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【コミカライズ】公爵令嬢と恋と筋肉と

作者: 長月 おと

頭を空っぽにしてお読みください

 

 ある日、公爵家にてお茶会が開かれていた。主宰者は公爵家の娘クラリス。この国の王太子の婚約者であり、令嬢グループの最大派閥の頂点にいる。


 本日は派閥幹部で集まり、貴族の令息令嬢が通うアカデミー卒業式のドレスの打ち合わせをしていた。色被りやデザイン被りが無いように、尚且つトップのクラリスが最も輝くように合わせていかなければならない。




「やはりクラリス様は紫がよろしいですわね」

「私もそう思いますわ。赤も捨てがたくありますが、高貴な色を本当に着こなせるのはクラリス様だけかと」

「髪と瞳の色を見てもクラリス様のために紫があるようなものですわ」



 クラリスは絶世の美女だった。髪は銀糸のように輝き肌は陶器のように白く滑らか。色素の薄いそれらにアメジストよりも濃い紫の瞳がよく映えていた。

 18歳を迎えた頃から華奢だったプロポーションはボンキュッボンという表現が相応しく急成長し、今では女性ですら顔を赤らめたくなるような色香を放っていた。



「では、わたくしは紫にいたしますわ」



 幹部の言葉にクラリスは満足げに頷き、3個目のケーキを食べきってからティーカップに口をつけた。ケーキの量には驚きつつ、幹部令嬢はクラリスが納得したことに胸を撫でおろす。

 次期王妃の機嫌を損なうわけにはいかない。しかもアカデミーを卒業すれば婚姻が結ばれ、正式に王族の仲間入りを果たして王太子妃になる。幹部令嬢たちは家の代表として並々ならぬ覚悟でお茶会に参加していた。



「では男性陣は退室なさって」



 次はデザインを決めなければいけない。クラリスが指示を出すと、男性従者と入れ替わるように部屋には国を代表するデザイナー十名と数多のドレスが入ってきた。



「まぁ!人気デザイナーを一同に呼び寄せましたの!?」



 幹部令嬢たちが驚くのも無理はない。ライバル同士が顔を合わせることは普通ではあり得ないし、何より売れっ子のスケジュールを同時に押さえることなど不可能のはずだった。



「一年前から予約してましたのよ。造作もないことですわ。おほほほ」



 クラリスは銀糸の髪をふさっとなであげ、高らかに笑った。



「一年前ですって!?」



 令嬢たちは目をひんむいた。今でこそ人気ではあるが、六名は昨年までは全くの無名のデザイナーだった。令嬢たちはクラリスの先見の明に畏怖を隠せないのか、淑女をわすれて口を開けっ放しにしている。

 彼女たちを驚かせるのはこれで終わりでなかった。



「あぁっ、クラリス様!何を――――っ」



 クラリスは用意されたラグの上に移動すると、ドレスを脱ぎ始めたのだ。

 同性同士といえど目の前で着替えることはまずない。しかもクラリスは女性でも涎が出そうな色香。

 見慣れぬ光景に令嬢たちは声にならない黄色い悲鳴をあげた。今すぐ視線を外さなければ、新しい性癖に目覚めそうだ。早く、早くクラリスから目を離さなければと思うが、彼女たちは視線を奪われたままだ。



「何って着替えですわ。脱がなければできませんでしょう?」

「いえ、それはそうなんですけれど」



 令嬢として当たり前のものがない。それは令嬢を美しく見せ、心を律し、ライバルの視線から守るための鎧――――コルセットをつけていなかったのだ。



「ありえませんわ。あれは令嬢の誇り。これでは平民と同じでは――――」

「今のわたくし、平民に見えまして?」

「い、いえ!むしろ……女神」



 反論できず幹部令嬢は椅子から崩れ落ち、胸を押さえた。そして視線はクラリスから未だに外せない。



 クラリスがいま身に着けているのは大きな胸を支えるブラと下半身を隠すペティコートだけ。なんとも破廉恥な姿のはずなのに、相変わらず色香はとんでもないのに、卑しい気分にはならない。

 教会に飾られている着衣は布一枚だけの女神像のように神々しく、コルセット無しで美くびれを保っていた。



 もっと詳しく言うと腹にはうっすら内側へと弧を描くように縦にラインが入っており、振り向くときに腰を捻れば脇腹に大きく内側へと斜めの筋が入った。

 明らかに鍛え上げた腹をしていた。



「お褒めの言葉をありがとう。まさにわたくしは女神を目指したのですわ。なぜ女神はコルセットを着けていないのに強くて美しいのか……その答えは筋肉なのですわ!針金の入ったコルセットに支えられているようではいけません。わたくしは自らの筋肉コルセットで肉体と精神を支えることに成功したのです。まさにコルセット(誇り)と一心同体になったのよ」

「クラリス様――――っ!」



 クラリスの気高い志に令嬢たちは瞳に涙を浮かべ、感極まる。



「筋肉コルセットを手に入れる道のりは簡単ではありませんわ。でも手に入れてしまえば苦しいコルセットから解放され気分も良く、ケーキもたくさん入るようになり最高ですのよ」



 筋肉の魅力を力説したクラリスの腹には力が入り、横にもラインが入る。まさにシックスパック。ゴリゴリガチガチの筋ではなく、丸みのある筋がまた美しい。ケーキ三個を収めた腹には見えない。

 クラリスの腹を指で撫でてみたくなる衝動を抑えながら令嬢たちは「ほぅ」と熱いため息を溢した。開けてはいけない心の扉の鍵に手をかけ、がちゃりと音をたてた。



「さぁ着替えますわよ。皆様、選んでくださいませ」



 ※※※




「サディアス殿下、お待ちください。今はご令嬢たちだけで――――」

「だまれ!もうクラリスには我慢ならんのだ」



 太陽の光を集めたような金色の髪に空のような青い瞳をし、スラリとした背格好の美青年――――この国の王太子でクラリスの婚約者であるサディアスが家令の言葉を無視して、公爵家の屋敷の廊下を突き進む。後ろには彼の側近たちが続き、彼らに守られるように中心には一人の令嬢がいた。

 家令は諦めて、数秒でも早くクラリスに来訪を伝えるべくサディアスよりも先に部屋へと駆けた。



「クラリス!入るぞ」

「まぁサディアス殿下。ご機嫌麗しゅうございます」



 サディアスが勢いよく扉を開けた。クラリスは着替えの途中で着る簡易ワンピースを着て、微笑みながら出迎えた。先触れなしの来訪、お茶会の乱入、しかも着替え途中に来たというのに彼女の表情に怒りや焦りは一切ない。

 サディアスはクラリスの余裕の態度に眉間にシワを寄せ、令嬢たちの姿を認め舌打ちをした。



「クラリス、私はもう貴女の悪行に目を瞑ることはできない」

「悪行……ですか?」

「しらばっくれるつもりか!こちらには証言者として被害者であるアイリーン嬢がいるんだぞ」

「まぁ、アイリーン様」



 クラリスはサディアスから彼の後ろに隠れていた令嬢に視線を移した。

 熟れた桃のような薄紅色の髪は令嬢では珍しく肩口で切り揃えられ、若葉のような翠の瞳の美少女――――アイリーン男爵令嬢はクラリスと目が合うなりビクリと身を強張らせた。そして小さく震え、逃げるように再びサディアスの後ろへと隠れてしまった。



 令嬢たちはアイリーンに鋭い眼差しを向けて、空気は一気に冷え込んだ。

 アイリーンは婚約者であるクラリスを差し置いてサディアスと懇意にしていると噂される令嬢だ。それに飽き足らず、令嬢たちの婚約者である側近たちをも侍らせ気分は良くない。

 そしてクラリスは嫉妬で嫌がらせをしているという噂も同時に耳にしていた。怖くてクラリスには確認していないが――――





「クラリス!あなたは元平民だという理由でアイリーン嬢を呼び出したそうだな。そして貧しいと知り、喜び、笑ったと聞いたぞ」



 サディアスが険しい剣幕でクラリスを睨みつける。クラリスが否定しないため、次に側近たちが疑いをあげていく。



「アイリーン嬢の机に恐ろしい手紙も入れたようだな」

「力を使い、アイリーン嬢の友達を奪ったともきいたぞ」

「極めつけはクラリス嬢、あなた本人がアイリーン嬢を襲おうとした!」

「あげく、このように我々の婚約者も巻き込むなど許しがたい行為だ」



 本日招いた令嬢たちを一瞥しながら、側近たちはクラリスに怒りをぶつけた。

 令嬢たちは気まずそうに自分たちの婚約者である側近たちから目を逸らした。側近たちの怒りは益々高まり、余裕の笑みを崩さないクラリスに詰寄ろうとするがサディアスが制した。



「待て。さてクラリス、否定しないのか」

「えぇ、事実ですもの。何か問題でもございましたか?それよりも殿下、アイリーン様と距離が近すぎではなくて?わたくしが嫉妬していることをご存知でしょう?」

「――――っ、知っている。しかし、それはできない。私はアイリーン嬢を守りたいのだ」 



 クラリスの微笑みが消え、サディアスに一歩ずつ近付く。サディアスをはじめ側近たちはアイリーン嬢を庇うように守りを固めた。

 しかしクラリスは気にすることなく手が届きそうなギリギリの距離で止まると、アイリーンに問いかけた。



「アイリーン様、わたくし、何度もお願い申し上げたはずですのに酷いですわ」

「ひ、酷いのはクラリス様です。だって、だって私……こんなに惹かれるとは思わなくて」

「この際、ハッキリ仰ってくださらないかしら」



 クラリスは深みのあるアメジストの瞳でアイリーンを射抜く。

 部屋にいる全員が固唾をのんで見守る中、アイリーンが重たげに口を開いた。



「クラリス様が……クラリス様が悪いのです!私が男爵家に引き取られる以前は貧乏で畑仕事をしていたと知るや否や、突然笑顔で二の腕を触るなんて」

「だって素敵な二の腕に出会えたことが嬉しかったんですもの。仕方ありませんわ。今だって私には触らせないどころか近寄らせないのに、サディアス殿下には許すなんて妬きましてよ」



 しれっとクラリスは白状した。腹筋は鍛え上げたものの、何かが足りないと思っていた。

 そしたら理想の二の腕と出会ってしまったのだ。他の令嬢よりも太いはずなのに、美しいシルエットのアイリーンの二の腕に。



「怖くて逃げたら、次は机に何通も手紙を入れるなんて。しかも筋肉の素晴らしさと、私の二の腕への情熱を毎回何ページも書くなんて狂気を感じました。質問も多くて、とても……とても怖かった」

「だって触りたいのに。秘訣も知りたいのに会う前に逃げるんですもの。まずは手紙にてご教示願おうとしただけですのに、あんまりですわ」



 上腕二頭筋をただいじめ抜いたらコブのように盛り上がり、美しくなかった。確かに引き締まって、強くはなったが見た目がいただけない。

 クラリスはどうしても美しくしなやかで、強靭なアイリーンのような二の腕が欲しかったのだ。



「それに……それに私を手に入れるために友達を買収するなんて酷いです。私の好きな食べ物やスイーツ、行動が全部クラリス様に筒抜けで……友達からプレゼントをもらえたと思って喜んでいたら、全部クラリス様からだったし」

「筋肉を育てるのに食べ物の好みは重要ですわ。把握するのは必須で、貴女の二の腕が衰えないように差し入れをしただけではありませんか。お口に合いませんでしたの?」

「今まで食べてきたものより明らかに最高級で、口が肥えてしまいました。もう普通になんて戻れない……うちは貧乏だから買えないのに酷いです。お、美味しいのは罪です」

「ふふふ、わたくしの言葉を聞き入れないあなたが悪いんですのよ」



 餌付け作戦は成功だった。アイリーンはクラリスの差し入れ無しではいられない体になってしまっていた。

 悔しさで拳を握りしめる、そんなアイリーンを見てクラリスはご満悦だ。



「で、でも襲うのは本当にあり得ません。ひと気のない部屋に押し込められて……あぁっ、私、私は――――」

「アイリーン嬢しっかりするんだ。クラリス、あなたはなんて事を」



 その場で崩れ落ちるアイリーンをサディアスが支える。それをクラリスはギロリと睨みつけた。



「いつまでも触らせないアイリーン様がわるいんですのよ。我慢の限界でしたの」

「だからと言って服を脱いで一方的に見せつけてくるなんて」

「事前払いよ。あなたの二の腕を見せて触れさせてもらうんですもの。わたくしの腹筋を先に見せるのが筋だと思いましたのよ。名乗りと同じではありませんか、なんと大袈裟な」

「大袈裟なんかじゃない!あんな姿を見せられたら……どこの誰よりも鍛え抜かれた肉体美を見せられてしまったら」



 アイリーンは一度唇を噛み、涙を浮かべてクラリスを強い眼差しで睨んだ。



「男性に恋できなくなったらどう責任をとってくれるんですか!こっちは貧乏だから金持ちの令息を捕まえなきゃいけないのに、でもやっぱりトキメク相手が良いのに……もう普通の男に胸キュンできない!クラリス様のせいです。うわぁぁぁぁあん」

「アイリーン嬢っ」



 アイリーンはサディアスの胸の中に飛び込み、大声をあげて泣き始めた。こんな美青年サディアスに抱きしめられても、細身で筋肉を感じなければ全くトキメクことが出来ないのだ。それが悲しくて、涙が止まらない。


 誰も非難できない。むしろ側近たちは悔しげに眉間にシワを寄せた。



「えっと、どういうことですの?腹筋vs上腕二頭筋?」

「筋肉同士では戦ってませんわ。その……クラリス様vsアイリーン様ではなくて、アイリーン様を巡ってサディアス殿下vsクラリス様だったということ?」

「そうではなくて、アイリーン様はクラリス様の魅力にやられて百合に目覚めたと仰っているのでは?ではサディアス殿下と親密にしていたのは何なんですの?」



 状況についていけない幹部令嬢が話を整理しようとするが、ゴールが見えない。

 サディアスが大きなため息をついて、説明した。



「私はアイリーン嬢から婚約者クラリスのラブコールをどうにかしてくれと相談されていたんだ。こんな筋肉マニアだとは知らなかった。君たちもそうだろう?クラリスは私の前では完璧な淑女だった。私とアイリーン嬢が、共に行動していればクラリスの筋肉アタックを阻止できると思っていたのだよ」

「つまりサディアス殿下とアイリーン様の間には何もないと」

「そうだ。私はクラリスの毒牙からアイリーン嬢を守っていただけだ……だが、守りきれなかった」



 アイリーンは新たな性癖の扉を開いてしまった。百合ではない。恋愛対象者は男性のままではあるが、美筋肉でなければトキメクことが出来ない。見た目より中身とか言ってられない。

 血縁を重んじる貴族社会で愛のない政略結婚も確かにあるが、サディアスとしては愛のない結婚はできればして欲しくない。

 次期国王として臣下には幸せな生活をして欲しいと願っているのに、異性に魅力的を感じられなくなっては冷たい夫婦生活一直線。致命的な問題だ。



「君たちは大丈夫か?」


 サディアスははっと我に返り、幹部令嬢に問うた。大事な側近たちの婚約者たちだ。アイリーンのように異性にトキメかなくなっては側近たちが可哀相だ。

 間に合っていてくれと願うが、それは否定された。



「えっと、殿方もクラリス様と同じくらい引き締まっていれば……ね?」

「分かりますわ。クラリス様のお腹は夢恋小説の初夜シーンに出てくる殿方のようでしたものね」

「圧のない筋肉のなんと美しいことか。なんだか目覚めてしまいそうですわ」



 令嬢たちの言葉を聞いて、側近たちは戦慄した。宰相の息子は薄っぺらい腹を撫で、騎士団長の息子は固いゴリゴリのシックスパックの腹を撫で、教皇の息子は少しぷにっとした腹を撫でた。



「クラリス嬢!やはり許せん。我々の婚約者まで落とすとは残虐な。何故、見せつけるような事を」

「筋肉のススメという文献によりますと、見せることによって筋肉の細胞が活性化され、自ら成長すると書かれていたからですわ。筋肉に話しかけるのも良いそうですのよ」

「なんだその理論」



 側近たちは膝から崩落ち、四つん這いになって落ち込んだ。

 脳筋と言われる騎士団長の息子さえ、そんなことはしない。



「おまえたち、私のクラリスがすまない!クラリス、なぜそんなに筋肉をつけようとするのだ。私は淑女らしい貴女が好きだったというのに……」



 サディアスは必死に訴えた。元の可憐で華奢なクラリスに戻るように願って。

 それに対してクラリスは首を横に振った。



「サディアス殿下を支えるためですわ」

「筋肉で物理的に支える気か!」



 サディアスは文学派で剣術はからっきしの細身体型。幼い頃は病弱だったこともあり、今も風邪は長引きやすい。

 このままクラリスが鍛えれば彼女の方が強くなり、サディアスがお姫様抱っこ()()()光景が目に浮かんだ。



「サディアス殿下は……私が魅力的に見えませんの?」



 クラリスは頬に手を当て、悲しげにため息をついた。憂いを含んだ紫瞳に長いまつげが影を作り、潤う唇が艷やかでため息になりたいほど。

 簡易ワンピースのせいか、体のシルエットがそのまま浮かび、コルセット無しの自慢のクビレが丸わかり。頬に手を当てているせいか、立ち姿がS字ラインを描き、美しい。




「魅力的かどうかと言われれば……っ」



 魅力的すぎた。女性ですらクラリスの色香にやられてしまうのだ。男のサディアスは常に理性を総動員させながらクラリスと対峙しなければならないほどに、魅力的に見えている。

 本音は今すぐに王宮に連れ込みたいが、婚姻前に契を交わすわけにはいかない。



「頼むから、前のように戻れないだろうか」



 二の腕までしなやかな美筋肉を手にしてしまったら、婚姻まで我慢できる自信がない。

 でも婚姻後はこの色香で頼みたい。筋肉万歳だ。



「頼む……卒業し、婚姻を済ませるまで上腕二頭筋は自粛してくれ。婚姻後は好きに筋肉を鍛えて良いから」

「良いのですか?卒業後は好きにしても」

「あぁ、むしろ協力しよう。約束する」

「協力してくださるなんて嬉しいですわ。では上腕二頭筋だけでなく、大臀筋の師匠探しを手伝って欲しいんですの」



 クラリスは感動してうっとりとした表情でサディアスの手を握る。サディアスは理性が吹っ飛び思わず王宮へ連れ去る計画が頭をよぎるが、追加されたワードで理性を取り戻す。



「大臀筋とはなんだ?鍛えるとどうなるのだ?」

「桃尻になるのですわ」

「ぬはっ!」

「サディアス殿下!」



 一瞬にして妄想と理性がスパークして、貧弱サディアスは卒倒した。それをクラリスがなんとか受け止めるが、男性を受け止められるほどの筋力はなく、足がもつれてよろめいてしまう。なんと弱い足なのか――――なんとか倒れずにサディアスを床に寝かして、クラリスは誓った。



 足の筋肉「大腿四頭筋」も早急に鍛えなければ!と……



 優しいサディアスに恋するクラリスは、彼を常々支えたいと思っていた。彼は成長し随分と健康体にはなったが、卒業が近づくにつれて公務と式典準備が増えてくると疲労が溜まり、貧血で倒れることが増えた。



 護衛が間に合う距離にいるときはいい。しかし公の場では護衛は後ろに下がって距離を取る。ではもしそんな時にサディアスが倒れたら――――隣に立つ自分が支えなければと決意した。



 コルセットの強い締め付けなんかで自分の具合が悪いなんて許せない。コルセットのせいでご飯が食べられず空腹で力が出ないなんて馬鹿馬鹿しい。


 でもムキムキになり過ぎてサディアスの愛を失うわけにはいかない。彼はムッツリさんなのを熟知していた。

 こうして美筋肉を求めるクラリスが完成したのだった。



 倒れたサディアスは数秒もしたら目を開けた。クラリスは彼の顔をのぞき込み、血色の良さを確認してホッとした表情を見せた。



「クラリス……心配するな。でも、ありがとう」

「とんでもありませんわ。わたくしが原因ですもの。卒業まで自粛しますわ」

「分かってくれれば良いんだ。ドレスの選定中だったのに突然押しかけてすまなかった。私たちは帰るとしよう」



 サディアスは理性を取り戻している間に、側近を連れて屋敷を去っていった。



「さぁどのシルエットが良いか、皆様、ご意見くださいませ」



 クラリスは見本ドレスを試着するために再び脱いだ。



「あぁ、ま、眩しすぎますわ」

「クラリス様……もう駄目♡」



 残った令嬢は両手で顔を覆いつつ、指の隙間からガン見し、側近に忘れられたアイリーンは顔を真っ赤にしてソファに倒れ込んだ。


 さらなる筋肉の向上を誓ったクラリスの立ち姿は圧巻だった。何着も着替えるため、肌にはうっすら汗が浮かび光を反射させ、腹筋を輝かす。デザイナーたちも、着替えを手伝う侍女たちも息が荒くなっていく。

 気付けば「クラリスに似合うデザイン」から「美筋肉を引き立たせるデザイン」へと目的は変わり、各デザイナーと令嬢たちは熱く議論を交わすこととなった。



 そしてこの大陸で初めてのデザイン――――マーメイドラインが誕生した。しかもクラリスはコルセットを不要としているため、ドレスは背中から腰まで大きく開いていた。



「あぁ、体型が丸わかりですわ!なんて大胆な」

「恥ずかしいと思っていたデザインなのに、美しいですわ」

「生きる女神ですわ。なんという曲線美。いえ筋肉美!」



 日が暮れる頃には幹部令嬢たちはすっかり魅了され、筋肉に夢中になってしまった。



「では背中を鍛えなければなりませんので、これにて、失礼しますわ。皆様、ご協力感謝いたします。ご機嫌よう」



 そうしてクラリスはマーメイドドレスで卒業パーティーに参加した。多くの令嬢たちは美しい姿に憧れ、クラリスを目指して筋トレを始めた。

 そして令息たちは令嬢より貧弱では格好がつかないと負けじと筋トレをした。



 貴族会で筋トレブーム爆誕である。



 ちょうど仲の悪い隣国が戦を企てようとしていたが、騎士でもないのにどの令息も屈強で、令嬢も人質として連れ去れないくらい強そうで戦を諦めたとか。



 そんな事は露知らず、クラリスはサディアスのために筋肉を追求し続けるのであった。




 おしまい。

読んでいただき誠にありがとうございます。


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