〔Scenario1〕シャーロットは、妹に婚約者をとられて冤罪を着せられた悪役令嬢。
「シャーロット!!貴様との婚約を破棄する!!」
大勢の前に鳴り響く声と、その中心にいる3人。
扇を持った一人の令嬢と、一人の子息が小柄な令嬢を庇うようにして相対していた。
扇を持った令嬢は、冷静そうだが呆れたような目をしている。
大声を放った子息は対する扇を持った令嬢を睨みつけるようにしており、小柄な令嬢は縮こまって怯えるような動作をしている。
ここは、貴族学院の卒業パーティーの場。
騒ぎの中心たる扇を持った令嬢は伯爵令嬢シャーロット、子息は公爵家子息エドワード、小柄な令嬢はシャーロットの妹アリシアだ。
エドワードは、たった今シャーロットとの婚約を破棄すると宣言したのだ。
もっとも、家同士の問題ゆえこのような大勢の場で言わなくともよい気がするが。
「何故、と念の為お聞きしても?」
頭が痛いと言わんばかりの口調で、ため息をつきながらシャーロットは言った。
「私は真実の愛を見つけた。君の妹のアリシアこそ私の運命の人だ!!よって、君との婚約を破棄する!!」
(まあ、そんなところでしょうね……)
シャーロットはやっぱり、といった表情になった。
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シャーロットがエドワードと婚約したのは、今から5年前の13歳の時だ。
婚約当初は、あまり二人は仲が良いとは言い難かった。
かと言って、悪いとも言えないような微妙な関係だった。
それに溝ができたのは、妹アリシアの存在が大きかった。
シャーロットは長女として厳しく育てられたのに対し、アリシアは非常に甘やかされて育った。
シャーロットが冷遇されていたというわけではない。
両親は、二人共にきちんと愛を注いでいるつもりだった。
しかし、どうも妹であるアリシアのほうを甘やかしてしまう傾向にあった。
シャーロットのほうが勉強や作法といった面で先生から優秀と言われ、アリシアはそれに不満だった。
両親に『私はダメな子なの?』と泣きつくと、両親は嘘にも関わらず『そんなことはない、おまえはシャーロットよりも優秀で、可愛らしい。』と慰めるように言った。
それでも、シャーロットのほうが優秀だと身を持って知る度に嫉妬していた。
そして、両親に泣きつくと優しく慰めてくれた。
両親もまた、アリシアが出来の悪いのを突き放すことはできなかった。
結果、この上なく甘やかしてしまうことになり、アリシアは傲慢で身の程知らずの性格になってしまったのだ。
対して、出来の良いシャーロットは厳しく育てられた。
甘やかしては、かえって堕落してしまうと考えたからだ。
そして、シャーロットは社交界でも注目される令嬢となり、公爵家子息のエドワードと婚約することになった。
だが、アリシアはそれが許せなかった。
自分より早くシャーロットが婚約をして幸せになるのが許せなく、ブチ壊してやりたいと考えた。
なんとも滑稽な話である。
そうして、姉シャーロットの婚約を破談にしようとエドワードに近づいた。
アリシアは容姿は可愛らしく甘えるのが上手で、エドワードはすぐに彼女の虜になっていた。
シャーロットはお淑やかでアリシアに引けを取らない美貌を誇るが、イマイチ甘えたりするような可愛げがなかった。
それに加えて、シャーロットは様々な点でエドワードよりも出来が良かったため、ますますエドワードはシャーロットを嫌った。
そうして、今のこの婚約破棄宣言に至るのだ。
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シャーロットは薄々こうなるのではないかと思っていた為、然程驚いてはいなかった。
エドワードがアリシアと懇意にしているのも、当然ながら知っていた。
むしろ婚約破棄されて清々するくらいだ。
「なるほど……そうですか。では――――」
「それだけではないぞ。貴様は、アリシアに酷いいじめを行っていたそうじゃないか!!」
「え……??」
意味不明なことを言う婚約者に、思わずシャーロットは目が点になった。
思考が一瞬停止し、その後に頭をフル回転させた。
結論としては、アリシアがありもしないような嘘をエドワードに吹き込んだろう。
前々からあざとい妹だとは思っていたが、勉強はできないのにこういう所で悪知恵が働くのだ。
つくづくどうしようもない妹だと、シャーロットは思った。
アリシアのほうを見ると、嘲笑うかのような笑みを浮かべていた。
分かってはいたことだったが、妹が実の姉である自分を陥れようとしていることに、シャーロットは内心悲しかった。
しかし、そのことを嘆いている場合ではない。
彼女は今、ありもしない冤罪をかけられているのだ。
婚約破棄をされるのは一向に構わないが、冤罪をかけられているのは解せない。
「騒がしいけど、何かあったのかな?」
シャーロットか反論しようとした所にやって来たのは、第一王子にして王太子のウィリアムとその従者である侯爵家子息アルフレッドだった。
ウィリアムはシャーロットやエドワードと同学年にして、成績トップクラスの優等生。
令嬢達から圧倒的な人気を誇る端正な容姿に、文武両道という完璧超人だった。
従者のアルフレッドもまた、キリッとした雰囲気の美青年で、特に剣術に優れている。
思いがけない人物の登場に、その場にいる全員が驚いていた。
「ウィリアム殿下……!!このような場で騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありません。」
シャーロットは、いち早く謝罪の言葉を述べた。
その言葉に、ウィリアムは目を細めると笑顔で言った。
「シャーロット嬢、顔を上げてくれるかな?まずは状況を説明してほしい。」
「はい。エドワード様が妹のアリシアが運命の相手なので、私との婚約破棄をするとおっしゃいました。あと、アリシアに私が酷いいじめを行っていたとも。」
シャーロットは、丁寧に説明をした。
それを聞くと、ウィリアムは少し考え込むような動作をした。
「それって、今この場で言わなくても良い気がするんだけど……」
苦笑いをするように、ウィリアムは言った。
ストレートな正論に、シャーロットは思わず吹き出してしまいそうだった。
エドワードは、苦虫を噛んだような表情になっている。
「ええ、それは殿下のおっしゃる通りだと思います。ですが、私はエドワード様との婚約を破棄してもいいと思っております。運命の相手が妹のアリシアであるならば、破棄して再び婚約をするのはアリシアなのでしょう。どちらにせよ家の繋がりを持てるのですから、両親も文句は言わないでしょうし。」
嘘偽りなく、真っ直ぐとした瞳でシャーロットは言った。
流石のウィリアムも、この答えには少し驚いた表情になった。
だが、真っ直ぐした瞳のシャーロットを見ると、どこか安心したように優しい笑顔になった。
「君はそれでいいんだね?」
「はい。婚約破棄に関してはそれで構いません。」
「では、ここにいる全員が二人の婚約解消の証人ということでいいかな?」
ウィリアムは、エドワードとシャーロットを交互に見ながら言った。
「はい。」
「それで構いません。」
シャーロットは表情一切変えず、エドワードは威張っているような態度で言った。
「しかし、私がアリシアに酷いいじめを行っていたというのは、いささか了承しかねます。私自身全く身に覚えがなく、寝耳に水な話なのですから。」
それを聞いたエドワードは逆上したように、怒った表情で反論した。
「何だと!!嘘をつくな!!貴様のせいで、か弱いアリシアがどれだけ悩んでいたか。そうだろう?アリシア。」
怒っているようだが、馬鹿げて見えて説得力がない。
シャーロットはもの柔らかで、誰にでも優しいことは周知の事実だった。
逆を言えば、アリシアの性格の悪さもまたここにいる(エドワードを省く)全員が知っている。
この事は詭弁である――――この会場にいるエドワードとアリシア以外の全員がそう確信している。
しかし、アリシアとエドワードは頭がポンコツなため、このくだらない三流悲劇を続けていった。
「はい……お姉様はエドワード様と仲良くする私に嫉妬して、家でも学校でも酷い仕打ちをしてきました。私は……それに耐えるのに毎日必死で――――」
「おお、アリシア。可哀想に……大丈夫だ、この私がついている。」
アリシアの嘘泣きに、エドワードは同情して抱きしめた。
もはや呆れた茶番劇にしか見えなく、ただただ痛々しい光景だった。
そんな風に見えているとは露知らず、エドワードはアリシアを腕に抱きながらキッとシャーロットを睨みつけ、指をさして言った。
「シャーロット、今すぐこの場でアリシアに謝罪しろ!!……いや、貴様はアリシアを侮辱した罪で投獄されるべきだ!!」
話が明後日の方向へと傾き過ぎて、シャーロットももはやこの馬鹿2人の相手をするのが面倒くさくなってきた。
エドワードに関しては、前はこれほど馬鹿ではなかったように思えるが、恋は盲目というやつなのだろうか。
そもそも侮辱罪の意味を分かっていないのだ。
頭を抱えながら、シャーロットは渋々反論しようとした。
「ですから私は――――」
すると、ウィリアムがそれを遮った。
「では私から聞くが……アリシア嬢、このような大勢の場で告発をしたのであれば、当然何か証拠でもあるのだろうね?」
その声は、穏やかだがどこか恐怖心を煽るようなものだった。
アリシアは、目を泳がせた。
「えっと、それはですね……」
「殿下。そんなもの、アリシアの証言があれば十分です!!彼女は被害者なのですから!!」
エドワードの筋の通っていない持論に、シャーロットは呆れを通り越して何だか笑えてきた。
一方ウィリアムは、笑顔だったが若干不快感を漂わせていた。
「確かに、被害者である人物の証言は必要だろう。アリシア嬢が本当にいじめを受けていたのであればシャーロット嬢と相対しているこの状態で、正気で立っていられないのではないかな?」
「ですから、彼女は涙を流しているではありませんか!!」
いつの間にか、ウィリアム王太子とエドワードによる論争が始まっていた。
「こう言っては何だが、涙を流すくらいならば習得すれば誰でもできる。僕が言いたいのは、いじめをされていた相手を目の前にして、いくら隠していたとしても目を合わせられなかったり挙動不審になったりするものだろう?」
「それは、シャーロットにそうするように強要されているからです!!あの女は、アリシアがか弱いのをいいことに口封じをしているのです!!」
エドワードは感情任せに言っているだけで、その内容には説得力が全くない。
仮にいじめをされていて、それを他人に悟らせないように強要されていたとしても、無意識にとる態度までは誤魔化しきれない。
アリシアから、そういった無意識に起こる態度が全く見受けられないのはあまりにも不自然だった。
シャーロットに怯えるような態度も、あからさまに嘘だと分かるカタコト演技である。
しかし、エドワードも引き下がる素振りは見せず、自分のやっていることは正義以外の何ものでもないと考えている。
これではいくら話したところで、どうにもならないとウィリアムは判断した。
「では、せめてここ最近のことでいいからいつ·どこで·どんな嫌がらせを受けたのか、説明できるかな?もっとも、思い出したくもないなら言わなくてもいいけれど。」
「……そ、そうです!!先週の金曜日の放課後の16時くらいに、学校の東棟の裏側に呼び出されてお姉様に水をかけられました!!」
そう言ったアリシアは、さっきまでの余裕が無くなっているように見える。
「それは間違いなく、確かな事実だね?」
「はい!」
ウィリアムは再度アリシアに確認をとると、次はシャーロットの方を向いた。
「……なるほど。シャーロット嬢、反論はあるかな?」
「大ありです。そんなことはしていませんし、第一私はいつもその時間帯には図書室で本を読むか、勉強をしています。その日も、午前に授業が終わってから5時30分までずっと図書室にいました。」
淡々と、冷静な口調でシャーロットは言った。
アリシアは口に手を当てながら、青ざめた顔になった。
エドワードは、その言葉にさらなる嫌悪感を示した。
「そんなもの、嘘に決まっているだろう!!」
「いえ。それに関しては、私が証人になりましょう。」
名乗りを上げたのは、侯爵家子息オスカーだった。
彼もまた、シャーロット達と同い年で今回の首席卒業生。
勉学と知性に恵まれた、秀才だ。
「では、君はシャーロット嬢を先週の金曜日の16時頃に図書室で見かけたのかい?」
「はい、左様でございますウィリアム殿下。彼女は放課後になると、毎日のように図書室へと足を運んでいました。私も頻繁に図書室を利用するので、彼女とは何度も顔を合わせたり話したりしていました。その日も、その時間帯には日の当たる窓辺の机で読書をしていたのを見ています。もっとも、図書室の使用履歴を見ればすぐに分かることですし、私以外の生徒も見かけていることと思います。」
オスカーは証言を終えると、ウィリアムに軽く会釈をして一歩下がった。
アリシアは、ワナワナと震えながら悔しそうな表情をしていた。
しかし、これで引き下がるようなことはしなかった。
「そ、そういえばつい一昨日の土曜日、昼食を食べたあとに階段から突き落とされて――――」
「その日でしたら、シャーロット様は朝から私の屋敷にいらしていましたわ。当然、昼食も我が屋敷でとっていらっしゃいましたよ。何でしたら、その時に接客したメイドや執事、あとお母様と妹達も証人として呼んでも構いませんわよ。」
そう言ったのは、シャーロットの親友である伯爵令嬢イザベラだった。
イザベラとシャーロットは幼い時からの親友で、よくお互いの屋敷に遊びに行ったりしているのだ。
その日も、シャーロットはイザベラの屋敷へと足を運び、お茶会をしたり勉強をしたりしていた。
アリシアはもう折れかけているようなものだっが、エドワードは微塵も諦めてなどいなかった。
「そんなもの、当てになるわけないでしょう!!イザベラ嬢はシャーロットの友人なのですよ!!オスカーだって、どうせシャーロットにたらしこまれているに決まっています!!」
(いやいや、それをあなたが言いますか。)
アリシアにたらしこまれておいて、どの口がそんなことを言うのか――――目の前の(元)婚約者のドアホっぷりにシャーロットは、もう何もツッコまないことにした。
周りにいる観衆達も、そろそろこの愉快な喜劇(?)に飽きてきている頃だった。
なんとかまとめようにも、この場ではそれができないとウィリアムは判断した。
「うーん、そうだね……この話は収拾がつかなさそうだし、また場を改めて話し合いをするということで双方、異論はないかな?」
「はい、それで――――」
「いいえ!!シャーロットは――――この悪女はこの場で断罪するべきです!!君もそう思うだろう?アリシア。」
「は、はい!私もエドワード様と同意見です!!」
シャーロットは了承したが、エドワードとアリシアは首を縦に振らなかった。
あろうことか、エドワードに関してはシャーロットを“悪女”と罵った。
これこそ、侮辱罪にあたるのではないのか。
いや、大勢の前であらぬ罪を着せて断罪しようとしている時点で侮辱罪に相当するだろう。
「エドワード!!!!」
まるで縦に首を降ろうとしない二人に、どうしようかと思っていた矢先に現れたのは、エドワードの父·公爵とシャーロットとアリシアの父·伯爵だった。
「あ、父う――――」
「この馬鹿息子が!!!!」
到着早々、公爵はエドワードに右ストレートをお見舞いした。
その衝撃でエドワードは床に尻もちをついた。
赤くなった頬をさすりながら、何が起こったか分からないといった表情をしている。
これには流石にシャーロットだけでなく、アリシア、オスカー、イザベラなどそこにいる全員が驚いていた。
エドワードの父親とシャーロットとアリシアの父親を呼んできたのは、ウィリアムの従者·アルフレッドだった。
いつの間にかいなくなっていたアルフレッドは、ウィリアムが話に入ってきてしばらくした頃に到着していた父親二人に事のあらましを説明していた。
そして、エドワードの恥さらしな所業に父親の公爵は激怒したのだ。
「父上……?一体何を――――……」
「この恥さらしが!!シャーロット嬢、すまない。息子の所業を許せとは言わないが、謝罪だけはさせてくれ。」
公爵は深々とシャーロットに対して頭を下げた。
今までのやりとりを見れば、どちらに非があるのかは一目瞭然だった。
「顔をお上げください、公爵様。私は然程気にしておりません。元々感情とは無縁の婚約でしたので、アリシアとエドワード様が互いに惹かれ合ったのであれば、私よりもアリシアと婚約を再度結ばれるほうがお互いにとっていいことでしょう。」
シャーロットがそう言うと、公爵は再度頭を下げた。
公爵はしっかりした人物なのにも関わらず、どうして息子があのような出来なのか――――シャーロットは不思議で仕方がなかった。
一方、アリシアはシャーロットが無理をして平気そうに振る舞っているものと思い、内心で実の姉を嘲笑っていた。
だが、シャーロットは未練など微塵も感じてなかった――――アリシアの自分に対する仕打ちはいささか実の姉に向けるものではないと嘆いてはいるが。
「伯爵、公爵。では、シャーロット嬢とエドワード殿の婚約は白紙になさるのですね?」
「はい。」
「こうなってしまったからには……」
ウィリアムの問いかけに、伯爵と公爵は渋々頷いた。
エドワードの婚約相手が姉のシャーロットから妹のアリシアに変わるだけなので、家の結びつきは変わらない。
しかし、公爵は婚約者がいながら他の女性に惚れ込んだ息子を情けなく思い、シャーロットに申し訳がないと感じていた。
また、伯爵も姉の婚約者を何の罪悪感もなく取ったアリシアを育てた親として不甲斐ないと思っていた。
そんな親の思いも知らず、アリシアとエドワードは互いに目を合わせて喜んでいた。
だが、問題はまだ一つ残っている。
「そうです!!アリシアをいじめたシャーロットの――――」
「では伯爵。ぜひともシャーロット嬢を、我が妃として迎えたいと思っているのだが。」
エドワードが再びシャーロットがアリシアをいじめたという嘘の話題を言おうとすると、ウィリアムがそれを遮るようにして伯爵に申し出た。
シャーロットは頬を赤く染め、観衆達もザワッとなった。
ただ一人、エドワードはポカーンと状況把握ができずにいた。
「で、殿下……?」
ウィリアムがシャーロットに歩み寄った。
目の前まで来ると、片膝をついて手をとった。
シャーロットを見る眼差しは、さっきとは違い熱を帯びている。
「シャーロット嬢。僕は、前からずっと君のことが好きだったんだ。君を見る度、話す度にこの胸に秘める愛おしさが増していく……」
ウィリアムの愛の告白に、シャーロットは真っ赤になって思考回路がショート寸前だった。
シャーロットはいつも比較的冷静だが、男性に口説かれることはなく、そういったことへと耐性は皆無だった。
「えっと……あの……」
「婚約が取り消しになったばかりで申し訳ないけど、誰かにとられる前にこうして思いを伝えたんだ。」
ウィリアムは、優しく微笑みかけた。
シャーロットは頭の整理がつかず、タジタジしていた。
そんな様子を、シャーロットの親友イザベラと侯爵家子息オスカーが微笑ましく見守っていた。
「あらあら……ウィリアム殿下、流石ですわね。先手必勝、いち早くシャーロット様との婚約に名乗りをあげられるとは。」
「殿下が前々からシャーロット嬢を好意的に見ていらしたのは存じておりましたが、よもや恋愛感情にまで発展していたとは知りませんでした。」
「ふふ、シャーロット様は殿方から人気がお有りですからね。」
イザベラの言うとおり、シャーロットは男性からの人気が熱かった。
しかし、婚約しているということで誰も近づかなかったのだ。
そして今、婚約が解消されると宣言され、彼女に男性達が猛烈アピールを仕掛けるのは必然のことであった。
それ故に、大勢の前で愛の告白をしたウィリアムは正解と言えよう。
「そして願わくば、僕の妃となって共に未来を歩んで欲しい。もちろん無理にとは言わない。君の素直な気持ちを聞かせてほしい。」
令嬢達から黄色い歓声が上がった。
当のシャーロットは、その数十秒後にようやく思考回路が回復してきていた。
正直ウィリアムからの好意など全く気づいておらず、自分の気持ちに整理をつけようにもどうすればいいか分からない。
でも、ウィリア厶が自分に向けてくれている感情は真っ直ぐなものだと分かる。
「わ、私のような者でよければ――――」
「ちょっと待ってください!!」
了承の返事を言おうとした矢先、その言葉を遮ったのは他でもないアリシアだった。
その叫びに、一気に会場の注目がアリシアに集まった。
本来であれば愛らしいアリシアの顔立ちが、醜いと思えるまでに歪んでいる。
「どうしたのかな?アリシア嬢。」
ウィリアムは、あからさまに嫌悪感の混じった笑顔で言った。
シャーロットへの好意が分かった今、それがシャーロットを貶めようとするアリシアへの怒りによるものだと分かる。
「おかしいですわ!!お姉様がウィリアム殿下の婚約者になるだなんて!!」
そう言ったアリシアは、あからさまにシャーロットを敵視しているような目つきをしていた。
アリシアの言葉で状況把握ができずに上の空だったエドワードが我に返った。
「そ、そそそうです!!アリシアをいじめたシャーロットに、王太子殿下の婚約者はつ――――」
「私のほうが、ウィリアム殿下の婚約者に相応しいです!!」
「その通り!…………え?」
これまた究極にお馬鹿なことを言ったアリシアに、ここにいる全員が空いた口が塞がらなかった。
エドワードでさえも、困惑した状況である。
「君のほうが相応しいだって?」
立ち上がると、鼻で笑うかのような口調でウィリアムが言った。
その背後には、激しく燃える怒りの炎が見えそうな気がする光景だった。
「はい、その通りです!!お姉様などよりも私のほうが王太子妃の役目を立派にこなせますわ!!」
「ア、アリシア……一体何を……」
「お姉様。エドワード様はお返ししますから、ウィリアム殿下の婚約者の座を譲ってくださいませ。」
その言葉に、会場にいる全ての者達が呆れ、ドン引きをした。
エドワードはその場で固まり、顔が真っ青になっている。
「ちょっと、アリシア。あなたの運命の人はエドワード様なのでしょう?」
「そんなの、エドワード様が勝手に私を運命の相手呼ばわりしているだけですわ!!ウィリアム殿下こそ、私の本物の運命の相手です!!」
それを聞くと、エドワードは魂が抜けたように奇声を上げて気絶をした。
そして、シャーロットはその瞬間に完全にアリシアを見限った。
シャーロットは、それまでアリシアが自分に対して姑息な嫌がらせをしてくるのがただただ悲しかった。
しかし、仮にも自分を愛してくれているエドワードをあっさり切り捨てるのを見て、そんな悲しさも吹き飛んでしまった。
今まで妹ということで情けをかけていたが、軽々しく人を切り捨てるほど無情な妹だと思い知らされ、情の一つも湧かなくなってしまった。
一方でウィリアムは、これまで以上に満面の笑みだが、そこからは殺気さえ感じられるほどに怒り狂っていた。
エドワードの父·公爵やシャーロット達の父·伯爵でさえも、まるで極寒の吹雪の中にいるような感覚だった。
しかし、アリシアはどアホのトンチンカンなので、そのことに全く気づいていなかった。
「ウィリアム殿下!!お姉様のような駄目令嬢ではなく、この私を婚約者に――――」
「いい加減にしなさい、アリシア!!」
そう言ったのは、今までアリシアを甘やかしてきていた父·伯爵だった。
絶対にアリシアに怒ることのなかった父親が、はじめて怒鳴り散らしたのだ。
これにはアリシアだけでなく、シャーロットも驚きを隠せずにいた。
「黙って聞いていれば、お前はなんて恥知らずなことを……」
「お父様……?私は何も間違ってなど――――」
「黙れ!!この傲慢親不孝娘が!!今までさんざん甘やかしてきたが、もう我慢できん!!アリシア、お前とはもう縁を切る!!修道院にでも送ってやるから、1からやり直せ!!」
おそらく父·伯爵もアリシアのワガママさにはとっくの昔に呆れていたのだろう。
それが今回の一件で、爆発したのだ。
アリシアは半涙目になると、今度はウィリアムに泣きついた。
「ウィリアム殿下、助けてください!!お父様が意味不明なことで怒って、私を修道院送りにすると――――」
「僕に話しかけないでくれるかな?君を見ていると虫唾が走る。金輪際僕の前に姿を見せないで欲しい。」
そう言ったウィリアムの表情は、シャーロットからは見えなかったがアリシアが本当に怯えていたりするところを見ると、相当な形相であったのが伺える。
それでも懲りずにウィリアムにすがりつくと、父·伯爵によって引っ張られて強制退場をした。
最後の最後まで、『こんなのおかしいですわ!』、『私は何も間違っておりませんわ!』など見苦しい醜態をさらしていた。
ちなみに、気絶したエドワードも父·公爵に馬車へと連れて行かれて帰っていった。
その後、事実上の勘当を言い渡された。
アリシアと婚約する可能性があったので、会場では勘当を言い渡されなかったが、それも無くなったので一族の恥さらしとなったエドワードを公爵は勘当したのだ。
「そういえば、君がアリシアをいじめていたという虚偽の告発をしたことについて、処分をしないといけないね。あれこそ、立派な侮辱罪だ。」
「いいえ、ウィリアム殿下。アリシアは修道院送りにすると父が言いましたし、恐らくエドワード様も公爵様から絶縁を言い渡されることと思います。それで処分は十分だと思います。」
シャーロットは、二人のしたことを許すとは言わない。
しかし、更生のチャンスくらいは与えてもいいと思っている。
もっとも、あの二人が更生するのは相当難しいことだろう。
「では、改めてシャーロット嬢。返事を聞かせてくれるかな?」
「は、はい!あの……こんな私でよければ喜んで。王太子妃の責務を全うできるよう、精一杯頑張ります。」
シャーロットは頬を薔薇色に染めて、今日一番の笑顔で言った。
周りからは、祝福の拍手が送られた。
そして卒業後して1年半後、ウィリアムとシャーロットは盛大な結婚式を上げ、その4年後にはウィリアムが国王の座に就いた。
二人は互いに支え合い、立派な国王と王妃としていつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。