拝啓、異世界転移を望む中高生たちへ
拝啓、異世界転移を望む中高生たちへ。
異世界転移なんて望むものではない。
現役の異世界転移者の立場からそれだけは伝えておきたい。
そして、どうか思い直してほしい。
そう願って、この手紙をしたためていこうと思う。
俺が異世界へと転移させられたのはいまから二年前のことだ。
俺を含む、とあるクソ田舎の県立高校二年一組の生徒――総勢三十名は、小雨が降る梅雨の日の昼休み、唐突にも全員揃って異世界の地に召喚させられた。
教室の床に魔方陣が浮かびあがり、目もくらむような激しい光を放ったかと思えば、気づいたときには石造りの暗い部屋の中というわけである。
「ヤッバ! これアレじゃん! 絶対勇者召喚じゃん!」
皆が動揺している中、いち早く叫び声を上げたのはラノベオタクの吉野君だった。
魔術師らしき老人や、全身鎧を着込んだ兵士たちを前にしても臆さず、かつて見たことがないほどに異様に興奮していた彼の姿はけっして忘れない。
女子たちにドン引きされていたのは言うまでもないだろう。
「気持ち悪い。ヤバいのはお前の頭だっての」と、性格キツめな剣道部の宮島さんもそう呟いていたくらいだ。
ともあれ、ひとまず俺たちは召喚主らしき老人に話を聞くことにした。
柔道部スの木ノ下さんの必殺文句である「ちょっと男子、いい加減に静かにしてよね」が炸裂したからだ。
いつもの調子を取り戻したリア充グループや、吉野君を始めとするオタクグループも、最終的には真面目グループの前にひれ伏した形である。
え?
そのとき俺はどうしてたかって?
俺はほら、アレだよ。
ちょうど前に立っていた、クラス一の正統派美少女である松井さんの透けブラをガン見してたね。
あのとき見た、背汗に濡れた白シャツから透けて見える淡い桃色のブラジャーは、俺の脳裏にいまでもはっきりと焼きついている。
まぁ結局は、松井さんの親友であるキレイ系な篠田さんに盗み見がバレて、しばらくの間、女子たちから白い目で見られる破目に陥ってしまったわけだけど。
完全に不可抗力だったのに酷い話だと思わない?
まぁ、そんなことはさておき。
ラノベオタクの吉野君の読みは見事的中しており、俺たちの転移は本当に勇者召喚であった。
件の老人に関しては、召喚術を扱う本物の魔術師にして、リペルシア王国という名の国家の宰相だったのだ。
俺たちを召喚した理由については、復活を遂げた魔王を倒す戦力を欲していたから。
早い話が、俺たちに魔王を倒させようという魂胆ね。
短気なマジレス厨の鈴木君が、「いや、そんなの自分たちでやれよ」と即座に食ってかかっていたけど、声に出さずともクラスの半数は賛同していたと思う。
まぁ、鈴木君がブチギレすぎて老人に殴りかかろうとしたところ、兵士の一人に逆にぶん殴られて失神させられたため、誰も口に出すことはなかったけど。
とにかく、最終的には勇者の役割を引き受けるしかなかった。
魔王を倒さなければもとの世界に帰すことはできないと通告されてしまったし、なにより、単純に彼らに逆らう術をそのときの俺たちは持ち合わせていなかったから。
取り押さえる前に、躊躇なくぶん殴ってくるような兵士たちが相手じゃ、誰も文句は言えなかったよね。
渋々受け入れるよりほかなかったと思う。
そうして、俺たちの異世界生活が始まった。
住まいは、中世ヨーロッパを思わせる古風な石造りの王城の片隅。
西洋人っぽい顔立ちをした先住民たちの文明もまた、現代日本より遥かに劣る中世ヨーロッパじみたもの。
同人サークルに所属している葛城さんいわく、「典型的なろうテンプレ」と呼ぶべき世界観だとか何とか。
サッカー部の爽やか系な大林君が「嘘だろ、異世界転移にはテンプレがあるのかよ……」と呆気にとられていたのを覚えている。
そんな新生活の大部分は訓練で占められていた。
十八名は戦闘要員として、十二名は支援要員として。
戦闘要員は、戦士・魔法使い・弓使い・武闘家・僧侶などなど。
支援要員は、鍛冶屋・大工・薬剤師・針子・メイドなどなど。
宰相の鑑定魔法によって俺たちは能力別に仕分けられ、各々、適性に合った訓練に精を出す毎日が始まったのだ。
なお、職業ごとに身につけられるスキルが異なっているシステムは、ゲームマニアの伊集院君の解説によるとありがちなやつらしい。
各自ステータス画面をタッチパネルの要領で確認可能なシステムもまた、やはりありがちなやつらしい。
もっとも、転職が不可能な点については、「クソゲー乙」とゲームマニアの伊集院君的には不満であったようだが。
そして、俺の職業はというと定食屋であった。
これは実家が定食屋を営んでいるからだろう。
クラスメイトたちの職業もまた、生まれや育ちが影響しているものが多かった。
特に支援要員に関してはその傾向が強く、家がクリーニング屋を営んでいる高橋さんの職業は洗濯屋であったし、客観的にみても間違いないと思われる。
「なんだよこれ! 絶対おかしいだろ! これじゃ俺TUEEEできねぇじゃん!」
そう苛立ちを吐き出したのは、隠れオタクであった佐藤君だ。
実力に応じて上位・中位・下位の三段階にわけられる戦闘要員。
その割合は上位が四名、中位が六名、下位が八名だったのだが、中位や下位では俺TUEEEをするには圧倒的に力不足らしい。
隠れオタクであった佐藤君の職業はといえば、下位に位置する戦士であるため、俺TUEEEはどうあがいてもできないようだ。
ちなみに支援要員が俺TUEEEできないのは言わずもがなである。
また、パソコン博士の八木君によると、戦闘要員の上位四名については「チーター」と公認するにたりるらしい。
クラス一の王道イケメンにしてリア充グループの筆頭である、勇者の伊達君。
不良グループの筆頭にして金髪オールバックが恐ろしく似合う、剣聖の大沼君。
クラス一の模範的秀才にして真面目グループの筆頭である、聖女の古畑さん。
ギャルグループの筆頭にしてビッチ系な服装が恐ろしく似合う、賢者の白石さん。
彼ら四人に関していえば、「チーター」と呼べるだけの実力があるとのことである。
そして、これが異世界転移をおすすめしない最初の理由。
現実同様、選ばれし存在になれるのは一握りの人間だけ。
異世界転移すればヒーローならびにヒロインになれると思ったら大間違いである。
「あ〜あ、やっぱ現実ってきっびすぅぃ〜」と、ホストみたいな髪形をしたキョロ充の宇梶君も残念そうに嘆いていたくらいだ。
ともあれ、俺たちの目標は打倒魔王。
それゆえ戦闘要員の皆は日々、過酷な訓練を課せられていた。
支援要員の皆もまた、戦闘要員同様に訓練を課せられ、彼らをバックアップするために頑張っていた。
例えば俺なら、王城勤めの料理人にパワハラをむやみやたらと浴びせられたように。
実家が定食屋なだけで、本職の料理人の仕事についていけるわけがないだろう。
鼻で笑ってくる料理人たちを包丁で刺し殺してやろうかと何度思ったかわからない。
ただ、異世界の日々は妙に新鮮味があり、日本へと帰還する決意を鈍らせていった。
このままここで生きていくのも悪くない。
そんな雰囲気が徐々に、なんとなくクラス内に満ちていくのを皆が感じていたと思う。
なにせ俺たちは高校生だ。
魔王討伐などという現実味のない壮大な目標を前に、つい惰性的になって流されてしまったのもまた、無理からぬ話であろう。
そんな空気をぶち破ったのは、不良グループ二番手の金髪坊主頭の飯塚君だった。
双剣使いという中位の戦闘要員であった彼が、なにかに追われるように、誰よりも必死に努力していた理由が皆の心を一つにまとめたのだ。
「俺の家、母子家庭でさ、母ちゃんと俺と妹の三人暮らしなんだ。でさ、妹を大学にいかせてやりたいんだけど、俺が働いてお金を稼ぐしかないんだよね。母ちゃんは体が弱くてあんまり働けないし、頼ることができる親戚なんてのもいないし……だからさ、どうしても早く帰りたいんだ」
深夜の訓練場にて。
誰が呼びかけるでもなく自然と集まっていたクラスの皆の前で、不良グループ二番手の坊主頭の飯塚君はそう言って笑っていた。
誰かを責めるわけでもなく、困った風に頬をかきながら静かに笑っていた。
クラスの雰囲気が変わったのはそれからだ。
なぁなぁであった姿勢は真剣なものへと変わり、俺たちはスクールカーストの壁を取っ払って一致団結した。
誰にも愛すべき家族がいて、帰りたい――帰らなければならない場所がある。
辛く厳しい現実を前にして、そんな当たり前のことから目を背けてしまっていた皆は、それぞれ人が変わったように頑張るようになった。
日本を捨てて異世界で暮らす、なんていう選択肢は最初からなかったことにやっと気づいたのだ。
俺?
俺はほら、パワハラで病んでたから一刻も早く日本に帰りたいと思ってたよ。
具体的には料理長を毒殺する寸前だったからね。
見た目が毒々しい魚の臓物を煮込んで作ったお手製の毒をすでに準備してたくらいだし。
俺の料理長毒殺計画が残念ながら失敗に終わった件はさておき、これも異世界転移をおすすめしない理由の一つだ。
日本に残してきた家族を簡単に切り捨てられるかどうか。
実際に異世界転移してみなければわからないことだろうけど、まず間違いなく、大体の人間は切り捨てられないと思うよ。
情か絆か、なんて表現するのが適切なのかはわからないが、それに後ろ髪を引かれないやつはほとんどいないはずだ。
この駄文を読んでいる君にも、きっと君を愛し育ててくれた家族がいることだろう。
「ていうか、ここ無理くない? ぶっちゃけ不便すぎてマジ死にそうなんですけど」
「わかる。ほんと無理。無理無理無理無理かたつむり」
また、双子で白ギャルの岡村姉妹がそう愚痴を零したように、日本育ちの現代っ子ではとてもではないが中世じみた文明を受け入れられないと思う。
いくら魔法が実在しているとはいえ、その魅力は現代日本の電気機器に遥かに劣るからだ。
「魔法? そんなんいいからスマホくれ」とはスマホ中毒の高梨君の弁である。
スマホを始めとする便利な機器に慣れきった現代人の若者に、中世じみた不便な文明は我慢のならないものでしかないだろう。
かくして、努力の日々を過ごすこと三カ月。
ついに俺たちは実戦デビューをすることになった。
これは王城暮らしからの独り立ちをも意味しており、俺たちは国の保護下から放り出され、晴れて自給自足の生活を強いられたというわけだ。
城下町の一画に建てられた、クラス全員が寝泊りできる宿舎を支度金代わりに譲渡され、俺たちは異世界社会の荒波に放り込まれたのである。
戦闘要員は冒険者登録をして魔物の駆除などで金を稼ぎ、支援要員は町で仕事を見つけて働かなければならなくなった。
この、手厚いとは言いがたい雑な扱いも、異世界転移をおすすめしない理由の一つだ。
ずっと至れり尽くせりの待遇ならば別に問題はない。
だが、当たれば儲けものやら、下手な鉄砲数打ちゃあたるやらの、およそ使い捨ての考え方でもって召喚された場合は目も当てられないだろう。
俺たちの待遇はまだマシなほうだと聞くし、これ以下の待遇でもって迎えられる可能性は十二分に考えられる。
「は? 常識的に考えてマシなほうなんだが? 」とは、某匿名掲示板の住人にしてレスバ強者を自負する菅原君の論だ。
また、流されるままにとりあえず宿舎暮らしを始めた俺たちを待っていたのは、内部分裂の危機であった。
魔物や盗賊との実戦で精神を疲弊させた戦闘要員組と、命のやり取りをする必要がない安全な支援要員組とで、言い争いが絶えなくなったのである。
魔物を殺し、盗賊とはいえ人間を殺す。
そんなこと、現代日本育ちの軟弱な若者である俺たちが、なんでもないように受け入れられるはずがない。
戦闘要員組の誰もが良心の呵責を感じていたのだ。
手を血で濡らす罪悪感に、心が押しつぶされそうになっていたのである。
黒髪ロングが似合うバスケット部の安西さんが、「あんたたちは楽でいいよね」と支援要員組を非難してきた目つきは非常に冷めたものであった。
これもまた、異世界転移をおすすめしない理由の一つだ。
この駄文を読む君がもし普通の若者であるならば、そのまま、いまのその平穏な生活をありがたく享受していればいい。
たとえ魔物であっても、生物を殺すということは著しく心を傷つける。
人間であればなおさらのこと、魔物とは比べものにならないほど心を傷つけてくるという。
「こんなにキツいもんだとは思わんかったわ……」とは、典型的なイキりオタクの五味君が吐いた弱音である。
そうして、来るべくして訪れた内部分裂の危機。
俺たちがそれを乗り越えることができたのは、元生物委員にして現飼育員の寡黙で大人しい奈良崎さんの独白のおかげであった。
「み、皆が人殺しなら、私だって人殺しだよ! わ、私だって人殺しなんだから……!」
話し合いの場で、ぼろぼろと涙を流しながら必死に訴えかけた彼女の言葉。
人殺しという重い十字架を戦闘要員組にだけ背負わせるつもりはない。
罪も罰も皆で分かち合うべきであり、互いに支えあって頑張っていこう。
そんな裏表のない真っ直ぐな思いは、荒んでいていたクラス皆の胸に深く突き刺さった。
いつしか誰しもが涙し、隠していた本音をさらけだしていき、最後は声を上げて笑いあえるようになったのである。
俺?
俺はほら、なんか泣くに泣けなかったからさ、大慌てで厨房でたまねぎを切って偽の涙で誤魔化してたよ。
あのときほど定食屋の息子でよかったと思ったときはないね。
ま、皆は内部分裂の危機を、俺は村八分の危機を乗り越えたって感じかな。
話を戻して、さらに異世界転移をおすすめしない理由を二つ続けて挙げてみよう。
まず一つ目は、ご飯が全然美味しくないこと。
次に二つ目は、女性が全然魅力的でないこと。
前者は、イギリス人のハーフであるジェシカさんも「フィッシュアンドチップスがご馳走と思えるくらい、めっちゃ不味いヨ!」と豪語するくらいだ。
後者は、チャラ男の遊び人である羽鳥君が「顔は良くても、なんか全体的に臭いし、産毛とか無駄毛とかヤバいし、やっぱ臭いしでヤるのは絶対無理」と、ナンパして宿に連れ込んだ女性を泣く泣く放流したエピソードを語ってくれたくらいである。
これは現代日本の食文化および女性たちの美を、積み重ねてきた歴史および日々の努力の賜物を舐めるなということであろうか。
野生の魔物の肉が極上の美味などという都合のいい設定もなければ、男子高校生のみなぎる性欲をもってしても許しがたいほどに異世界の女性たちの美意識は低い。
総じて過度な期待は裏切られること必須。
異世界転移に対する高望みをやめ、素直に現代日本での暮らしを楽しむほうが、よほど幸せだと思われてならない衝撃の事実であろう。
そして、聞いてくれ。
ここからが話の本題だ。
伝え聞くに、どうやら異世界転移にはラブコメ的な展開がつきものらしい。
だが、そんなうまい話はないことを、これを読む君たちにはぜひ知っておいてもらいたいのだ。
繰り返す。
ラブコメ的なうまい話はけっして存在しない。
まず、俺は定食屋として宿舎の厨房を切り盛りしている。
レベルが低すぎる異世界の食文化に萎えに萎えているクラスメイト総勢二十九名、彼らの食生活を一手に引き受けているのだ。
朝・昼・晩の三食から、三時のおやつに深夜の夜食、はたまた遠征時の携行食料まで。
皆の健康を精神面からも支えているという点において、自分で言うのも恥ずかしいが俺に課せられた役割は非常に大きいと思う。
次に、厨房の切り盛りを手伝ってくれる女子が一人いる。
そう、本来であれば、なんやかんやのすったもんだの末に俺と恋仲になるはずの女子がいる。
問題は、その女子がメリカドさんであることだ。
「眼鏡をかけた」・「リアル」・「髪が伸びる」・「ドール(人形)」・
それら四つの言葉の頭文字をもじった――メリカドという酷いあだ名で呼ばれる女子こそが、悲しきかな、俺の相方なのである。
メリカドさんの容姿はあだ名どおりのもの。
怖い話によくでてくる、日に日に髪が伸びる市松人形、あれに瓜二つなのである。
前髪を眉下あたりで一直線に揃えたおかっぱ頭、目元を完全に隠す異様に分厚い眼鏡、呪いの人形を思わせる不気味な佇まい、基本的に無口な暗い性格。
上から目線で評価するようで大変申し訳ないと思うものの、メリカドさんという女子の見た目は完全にヤバいやつのそれだと形容するよりほかないだろう。
二年生への進級時に転校してきたのだが、あまりのヤバさゆえに一人として友達ができていないほどだ。
もっとも、メリカドさんも存在自体が悪というわけではない。
全体的に見た目がヤバいだけであり、仕事ぶりや普段の振る舞いに関していえば、正直に言って不満なところは一つもないくらいだ。
食材の下ごしらえをさせれば丁寧に処理してくれる。
調理の手伝いを任せてみても上手にこなしてくれる。
どんなに忙しくても頑張って働いてくれ、サボったり愚痴をこぼしたりはしない。
一緒に仕事をしていて煩わしく感じることなんてない。
一緒に過ごしていて嫌な気持ちにさせられることなんてのもない。
むしろそのさりげない気遣いには逆に何度も助けられている。
本当に、ただ見た目が凄まじくヤバいだけであり、けっして人が悪いというわけではないのだ。
また、メリカドさんの職業はパティシエなのだが、彼女の作るお菓子はとても美味である。
なにより味が優しい。
お菓子を作る姿を見ていても楽しそうで、食べてくれる人のために心をこめて作っているのがありありと伝わってくる。
お菓子の味やお菓子作りに対する姿勢を通してメリカドさんを見たとき、きっと誰もが彼女に好感を抱き、優しい気持ちになれることだろう。
同じ料理人として俺はそう思う。
そう、見た目がヤバすぎるという点だけが問題なのだ。
唯一にして最大、さらに解決不可能。
メリカドさんに対して失礼極まりない話だと思いはするものの、ぶっちゃけどうしようもない問題でもある。
ラブコメの対象外であることはもはや言うまでもなく、心の底から残念でならない問題なのであった。
「眼鏡もなぁ、正直、外してくれないほうがいいんだけどなぁ……」
思わず独り言を呟き、ここにも書き連ねてしまう。
なぜなら、そんなメリカドさんは視力を回復すべく教会へと出かけていったから。
腐女子の治癒師の三木谷さんが視力回復の魔法を覚えたらしく、メリカドさんも眼鏡を卒業することを決意したようなのだ。
もし。
もしも、眼鏡を外したメリカドさんが恐ろしくブサイクだったら、俺はどうすればいいのだろうか。
およそ清潔感の皆無な、生理的に受け付けないような顔面が露わになってしまったら、はたして俺は彼女の存在を許すことができるのだろうか。
いや、きっと許すことはできないだろう。
多分、俺はメリカドさんを厨房から締め出してしまうに違いない。
本当にすまない、メリカドさん。
大変申し訳ありませんが、あなたは今日を限りに厨房を出入り禁止とさせていただきます。
ああ、噂をすればなんとやらか。
どうやらメリカドさんが帰ってきたようだ。
食材の買出しもついでに頼んでいたことだし、出迎えに行かなければ。
まったくもって気乗りしないが……。
◆
うおい!
聞け、お前ら!
マジで聞いてくれ――じゃなくて、読んでくれって書くべきか!?
まぁどっちでもいいや!
あのな、メリカドさんな!
メリカドさんだけどな……!
けっこうな美人さんだったわ!!!!
なんていうのかな、平安美人っていうのかな?
雛人形みたいな綺麗な顔してたわ!
細い眉毛と、目尻の上がった切れ長の目が冷たい印象の顔立ちなんだけど、作りは完全に美人のそれだったわ!
わかるかな!?
ほら、色白の雛人形を美形にして人間化した感じなんだって!
それでさ、髪形もサイドポニーっていうやつにしててさ!
前髪を綺麗に横に流しておしゃれにまとめたら、もうさ、見た目はぜんっぜん普通の女の子なんだよね!
いや、ごめん!
普通じゃなかったわ!
めちゃくちゃ可愛かったわ!
ぶっちゃけ俺のストライクゾーンど真ん中の可愛さだったわ!
でさ!
しかもさ!
恥ずかしそうに俺のほうを上目遣いで見てさ!
頬をほんのりと赤く染めながら――
「ど、どうかな……?」
だって!
ねぇ!
どう!?
どう思う!?
ねぇねぇ!
これどう思う!?
「ど、どうかな……?」
だって!
だって!!!
ばっか、お前!
可愛いよ!
お前が世界一可愛いよ!
ふざけんなっつーの!
惚れるっつーの!
完全に好きになっちゃうっつーの!
あー、異世界転移してよかったー!
異世界転移さいこー!
美少女と完全に脈ありなラブコメ展開とか、マジでさいっこーでーす!
だからさ!
いまこれを呼んでいる中高生の皆もさ、異世界転移を望んでみたらいいと思うよ!
きっと俺みたいにハッピーになれるから!
じゃ、そういうことで!
おつかれ!
敬具
お読みいただきありがとうございました!