買い食いの早さに定評のある兄貴
「で、どうする。俺たちはとりあえず家借りるために不動産屋行くが。」
「おっと、僕は成長しないと。直矢のパパだと、このくらいかな?」
クイッと眼鏡を直す動作と同時に澄也が光に包まれる。
光が晴れると、そこには知的で優しそうなイケオジがいた。
「……誰?」
「澄也に決まってるじゃないかー。ヤだなもう。」
いつもの声より若干低い声で澄也が言う。
いや、澄也なのは間違い無いんだろうけど、あまりにも雰囲気が違うので思わずああ言ってしまった。チャラさが消えるとここまで変わるものなのか……
「あ、僕のことはパパってグフ……」
「あぁ?」
完全にヤンキーの声色で言い、澄也に肘を入れる直矢。
直矢の肘がみぞおちに入り崩れ落ちる澄也。
容赦が無い……
「で、だ。ともかく時間が無い。本当は今日から作戦会議と行きたいところだが、今日はもう遅い上、俺たちは家を借りなければならない。というわけでさっきも言った通り明日早くから集まるのがいいと思うのだが、どうだろう?」
「明日早く……早くかぁ……」
朝は苦手……でもまあ万が一にも負けるわけにいかないしなぁ。妥協はできない。
「分かった、頑張って起きるさ……8時くらい?」
「そうだな。お前の姉が相手である以上お前の家で話すわけにもいかないし、借りる家に集まろう。場所は分からんだろうから迎えに行く。」
「了解ー。」
じゃっ、と手をひらひらさせて直矢達と別れる。
「っと、エディはこっちだよ!」
自然な流れで直矢たちについて行こうとしたエディを引き留める。
「え? エディちゃんはこっちって……うちに泊まるの? まあ、男二人と一緒の部屋にするよりよっぽど安心だけど……」
姉貴が言う。
まあそういう反応になるよな。
「あー、いや、泊まるというか住むというか……エディはアンタ等の家にこれから賃貸で住むことになったんだ。お母さまにはもう話は通してある。」
と直矢が説明する。
「つまり……私はこの美少女と一つ屋根の下に!? そんな夢のようなことが……?」
両手を震わせながら言う姉貴。ホント、美少女関連になるとこの人感情表現のレパートリーが豊かだな。
「美少女なんてそんなんじゃないですよ、もー。」
照れたように言うエディ。
可愛い。
「まあそういうわけだ、ウチのが世話になる。よろしく頼む。それじゃあ明日。」
姉貴に頭を下げた後、俺に手を振って別の道へ向かう直矢
「え? ええ、任せて頂戴。こうなった以上はどんなことからもエディちゃんを守って見せるわ!」
胸をドン、と叩いて返事をする姉貴。
一番危ないのがアンタなんですが。
「エディちゃん、家で困ったことがあったら何でも言うのよ? 私のことを本物のお姉ちゃんだと思って頼っていいからね!」
フンスフンスと鼻息荒く言う姉貴。
「はい! お姉さま!」
「お、お姉さま……」
鼻を押さえて膝から崩れ落ちる姉貴。
え、嘘、この人鼻血出してるの?
「エディ、姉貴になんかされたら俺か直矢に言えよー。」
エディに言っておく。
変態だからな。
「失敬な! 私だってその辺はわきまえてるわよ! 天真爛漫な美少女はそのまま愛でるのが一番だもの……」
鼻にティッシュを詰めながらとろけた顔で言う姉貴。
「まあ、何もしないんならいいけどさ……」
「え? お姉さま、悪いことするんですか?」
とエディ。
「いやいや、何もしないわ! 大丈夫よ、安心して!」
手をブンブン振って否定する姉貴。
……本当か?
「そういえば、エディの部屋ってどうするのかな?」
姉貴に聞く。
「そういえばそうね。ウチ、もう空き部屋無いし。」
「姉貴と幸の部屋は狭いし……母さんの部屋ってわけにもいかないし……俺か楓の部屋か?」
兄貴がとぼけたことを言う。
「アンタの部屋はもっと無いわよ。」
姉貴が的確なツッコミを入れる。
「でも確かに、母さんの部屋ってわけにはいかないし、私たちの部屋だと人数オーバーだし、そうなると消去法で……」
こっちに視線が集まる。
「いやいやいや、体はアレでも俺男だよ? 流石にマズいって!」
こんな可愛い子と一緒の部屋なんて思春期男子には毒でしかない! ……いや、そうなったら嬉しくないかと言えば嘘になるんだけども。それ以上に全く男として見られていないことになってしまうのでそれだけは避けたい。
「問題ないわよ。二人とも可愛いし。」
うんうん、と一人で頷く姉貴。
「……問題ない理由になっていなくない?」
全くもって。
「なってるわよ。同居という関係から生じた美少女二人が織りなす恋模様……」
フヒヒと笑う姉貴。
「よだれ垂れてるぞ姉貴。」
そして結局何一つ理由になっていない。
「僕は楓さんと一緒の部屋でも全然構いませんよ? お家を借りてる立場ですし!」
大丈夫です!と胸を叩くエディ。
健気だ……
「でもまあ、俺の部屋が妥当かぁ……」
姉貴の部屋から幸がこっちに移動して、っていうのも考えたけどエディと姉貴が同室は兄貴と同室よりマズい。かといって母さんの部屋というのもマズい。そうなると身も心も男である兄貴の部屋に住むくらいなら不本意ながら身だけは女性である俺の部屋の方がマシという結論になる。
「このお姉ちゃんウチに来るの?」
と幸が聞く。
「ええそうよ。仲良くしてね?」
と姉貴。
「うん! お姉ちゃんも魔法使いなの?」
「僕は……そうですねー、使えなくは無いんですけど勝手に使うと怒られるっていうかー……」
うーん、とこめかみに人差し指を当てて唸りながらいうエディ。
「魔法使えるんだ! すごいね!」
「ッ! そ、そんなことないですよ、僕なんてお二人に比べたらまだまだで……」
少しシュンとしながら言うエディ。
どうかしたんだろうか。
「大丈夫よ、エディちゃん。そりゃ、あの二人の隣に立っていると自信を失うこともあるでしょうけど、そんなのは仕方ないことだわ。そもそも、あの二人、年上でしょ? 生きてきた年数が違うんだもの、負ける部分だって出てくるわよ。でも、あなたにはあなたにしかできないことだってきっとあるわ。そういうもの、私と一緒に探しましょう。」
と、姉貴が言う。
―――なるほど、エディはあの二人に対して劣等感があったのか。
まあ、確かにあの超人二人が常に隣にいたらそうもなるわな。
よく気付いた姉貴!
「うぅ、お姉さま、ありがとうございますー……うぇぇー。」
姉貴の発言が真を突いていたのか涙ぐむエディ。
天真爛漫で何に対しても前向きで常に明るいと思っていたが、心中はこんなことになっていたとは。
下心があるのかは知らないが流石の観察眼だな。
「よしよし。困ったことがあったらこのお姉さまになんでも相談しなさい! 私はいつでもエディちゃんの味方よ!」
エディを抱きしめながら言う姉貴。顔は至って真面目だ。ホント、こういうトコズルいよなー。頼もしく見えてしまう。
「えっ? エディちゃん泣いてるの? どうした!? 姉貴に泣かされたのか!?」
いつの間にか買ってきたモックのハンバーガーの袋を手に持って兄貴が言う。
「兄貴は黙ってろ。」
折角の感動シーンが台無しだ。
「お姉ちゃん、泣いてるの? 泣かないで……」
幸が悲しそうな顔をする。
「大丈夫、大丈夫ですよ! 僕は元気です! あ、あと僕のことはエディって呼んでもらって構いませんよ!」
涙を拭き、むん!とマッスルポーズをとるエディ。
強そうには見えないがとても可愛い。あと元気なのは伝わった。
「分かったよエディちゃん! それじゃあさ、魔法、使える……?」
幸が上目遣いでエディを見上げる。
アレは強い。並大抵の精神力じゃお願いを断ることはできない。
「えっとー……うーん、あんまり使うなって言われてるし、うーん……」
「幸、無理にお願いするのはよく無いわよ。」
姉貴がをたしなめる。
「でもぉ……」
拗ねたような顔になる幸。
幸がここまで我儘になるのは珍しい。よっぽどカミサマ一行の「魔法」が気に入ったのだろう。
「まあ、これなら! これならやっても怒られないし!」
と言って体をくるりと回転させるエディ。回転と共にエディの体が光に包まれ、そこに立っていたのは―――
黒い三角帽と黒いワンピースを纏ったエディの姿だった。
一言で言えば想像上の魔女そのものの衣装を身に纏ったエディだ。
「えーすごーい! 今のどうやったの!? これ本物!?」
「ええ、本物ですよ! ほら、皆さんもどうぞ!」
えいっ!というエディの掛け声と共に俺と姉貴と幸の体も光り始め、光が消えるとエディと同じ衣装を身に纏っていた。
その時、目の前を猛スピードで自転車が通り過ぎ、
「どうわっ!?」
兄貴に思いっきりぶつかった。そして慌てた様子で逃げていった。
「お前、何しやがる、ってあー!」
兄貴のポテトが道路に散乱、ケチャップが胸元にベッタリとくっついていた。
「ゆ、許せねえ……俺のポテト……」
地面に転がったまま怒りを滾らせる兄貴。転んだ拍子に傷が開いたのか頭の包帯に大きく血が滲んでいる。
兄貴の食べものへの執着は半端じゃ無いからなぁ……
「ちょっと待ってください!」
そのまま追いかけようとした兄貴をエディが引き止める。
「どうした!?」
「あ、あの、ここに天界製の汚れ取り剤があって、人体には無害で効き目も抜群なんですけど、効力を発揮するのが汚れてから10分以内なので今パシャッとかけられたらなぁと……」
血走った目の兄貴に若干気圧されつつ、エディが言う。
なんだそのピーキーな洗剤は。便利だろうけども。
「それなら早くしてくれ!」
「あ、でもこれ他にも色々あって―――」
「なんでもいい! すぐに汚れが消えるんだろ!?」
エディの持っているボトルを奪い胸元にかける兄貴。
そうすると―――
「光った!?」
兄貴の胸元が猛烈に光り始めた。
「こういう副作用があって……そのうち光は消えるんですけど……」
「まあなんでもいい! 俺はポテト泥棒を追いかける! 皆は先に帰っていてくれ!」
泥棒では無いけどな……




