いつもの帰り道
正直、言葉が出なかった。
その出来事に近い事件を知っている。確か一週間前に起きた大量出血痕に関する事件だ。
場所も今、神崎が語った公園だったと記憶している。しかし、自分がニュースで見た事件と神崎が語った事件には大きな違いがある。
「まさか‥‥、死体が、」
「そうなんです。消えたんです。」
目の前に座っているスミレ草は落ち着いた声で答えた。
「救急車が到着した時に、公園内になかなか入ってこれなかったので、スマホのライトで知らせるために一瞬だけ管理人さんから離れたんです。離れたといっても1、2mだけ。その時には本当に残念ながら完全に心停止していて、出血量もほとんどみられなくなって5分以上経過していました。」
「そのたった一瞬で‥‥、」
「そう。消えたんです、人が。」
シリアスな場面だが、ひとこと言いたい。俺はホラーが嫌いだ(筆者も)。バイオハザードも無理、お化け屋敷なんて論外。せいぜいが世にも奇妙な物語といったところか。
今すぐ止めてくれと言いたいが、神崎の表情から冗談や嘘の類いは見られない。
「まさか‥生き返ったと⁇」
恐る恐る聞くが、彼女は残念そうに首を振る。
「それは残念ながらありません。考え有る限りの処置を施しましたが、あの状態から意識を取り戻し、移動するなんてことはあり得ません。」
「となると、誰かが連れ去った⁇」
(ん⁇何かが引っかかる。)
神崎から聞いた話にヒントがあった。ヒントと呼べるのかも怪しいヒントが。
「黒髪の女性‥。ケタケタと笑う?」
自分で言ってて馬鹿らしくなるが、現時点での情報ではそれが最適解かもしれない。
「私もそう思います。実は‥管理人さんが消えた一瞬に背中越しだったんですが、別の人間の気配がしたんです。ほんの一瞬だったので確証はないんですが‥‥。」
「警察は何と言っていたんですか⁇」
全身に切り傷のような裂傷。それが原因であろう出血死。事件性の塊みたいなものだ。
死体が消えたとはいえ、神崎からの事情聴取で警察は何かを掴んだのではないか、そう思ったのだが。
「大量の出血痕が残っていたことから当然、警察も事件の方向で調査してるのですが‥‥、」
そこで彼女は言葉に詰まる。
「何かあったんですか⁇」
「管理人さんは存在していないと言うんです。」
「‥‥はい⁇」
思わず聞き返してしまった。それがますます彼女から自信を奪ってしまったようだ。先程から手元のマグカップしか見ていない。
「私のマンションの管理人さんは別にいて、私の伝えた人物像の人間は少なくともマンションには存在していないと‥。」
「そんなアホな‥‥。」
つい関西出身のクセが出てしまった。そんなことを頭の片隅で思いながら、慎重に確認していく。
「神崎先生は毎朝、その管理人さんとお会いしてたんですよね⁇」
「はい。挨拶くらいの簡単なものですが。」
「ちなみにそのご老人が管理人だと思ったのは何故ですか⁇」
「エントランス前の掃除から、ゴミ捨て場の整理、中庭の木の伐採をしているところも見かけたので、管理をしている方だと思っていました。」
「他のマンションの住居者から何か聞いていませんか⁇」
「刑事さんが聴取したらしいんですが、他の住居者の認識している管理人さんは別にいたらしく、人相も全く違うんです。」
2日前に会いました、と付け加える神崎。
「うーん。あれじゃないですか⁇そういう雑務を請け負う外注先の業者さんとか⁇」
これもすぐに思い浮かんだ可能性だ。
「確かに業者を外注しているみたいですが、その中にも該当する人はいなかったみたいなんです。」
これはいよいよ黒髪でケタケタ笑う女性説が濃厚か‥、なんて考えている自分がいることに気が付いた。俺はどちらかといえば合理主義で現実主義だ。何を血迷っている。
「背後に人の気配がしたことは、警察には伝えましたか⁇」
彼女の形の良い眉が下がる。姿勢といい、目線といい、下がりっぱなしだ。
「聴取された時、最後に伝えたんですが、全く相手にされませんでした。」
「ですよね‥‥。」




