職場1
電車で40分弱、そこから歩いて20分ほどで職場である多光病院に着く。他の医療施設についてそれほど詳しくないので比較はできないが見事に街に溶け込んでいる、特に特徴のない建物である。
いつもの戦闘服に着替えて職場である三階に向かう。階段を一段一段と登っていくと頭も少しずつ冴えてくる。同時に下腹辺りがズンと重くなってくる。この前、友人にこの症状について聞いたらストレスだと返された。
「おはよございまーっす。」
元野球部独特の語尾は今後も治りそうにない。
「おー。」
一番最初に挨拶を返してきた野太い声の持ち主は大友大吾。この部署のトップ、役職は課長である。
「昨日からお前が担当してる誰だったか、あー、大橋さんだったか。右大腿骨転子部骨折術後の。」
「はい。担当僕です。」
他意はないのだろうが身長が優に180センチを超えてくる巨漢に話しかけられるとイヤでも背筋が伸びる。
「血液検査でCRP値みたけどありゃ〜まだまだかかりそうだな。痛みとか訴えどうよ?」
「痛みスケールで取ってますが軽減してます。今は平行棒歩行で2往復ってとこですね。」
「そうか。まぁ、なんかあったら言ってこいよ。」
パソコン上でカルテに向いていた目線をこちらに移して、そしてさらに顔を近づけてきてくる。
「ちゃんと食ってんのか?相変わらずほっそい身体してるな〜おい。」
(圧が凄いんだよ、圧が。)
体重が100キロに迫る巨躯で、だがしかし体脂肪率は10%代のいわゆるゴリマッチョからすれば身長165センチ体重は女子とは違う意味で非公開の俺はひどく頼りなげに見えるのだろう。
「大丈夫ですよ。けど最近肉食ってないんで今度奢ってくださいよ焼肉。」
「かーっ!お前と同じくらいの低賃金、子供3人持ちのおっさんにたかるかね?肉なんざ食わなくてもな、プロテインと適量の食事で身体は育つんだよ。来るかジム?今日とか一緒にどうだ?ん?ん⁉︎」
「い、いや結構です。あ!ぼちぼち朝礼始まるので失礼しまーす。」
背中に待ってるぞーっ!なんでいう毎日の恒例行事と化した勧誘を受けながらスタッフルームを出る。
「勘弁してくれ‥。」
先ほどのゴリラを筆頭に職業柄なのか筋トレに邁進するスタッフは少なくない。病院に隣接してスポーツジムが建っていることもあり、他の科の職員も足繁く通っているとか。ましてや夏を目前に控えてさらに筋トレ熱が高まっているため勧誘にも熱が入るという悪循環だ。
「フフッ。ま〜た絡まれてたの?あのゴリラもしつこいわね〜。」
病棟に向かう廊下で歩きながら声をかけてきたのは直属の上司にあたる柴香織。
仕事着であるケーシー越しにわかる豊満なボディ、本当に医療従事者なのか疑問に思うほど濃いメイク。夜の飲み街の方が違和感のない出で立ちである。
「なんとか言ってくださいよ姉御。大した用事もないのにやたらと絡んでくるんですけどあのおっさん。」
頭1つ分下にある顔に向かって小言を言う。そのついでにケーシーを突き破らんとする女体の象徴に目を向けるのも忘れてはならない。
と同時に手刀が頭に入る。ここまでがワンセットだ。
「朝からどこ見て話しかけてんのよ。まぁ〜仕方ないんじゃない。男でジムに通ってないのってアンタくらいじゃないの?いい加減折れて1回くらい行ってみたら新しい世界が開けるかもよ。」
「面白がってるだけでしょ、姉御は。」
「アハッ!バレた?アンタにあそこまでグイグイいく人も珍しいからね〜。夏が終わるまで楽しませてもらうわ。」
ケタケタ笑いながら他称(俺)・和製マリリンモンローが歩いていく。
職員なのに年齢不詳。この前一緒に調べましょうよ!なんて言っていた事務方の新人が原因不明の腹痛で数週間の休職を余儀なくされたのはもはや通過儀礼だ。大体1年に1人くらいはあの色香に惑わされたアホが倒れてる。付いた渾名は〝リハビリ科の魔女〝。要は年齢に関しては触らぬ神にってやつだ。
「はーい!朝礼始めるわよー!みんな集まってー!」
担当階の看護師長が叫ぶ。
どうでもいいがなぜ看護師長の声はあんなに低く嗄れた声になるのだろう。ボスザルと同じようなものなのだろうか。この意見には医療従事者であればあるあるというやつなのではないだろうか。
「ではみんな集まったところで昨日の夜間帯からの報告から始めてもらってもいいかしら?」
俺が所属しているリハビリテーション科回復期病棟では毎朝、担当階のナースステーションの朝礼に参加する義務がある。といっても特にすることもないのだが。
「さて、大体こんなものかしらね。では今日も名前間違い等のアクシデント気を付けてね。よろしくお願いします!」
「「よろしくお願いしまーす。」」
1日のイベント確認が終わった後、師長の挨拶が終わり業務が始まる。
「さーて、今日も働くわよー!!」
姉御の号令で僕達もぞろぞろと退散する。
「さて、」
今日は微妙な天気だ。さらに立ち込めてる雲の厚さが徐々に増しているような気がする。朝見たお姉さんは雨は降らないと言っていたが。
「働きますかー。」
誰に言うでもなく声に出して歩き始める。
またいつも通りの日常が歩き始める。




