マジモンの変態はマジで怖い
「ってわけでさ、ちょっと手伝って欲しいんだよね。遅くにごめん。」
直矢に電話をかけて事情を話す。
「ああ、分かった。気にするな。この辺は夜になると不審者が出没するなんて話も聞くしな、家で待ってろ、迎えに行く。」
「え、そんな悪いよ。交番の近くで待ち合わせでいい。」
「万が一お前が攫われたりでもしたら困るのは俺たちだ。それに、澄也の言うような言葉になるが、女を危険な夜道で歩かせるのは俺も嫌だからな。大人しく家で待ってろ。」
「まあ、そういうことなら……」
実際そんなヤツが現れるかはともかく攫われそうになったら大した抵抗もできずに攫われそうな気もするしな。
……しかしなんだ、直矢が来るまで若干暇だな。
「母さん、なんか直矢が迎えに来てくれるらしいから、来たら教えて。着替えもあるしとりあえず部屋戻るから。」
「あら直矢君来るの? いいじゃない、ちょっと悪人面だけど、白馬の王子様ってところかしら?」
「やめてくれよ全く……まあともかく上いるから。」
そもそも今直矢は女だし俺は中身男だし。
「はーい。」
「さてと、と……」
部屋に入り―――
「ちょっと、ちょっと見てみるか……」
俺も男だ。今まではそんな暇なかったから考えもしなかったが、こんな美人の体を思う存分調べられるとなればやらない手はない。
「顔は……」
鏡をじっくり見てみる。
銀髪碧眼という見た目に引きずられるが、顔のパーツ自体は割と日本人。まあ先祖返りとは言え日本人の血が濃い証拠だろう。
「胸、意外と大きいな……まあ姉貴のサイズを考えれば順当なのか?」
上を脱いで姉貴に押し付けられたナイトブラとやらの上から触ってみる。
やはり柔らかい……それと、意外と重い。加えて、服を着て鏡見た時より脱いだ時の方が大きく見える。
「じゃあ、直接……」
ナイトブラを取っ払おうとした瞬間―――
「おう、来たぞ―――っと……なんだ、その、すまん。」
扉が直矢によって開けられそっと閉められた。
「いや、これは違くて、いや、違くは無いんだけど!?」
扉越しの直矢に言い訳にすらなっていない言い訳を言う。
「別に隠さんでもいいぞ。思春期だからな、仕方ない。」
「いやその、ッ―――」
全てを察した声色の直矢の声にどうにも言い訳できなくて言葉にならない声が出る。
今日イチで恥ずかしいかもしれない。
「まあとりあえず着替えろ。兄貴が待ってるんだろ。」
「う、うん。」
ササッと昼間の格好に着替える。
「い、行こう!」
なるべく直矢の方を見ないようにして言う。
クソ、目が合わせられない……こんなに早く来るとは……というか、なんでそのまま部屋まで通したんだ母さんは……
◇◆◇◆◇◆◇◆
「直矢もまだ体戻ってなかったんだな。」
夜道を歩く中、ようやくマトモに話せるようになってきたので当たり障りない話題を振る。
「ああ。」
「風呂……困んなかった?」
俺は困った。
「まあ、なんだ……ノーコメントということにしておこう。」
困ったんだな……
「他に困ったのは着替えだな。借りられたのがワンルームだから、澄也の目がな……最終的に椅子にふん縛って着替えた。」
確かに着替えたらしく、恐らく元の体の時に来ていたであろうTシャツと生足にホットパンツという装いとなっている。大きいサイズの男物を着てなお圧倒的存在感を誇る胸がすごい。
「ワンルームでも風呂ついてるならちょっと着替えにくいだろうけど中で着替えちゃえばよかったんじゃないの?」
「そりゃ、最初はそうしようとしたが、『これほどのおっぱいの生着替えの前で覗かずにいるのはむしろ失礼!』なんて抜かして覗きに来てな……気絶させなかっただけ感謝してほしいもんだ。」
「最低だな……」
気持ちは分からんでもないが。
「だろ。……振り返るな。」
「お、お嬢ちゃんたち……ゴギョッ!?」
知らないおっさんの声がしたかと思ったら、直矢が足を後ろに振り上げておっさんが悲鳴を上げた。
「えっ何―――」
思わず振り返りそうになるが、
「いいから、振り返るな。テメェ、死にてえのか!? その粗末なゴミをもっと粗末にしてやろうか? あぁ!? 潰すぞコラ!?」
直矢の罵声と共に人間が出したとは思えない打撃音が聞こえてくる。
これはもしかしなくても……マジモンの変態というヤツでは?
しばらく打撃音を後ろに聞いていると―――
「すいませんホントすいませんもう蹴らないで、死んじゃうから……」
今にも泣きそうな、何ならもう泣いているようなおっさんの声が。
「もう振り返っていいぞ。」
「あ、うん。」
直矢に言われてそーっと振り返ると、そこにはコートを着て土下座をしているおっさんがいた。出ている足の部分にズボンが見えない辺り、俺の予想は的中しているのだろう。
「そうだ土下座だ。死にたくねーならな。丁度いい、俺たち交番に用があるからな、送ってやろう。」
「け、警察は……」
泣きそうな声で懇願するおっさん。
「そうかそうか後何回蹴られたいんだ? ん?」
嗜虐的な笑みを浮かべながら言う直矢。
笑顔が一番怖いわこの人。
「つ、着いていきます……」
すごすごと立ち上がりコートの前を閉じながら大人しく着いてくるおっさん。
「直矢、一撃目、見てなかったよね? なんで分かったの……?」
見なきゃ当てることが難しいとか言う以前に変態だと分からないと思うんだけど。
「気配、だな。明らかに一通行人の気配じゃなかった上、悪意まであった。気配を隠そうともしていたし。加えて変に興奮してたしまあこういう類だろうとは確信できた。」
「へぇ……」
確かに気配を隠そうとしていたからなのか声をかけられるまで存在にすら気づかなかった。
「さてと、交番はこっちだったか?」
「うん。そこの角曲がったとこ。」
「そうか。おっす、さっきぶりだな。」
交番の椅子に座らされている兄貴が見え、直矢が声をかける。
「おお、やっと来たか! 直矢は……楓の護衛か! サンキューな! 楓もわざわざサンキュー!」
「えーっと、新条勇牙さんの身元を証明できる人? ってなんだいその人は!? 怪我してる―――って、服を着てないじゃないか!」
と兄貴の向かいに座る若いお巡りさんが言う。
まあそうなるわな。
「ああこいつか。見ての通り露出狂だ。俺たちに変態行為をしかけたんで、少々懲らしめて連れてきた。」
「懲らしめてって、君が?」
意外、という顔をするお巡りさん。
「ああ。少々武術をかじってるもんで、見た目よりは強いんだ。」
少々かじってるって程度じゃないけどな……
「そ、そうかい。今回は新条さんの件があったから多めに見るけど、本来は未成年だけで外を歩いていい時間帯じゃ無いし、腕に自信があるらしいけど、女の子だけで出歩くなんて危ないからやめること。警察官としてこんなことを言うのは情けないけど、この辺は治安が悪いからね……」
「女の子だけ、か……」
苦笑いをする直矢。
実際は男だけだからな。
「まあとりあえずこの人の身柄は預かります。ご協力感謝します。」
手錠でおっさんと机を繋ぎ、直矢に敬礼をするお巡りさん。
実物の敬礼見るのは初めてかもしれない。
「ああ。頑張って治安のいい街にしてくれ。」
「努力するよ。で、新条さんの……お姉さんでいいのかな? それと君は……と言うか、日本語喋れるのかな?」
直矢を見た後俺を見て首を傾げるお巡りさん。まあ、血が繋がってるようには見えないよな。
「あー、はい、喋れます。で、身元の証明できるのは私です。こんな見た目ですが新条勇牙の妹です。この人は夜道を歩くのが危険だから着いてきてもらっただけ。」
自分で妹と名乗るのはなんだ抵抗があるがこんなところで変なこと言って話をこじらせるわけにもいかないからな。
「ああ、それは失礼、喋れるんだね。で、妹さんってことだけど……身分証見せてもらってもいいかな?」
「はい、これで大丈夫ですかね。」
保険証と中学の生徒手帳(捏造)を渡す。
「えー、はい。新条楓さん。写真もあなただし住所も一緒だね。で、轢き逃げを見たのは……」
「それも私です。」
「状況は?」
こうこうこうで、と説明をする。
「なるほど。頭の包帯と今は戻ったけど胸元の光については?」
「頭の包帯は部活で切っちゃったんだって!」
と兄貴。
「らしいです。会った時にはもう巻いてました。」
兄貴の証言と矛盾しないように兄貴の後に続いて肯定する。
「なるほど……胸元の光は?」
「これはなんつーか……変な薬品でなっちゃってさ。」
「変な薬品ねぇ……さっきからそう言っているけどなんなんだいそれは?」
「それはこれだ。こいつらの叔父の発明品でな、これをこうしてこうすると……」
直矢がポケットからマジックペンと小さなボトルを取り出すと、自分のTシャツの裾にマジックペンで汚れをつけ、小さなボトルの中の液体をかける。すると―――
「光った! そうこの光だよ! なんなんだいその液体?」
「使うとしばらく光るという点を除けば完璧な洗剤だ。人体に無害、しかも落とすのは汚れだけ、ってな。」
「なるほど。新条……発明品……もしかして君たちの叔父さんって、新条冬士さん?」
「ええ、そうです。」
「なるほど、それならこの発光も納得だな。」
うんうん、と頷くお巡りさん。
「ウチの叔父さん、有名なんですか?」
まさかお巡りさんから名前を聞くとは。
「うん。悪い方向の有名さだけどね。よく爆発沙汰だったり変な機械を使って通報されたりとかで、この辺の警察官、消防官じゃ知らない人はいないよ。」
悪名が轟いている……
「じゃあ、私たちはこれでいいですかね?」
ぼちぼち帰って寝たい。
「ああ、大丈夫だよ。引き止めて悪かったね、轢き逃げ犯の確保の協力、ありがとうございます。」
立ち上がって兄貴に敬礼するお巡りさん。
「おう! お巡りさんも夜勤頑張ってな!」
「帰り道、気をつけるんだよー。」
「安心しろ、俺もこいつもその辺の不審者にやられるタマじゃない。」
注意するよう言ってくれたお巡りさんに直矢が返した。




