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ヴィクティム・ゲーム(仮)  作者: みささぎうつほ
8/8

1 陣中入り、未だ何者でもない雑多 弐


 丁度夕食時もあってか、ホテルのロビー横に設けられたラウンジは、ちょっとした軽食を求めて人の入りも比較的多い。

 八割方の席が埋まっている中、その一角、奥の壁際の席に卯一郎は待ち人ならぬ待たせ人と、漸くの対面を果たしていた。

 僅かに背の低いテーブルには、半分程飲まれたブラックのブレンドコーヒー。

 それと、アイスカフェラテに、今しがた運ばれてきたピザトーストが、チーズで閉じ込めきれなくなった湯気を時折立てていた。

 

 「折角の飯が冷めるぞ、卯一」


 卯一郎の対面には、大きく縦に広げられた夕刊の壁を隔てて男が一人。

 当然、卯一郎には、その男がどんな人物かなどは明確に分かっている。

 だからこそ。

 だからこそだ。

 長時間のバス移動と、堪らず仮眠、合わせて約半日もの間、一切の連絡をしていない事実に対する気不味さと来たら、彼の浅く短いこれまでの人生でも五指を束ねて一指にしても確実に入る。


 「あの……」


 ここに来るまで、そして居たたまれない空気の中でそれでも考え抜いた言い訳を口にしようとする卯一郎を、不意に新聞から伸ばされた掌で制止される。


 「以後、気を付けるように」


 役目を終えた男の手は、そのままカップを取ると、それごと再び新聞紙の壁へと吸い込まれて行った。

 幾分冷めてしまっているのか、啜るような音もないまま、程なくして空のそれがテーブルに戻る。

 

 「そ、それだけですか」


 「それと、ブレンドもう一杯だ」  


 慌てて店員を呼び止める卯一郎を、男は漸く目を通し終えた新聞を片付けながら一瞥する。

 胡麻塩混じりの刈り込まれた頭髪に無精髭。

 テンプレートにささやかなアレンジが加わったような、誰しも想像しやすいくたびれた初老の勤め人という風体のこの男が、卯一郎の年の離れた同僚である。


 「すみません、ブレンドお替り……佐々良さん2杯目はミルク入れるんでしたっけか」


 若輩者のちっぽけな気遣いに、佐々良と呼ばれた男は少しだけ鼻を鳴らす。


 「そんなことよりだ、ここまで来てみてどうだ」


 注文を終え、佐々良に向き直る卯一郎は、少々の安堵と、同量の緊張を綯交ぜにした面持ちで眼鏡を正す。

 佐々良のいくつかの口癖。

 半ば符丁のようになっている定型のこの切り出しに込められているのは、決して世間話ではない。


 「いやあ、ほんっと快適ですね、ここ。

 バスも自家用車もバイクも、外からの移動手段を全部一ヵ所に纏めて、街の中は満遍なく張り巡らされた膨大なルートで、きっちり5分間隔のシャトルバスが行き交ってますね。

 どこに行くにも歩く必要もないし、望む場所まで運んでくれる。

 ホテルも充実、コンビニも大手から安めのローカル……あれはこの町だけですかね。

 ルームサービスとデリバリーも深夜まで対応。

 こりゃもう完全に……」


 「外部の人間に余計なもん見せる気がない、か」


 ちょっとした抜き打ち試験のようなものだ。

 唐突な世間話の顔をして、そこには明確な模範解答が存在する。

 うっかり馬鹿面下げて無難な返答でお茶を濁すと、バッサリと切り捨てられる。

 これが露骨に対応が変わるなら失点部分の検討が付くものだが、極々一部でピンポイントで人知れず信用を失うというのだから質が悪い。

 いつもと変わらず接し、相手が気付かない内に、以前は振ってくれていた仕事のどれかの供給を絶たれる訳だ。

 今回こそ合格ラインを越えたようだが、今までどれだけの失点があったか、卯一郎も想像もしたくはないだろう。


 「俺も色々と散策してみたが、そこいら中に警備員が配置されている上に、一貫した歩道がない。

 精々が交差点の角から角までだ。

 横断歩道もない。

 おまけに重要施設は完全に陸の孤島。

 車ごと中に入る仕組みだ」


 「ああ。

 もう都市構造の段階から、一見さんお断りな感じですかね。

 医療都市って、どこもこんなんなんかな」


 こんなものが世界にいくつもあってたまるか、とのツッコミ待ちだったが、佐々良はそれを限界までの沈黙で応じた。


 「本音を言うとな。

 お前が連絡をすっぽかしたところで、こっちは何にも困らん。

 お嬢……いや、社長からは、お前に天下御免を与えるとのお達しでな。

 端からお前と行動する気なんざ更々ねえ。

 好きにして、気が向いたら報告入れろ。

 それだけでいい。」


 眼前の青年が自分の機嫌を窺う様子に辟易したのか、ベテラン記者はここに来て漸く胸襟を開くかのように、心情を吐露する。

 いてもいなくても同じ、が果たして安堵に繋がるかどうかは卯一郎のハートの強さに掛かっているが、幸いにしてその程度でショックを受けるほど2人の関係は短くもなかった。


 「お言葉に甘えさせていただきます、でいいんですかね、返しとして……」


 沈黙。

 否定が飛んでこないなら、そういうことだろう。


 「何はともあれ、俺の目的は明日の記者会見だ。

 どうせ広告塔の南澤がいつものようにご高説を垂れるだけだろうが、そんなもんにすら有難がる程、ここの情報が外部に流れてこないからな。」


 「俺のって……達を忘れてますよ達を」


 「お前は別件だろう。」


 その言葉に、卯一郎はやや大げさに肩をすくめた。

 無理を言ってこの会見に同行を志願した理由は、既に看破されていたことになる。


 「俺に言わせれば、お前が追っているヤマはただの与太話でしかないがな。

 だが、与太が与太だと証明するだけでも、ウチにとっては十分飯の種になる。

 社長がお前の好き勝手を公認する気になったのも、そういう意向もあるだろう」


 「とっかかりくらいは欲しいすよ。

 もうここで成果がないなら、完全に詰みです」


 腹いせ混じりに、卯一郎は目の前のピザトーストを掴み取ると、勢いよく噛みちぎった。

 すっかり冷め、チーズも半ば蝋のように固まってはいたが、仄かに芯が温かく、具材も多いからか、そこそこの美味さを感じた。


 「とっかかりがないなら、自分で傷でもなんでも付けて無理くり拵えばいい。

 未踏破の絶壁を登るのと大差ない」


 「だったら会見には俺も行きますよ。

 傷を入れる道具くらいは持たせてください」


 佐々良は面倒くさげに眉間の皺を更に深くしたが、一瞬だけだが口元が緩んだように見えた。

 しかし、残念ながら唯一の観測者足りえる人物は、鼻息を荒くして、とてもじゃないが他社の微細な変化に気付ける状態ではなかった。


 

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