝ち目無さそうだけど、と澄也。
「そういうわけにはいかないだろうな。部費全体の予算を増やさなきゃならんが、そこまでの権限は流石に無いだろ?」
腕を組みながら言う直矢。
「まーねー。学校自体の予算を決められる人間にコネでも無きゃって―――あ。」
あるじゃん、コネ。
「あるな。」
「あるねぇ。」
と直矢と澄也が言う。
「何があるんです?」
とエディ。澄也が説明すると、
「なるほど! 冬士先生にお金をもらうんですね!」
「お金もらうと言うか、予算のバランスをいじってもらうんだけど―――まあいいか。」
そんなに変わらんか。
「じゃあ、とりあえず学校か。楓、連絡取れるか?」
「うん、取れるよ。ちょっと電話かけるね。」
携帯を取り出し、電話帳から冬士さんの電話番号を呼び出す。
プルルル
コール音がしばらく鳴り、
「ボンジュール楓! どうしたんだい? ボクは今澄也クンの細胞の培養が済んだところでね、観察しているんだが、未確認の物質を確認して驚いているよ!」
「あー、そうなんだ……で、要件なんだけど、今からそっち行ってもいい? ちょっと込み入った話があって……」
「ほう。カミサマたちは一緒に来るのかな?」
「来るよ。」
「それなら、研究より優先だね。今すぐ来たまえ! それじゃあボクは研究の続きをするので!」
プツッと切られる通話。
相変わらず忙しない人だ……
「今すぐ来いって。」
「なら、言葉通りさっさと行くとするか。」
「ですね!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「冬士さん、来たよー。」
メインのダミー扉を避け、隣の扉から校長室に入る。
「おお、ようこそようこそ! まあかけたまえ。」
冬士さんに促されてソファへ座る。
……なんだこの座り心地のいいソファは。
「で、込み入った話って?」
「ああ、それなんだけど……俺たち生徒会選挙に出るんだけどさ、マニフェストに部費のアップを掲げたくて。」
「ほう。一年生で生徒会長選にね。どうしてだい?」
「それはー……」
かくかくしかじかで、と説明する。
「なるほどねー。キミたちの上司は最高シンと言うのか! まさかそんな存在がねー。で、どうしてボクに?」
「だから、そのー……部費に予算回せるように予算案変えられないかなって……」
図々しいお願いだけに歯切れが悪くなるが頑張って言う。
「なるほど、難しいお願いだね、それは。当然ながらこの時期には予算案は決定しているわけだし、それはいくらボクでも簡単にはいじれない。」
「そっかー……」
まあ考えてみれば当たり前のことだ。
新年度前日に予算案を変えるなんて無茶な話だ。
「ただ。」
方法が一つある、と冬士さん。
「ただ?」
「それはどこかを減らすと減らされた部署が困るから、という理由で、だ。もし減らしても誰も困らないところに予算が流れていたら?」
中々結論を言わない冬士さん。
「減らしても誰も困らない予算なんてあるの……?」
あるなら正に予算の無駄という話だが。
「あるんだなー、それが。ま、あんまり減らすと困るには困るんだけどね。」
「で、その予算って……?」
「校長、つまりボクの給料さ!」
「……マジで?」
いいの?
直矢と澄也も面食らった顔をしている。……エディだけは相変わらずポカンとしているが。
「マジマジ大マジだとも。自慢じゃないがボク、別にお金には困ってなくてね。給料も予算余ってたしあまり低くても校長としておかしいよなってことで貰ってただけなんだよねー。ぶっちゃけいらない。実際一切手を付けていないし。」
「な、なるほど……」
冬士さんが稼いでいることは知っていたが、ここまでとは……
「で、どれくらい出せるんだ?」
直矢が聞く。
「そうだね、あまりにも減らすとおかしいし最低限このくらい残すとしてー、部費の全体があのくらいだから……三割増しくらい?」
「三割!?」
部費って合計するとかなりの額だと思うんだけど……どんだけ給料とってたんだよ……
直矢と澄也の二人も先程と同様驚いている。
「た、だ、し、条件がありまーす。」
「条件……?」
三割増しはかなり強いが、それと見合う条件とは……聞くのが怖いな。
「キミたち四人には、この契約書にサインしてもらいます!」
「「「「契約書?」」」」
思わず声が揃う。
「プリンターで印刷されているから手に取りたまえ。」
冬士さんが手を向けた先では確かにプリンターが動いている。
自分で取らないのか……
「えーと……? 誓約書、私は新条冬士の依頼を内容に関わらず全て実行します……何だこれ!?」
思わず叫んでしまった。
場合によっては命にかかわるぞ。冬士さんだからな。
「これは……中々だねぇ……」
苦笑いする澄也。
「もの凄く嫌だな。」
眉間にしわを寄せながら言う直矢。
二人とも冬士さんがどんな人間なのか短時間で分かってきたらしく、嫌な反応をする。
というか、相手が冬士さんじゃなくてもこんな誓約書書きたくないよな。実質奴隷契約だし。
「ん? なんで嫌なんですか? お願い聞くだけでブヒを増やしてもらえるなんて、いいじゃないですか!」
とエディ。
「なんでも、っていうのはとても危険なんだよ、エディちゃん……」
やはり騙されやすそうなエディになんでもの危険性を教える澄也。
「……こんな誓約書、サインすると思うか?」
と直矢。
もっともだ。
「命に関わったり警察に捕まるようなことは言わないから安心してくれたまえ!」
「当然だ!」
当たり前すぎる。
「大体さー、僕にこんな話を持ってくるってことは、キミたちボク抜きじゃ勝てないと思ってるワケでしょー? サイン、するしかないんじゃないのー?」
鼻と口でペンを挟みながら椅子にふんぞり返って足を組んでクルクルと椅子で回る冬士さん。
……なんか腹立つな。
「それはそうだが……」
直矢の眉間のしわが深くなる。
どうやら直矢も同じ気持ちらしい。
「それに、人体における味覚の重要性は知っているかい? 研究によると30日味のしない栄養食のみを食べた被検体は―――」
うんぬんかんぬんナンチャラカンチャラと味覚の重要性について説く冬士さん。
「これにサインしたとして僕らが律義に守るかどうかは分からないと思うんですけど、その辺についてはどうお考えで?」
と澄也。
確かに。いざとなったら知らん顔できちゃうな。
「そうだなぁ、その時には部費増加分を無理やり回収するし、そうなったら生徒会長じゃいられなくなる。それは困るんじゃない?」
そ、れ、に、と付け加える冬士さん。
「きっと見ているんでしょ? 最高シンさんとやら。彼……彼女?まあいいや。そのカミサマに立会人になってもらえばいいんじゃないかな。その罰ゲームだったり楓を女体化させたりを見るに、交わした誓約を順守させることくらい簡単なんじゃない?」
「まあ、そうだな……」
直矢が額に手を当てると、
「やあやあ皆、呼んだかい!? 呼ばれてなくても参上しました、どうも最高神でーす!」
ポップなエフェクトと共に最高神が現れた。




